「 散々な一週間 3 」


 2月20日(水)

 いつもは朝8時には起きる2歳の長女が、
昼近くなっても起きてこなかった。
 長女の寝ている2階の寝室を
数十分おきに覗きに行くのだが、
何度行っても同じ姿勢のまま寝ている。

 さすがに昼になっても起きないのはおかしいと思い、
そっと寝ている長女の顔をよく見てみると、
涙の筋がいくつも残っている。

 至近距離で顔を眺めていたので、
さすがに長女は目を覚まし、私の顔を見たが、
まったく起き上がらずに弱弱しく泣くばかりだった。

 熱でもあるのかな、
と、おでこに手を当てても、熱くない。
 そこで、
「そろそろ起きようか」
と、そっと抱き上げると、
「ギャ〜〜〜!!!」
と、すさまじい悲鳴を上げた。

 どこか痛いのか?

 「どこ痛いの?」
と聞いてみると、
のどの辺りを指さしている。
 「のどが痛いの?」
と聞くと、
かすかにうなづいた。

 抱いて階下に降りてみたものの、
決して起き上がろうとせず、
すぐに床に横になってしまった。

 【おかしい!】

 急いでかかりつけの小児科に電話して、
すぐに診察をしてもらうことになった。
 先生は、のどを見たり扁桃腺の腫れを見たり、
おなかを押してみたりもして、
内科的な疾患は見受けられない、と言った。
 
 「どこが痛いの?」
と、もう一度私が聞くと、
右の耳を指さすので、
先生は、耳の中も見てみたが、
「耳垢だらけで見えないなあ!」
と言って、首をかしげた。

 「中耳炎かもしれないから、耳鼻科に行ってみてごらん」
と言われ、その足で耳鼻科に行く。

 頭を左にして抱くと静かにしているのだが、
腕が疲れたので逆に抱こうとすると、
火がついたように泣く。
 頭を右にすると痛がるのだ。

 幸い耳鼻科でもほとんど待たずに受診できた。
 診察台に仰向けに寝かすと、
「ギャ〜!」
と長女は叫んだ。
 いつも表では、やたらと泣かない子なので、
医者が怖くて泣いているのではないというのはわかるのだが、
医者は、そんなことは知らないので、
暴れないようにタオルで長女の体をがんじがらめに包み、
片方づつ耳掃除をし、
「腫れもないし、どこも悪くないですよ」
と言われて終わった。

 何でもないといわれても、
実際こうしてこの小さな娘は、
起き上がれないほど痛がっているではないか?

 家に帰っても、夜になっても、
長女は一切起き上がることなく、
左の方向だけを見て横たわっていた。
 好きなお菓子を食べさせるとバクバク食べるし、
しゃけもご飯ももりもり食べた。
 しかし、体は、起き上がれない。

 結局、その晩は、そのまま眠った。
 朝になり、少しはよくなるのではないか、
と期待しながら。


 2月21日(木)

 やはり長女は起き上がれなかった。
 抱き上げる時と布団に降ろすとき、
右に顔を向けようとするときだけ、激しく泣いた。

 【首だ!】

 やっとわかった。 

 私が長女の頭を固定して抱き、
父が車を運転して、すぐに整形外科に行った。
 そこでも不思議なことに、ほとんど待たずに受診できた。

 最初の小児科といい、次の耳鼻科といい、
今度の整形外科といい、
いつも物凄く混んでいて、最低でも1時間は待たされるのに、
長女は、全部合わせても10分も待たずに診てもらえている。

 まるで何か不思議なものに守られているかのような偶然だった。

 レントゲンを撮り、骨に異常が無いのがわかると、
整形外科の先生は、こう言った。
 
 「子供は関節や軟骨が柔らかいから、
時々あることなんだけど、
首の関節がちょっとしたショックでずれてしまうことがあるんです。
 【環軸椎回旋位固定】と言って、比較的よくあることなんです」

 と言い、おもむろに娘の顔を両手でムングと持ち上げた。

 「ンギ〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 この世のものとは思えぬ悲鳴を上げた長女。

 先生が、
「ほらほら、だんだん痛くなくなってきたでしょう〜〜〜?」
と言いながら、首をゆっくりと右へ右へと回していくと、
長女は、ピタッと泣き止んだ。

 先生は、
「は〜い、もう元の位置に戻ったよ〜〜〜」
と言って、引っ張り上げていた顔を、ゆっくりと下ろすと、
「パッチン」という音が聞こえそうなほどシャキッと首がまっすぐに戻った。

 長女は、
「あれ? あれ?」
と言い、ケロッとしている。
 先生にシールをもらうと、
もう、シールに気を取られて遊ぼうとしている。

 「先生〜〜〜!!! ありがとうございます〜〜〜!!
 何箇所も回っても原因不明で、どうしようと思ってたんですぅ!
 本当にありがとうございました〜〜〜!!!」

 思わず涙がこみ上げてきて、
大きな声を出してしまった。

 先生も、つられて涙ぐみ、
「よかったね。よく頑張ったね」
と、長女に微笑んだ。

 
 それにしても、どんなに痛かっただろう。
 首の関節がずれていたなんて!
 腕の脱臼も相当痛いと聞いているが、
それの首版じゃあ、そりゃあ、起き上がれるわけないわなあ!

