「 ライブ 」

 小5の息子のクラスが学級崩壊している。
 教師2年目の若い男性の担任の責任が問われ、
先日、夜6時から臨時保護者会が開かれた。

 このクラスには、クラスを牛耳る男子がひとりいて、
その周りに奴隷のようなパシリが数人いる。
 こともあろうにうちの三男は、
いやいやながらそのパシリの中のひとりに入っているのだった。

 いつも離れたいと思っているのだが、
脅しの言葉に負けて、いつも誰かと戦いごっこをやらされ、
怪我をしたり、させたりして、悩んでいた。

 担任に相談しても、
一応当事者を集めて話し合いをしてくれたというが、
戦いごっこをする肝心の休み時間には、
なぜかどこかに行ってしまい、結局助けては、くれなかった。

 息子を含む、「彼のパシリたち」は、
「悪い子グループ」として、一箇所の席に集められ、
複数の教師による監視下に置かれた。

 みんな、脅されて彼から逃げられずにいるのに、
担任はじめ、教師たちはみな、
息子たちが何をやっても
「またおまえらか」
と、事情も聞かずに頭ごなしに怒鳴りつけた。

 しかし、クラスメイトたちや、親たちの目から見て、
彼らも被害者なのは明白だった。
 しかし、先生たちは、
「一部の悪い子たちのせいで学級崩壊した」
という方向性でいくことにしたらしく、
いくら個別に教頭先生に相談しても、
「息子さんも悪いんですよ」
と、言うだけで、一向に「監視席」の檻から出してもらえなかった。

 担任は、親が怖いらしく、
「何か息子が悪いことをしたら教えてください」
と頼んでも、一切連絡をくれないし、
子供もあまり学校のことを話さないので、
何が何だかわからないうちに、
大問題になっていた。

 クラス全体が、授業を聞かず、
私語をやめず、キマリを守らず、
立ち歩き、気持ちが荒れていて、
他のクラスの子にも、教師からも、
「悪い子たち」と言われていた。

 それでも、うちの息子と、その親友は、
「僕たちこのままじゃ悪い子になっちゃう。いい子になりたいよね」
と話し合い、担任に謝りに行ったのだという。
 「今までごめんなさい。これからいい子になります」
と、頭を下げに行ったという。


 さて、緊急保護者会が始まった。

 まずは、担任からの説明、ということで、
担任が話し始めた言葉に耳を疑った。
 
 学級崩壊の原因は、一部の悪い子たちのせいで、
僕は、それを頑張って食い止めようとしましたが、
食い止められなくてすみません、
という内容だった。

 すると、ひとりのお母さんが毅然として立ち上がった。
 大きなレジュメを手に持ち、
裁判における検察官のごとく、発言を始めた。

 「先生は、【子供の悪さ】が学級崩壊の原因とおっしゃいましたが、
1学期の終わりごろから2学期の始めごろ、
担任の先生が教壇を蹴る、子供の机を蹴る、
子供たちを睨みつける、などという行為をして、
子供たちが校長先生に抗議したことを覚えていますか?」

 と、言った。

 場内は、ざわめいた。
 「そうそう!」
という保護者と、
「ええっ! 知らなかった!」
という保護者とに、はっきり別れた。

 私は、知らなかった。

 担任と校長は、「覚えています」とだけ言った。

 すると、検事女子は、
「それでは、なぜ、そのときに校長先生は、
このクラスについてもっと気をつけるとか、
担任に指導するとかをしなかったのですか?」
と、問い詰めた。

 「それは、私の認識不足でした」
校長は言った。

 「それでは、これは、事実でしょうか?」
 取調べは、延々続いた。

 何だか、おかしなことになってきているぞ、
と思っていると、となりに座っていたお母さんが、
「今後の話し合いをしようっていう集まりなのに、
弾劾裁判みたいになってるよ」
と言い、時計を指差した。

 夜の6時半だった。

 みんな子供を家に置いてきているので、
チラチラ時計を見ては、もぞもぞしていた。