 
 その晩、長女を寝かしつけながら、
「首痛かったねえ。治ってよかったねえ」
と私が言うと、長女は、こう言った。
「イイチャン(自分のこと)、かあか、おいで〜、かあか、おいで〜、って、いった」



 ・・・・・・そうか・・・・・・そうだったのか!

 彼女は、首の痛みもさることながら、
起き上がれず、助けを呼ぶことも出来ず、
昼まで何時間もひとりで、
涙をいく筋も流しながら、
「かあか、おいで〜(お母さん来て〜)かあか、おいで〜(お母さん助けて〜)」
と、心の中で私を呼んでいたのか・・・・・・

 ごめん!
 気づかなくて、ごめんよお〜!
 どんなに心細かっただろうねえ!

 私は、卒業しかかっていたおっぱいを、
その晩、長女の望むままに与えた。
 もうほとんど出ていないおっぱいを、
両手で押さえて、夢中で吸う長女の髪を、
もう一度「ごめん」と言って抱いた。


 2月24日(日)

 長男の高校受験3日前。
 ここ数ヶ月、本当に頑張って勉強していた長男が、発熱。
 40℃。

 第一志望の受験まであと3日で、40℃。

 マジですか!!!


 2月25日(月)

 病院に行って検査したら、幸いインフルエンザでは、なかった。
 抗生物質と、なるべく眠くならない薬を処方してもらう。
 かかりつけの先生は、
「しかし、修学旅行の寸前とかテスト直前とか、
いっつも倒れるねえ、おたくの子たちは〜〜〜」
と、同情して言う。

 ほんと、そう! 
 なんなんだ、もう!

 夜になっても熱は39度台から下がらない。
 どうなるんだ、受験?!


 2月26日(火)

 受験前日で熱39、4℃。
 はいダメ〜〜〜〜〜〜。

 電話で中学の先生に相談する。
 保健室受験ができるように、高校側に頼んでくれるという。

 ありがとう! 先生!!!
 ありがとうございまする〜〜〜!
 ありがとうございまする〜〜〜!


 2月27日(水)

 受験一日目。
 夫に子供たちのしたくと長女を頼んで、
父の車で長男を試験会場まで送る。
 薬で37度台まで下がってはいるが、
ふらふらしながら校門をくぐる長男。

 頑張れよ!
 毎日眠いのを我慢して頑張って勉強したんだもんな。
 100%の力は出せなくてもいから、
悔いのないように、頑張ってこいよ!

 3日間ずっとベッドで横になっていたのに、
いきなり5時間以上机の前に座ってテストじゃあ、
どんなにかつらかっただろうに、
開放感からか、長男は、案外元気に帰って来た。

 あと一日。 
 明日は面接だ。
 頑張れ、長男!


 2月28日(木)

 面接は、まあまあうまくできた、
と、言うと、カバンを放り投げて長男が外出しようとしたので、
慌てて「どこ行くの?!」と、呼び止めた。

 「友達と遊んでくる」
と言うと、長男は、とっとと出かけてしまった。

 えええええ〜〜〜?!

 私は、電話で中学の先生にお礼をしてから、
やれやれと居間のちゃぶ台の前に腰をおろした。

 今日の朝刊で自己採点をしてみたら、
予想合格ラインぎりぎりの点数だった。

 落ちるかもしれない。

 あの体調で、この点数なら、相当頑張ったと思う。
 落ちても、これなら親子ともども納得できる。
 腹を決めよう。

 もし公立が不合格でも、元気を出して、
スキップしながら、私立の入学手続きをしに行こう。
 入学金数十万円と、
制服代用品代、テキスト代、年間必要経費など、
合計70万円也(授業料除く)を、振り込もう。

 もう、腹は、決まった!
 長男よ、
君の下に4人の兄弟がぞくぞく控えているけれども、
そんなの関係ない! 
 設備の整った高校で、希望に満ちた高校生活を送りたまえ!

 ハハハハハハ〜〜〜〜〜\(◎o◎)/

 ハハハハハハハハハハハハハハ〜〜〜〜〜\(◎o◎)/
 ハハハハハハハハハハハハハハハ〜〜〜〜\(◎o◎)/


 そうだ、そうだよ、健康第一!
 家族全員みな心豊かに、
仲良く楽しく生活できることが一番!

 子供たちよ、両親よ、夫よ、私自身よ!
 ありがとうありがとうと言いながら、
今日も無事一日を終えられることを喜ぼう。

 散々な一週間も、
後から思えば、若き日の楽しいエピソード。
 これも人生のおいしいおかずのひとつなんだもんね!


 数日後、テレビで、
映画「それでも僕はやってない」を放送していた。
 居間でそれを見ながら宿題をしていた中1の次男が、
「痴漢の冤罪って怖いなあ」
と言っていたと思ったら、居眠りを始めた。

 そして、寝言を言った。

 「ぼく、やってないよお!!!」

 夢の中で冤罪と戦う次男。

 それにしても、よく夢見るなあ、お前!


   (了)



(子だくさん)2008.3.4.あかじそ作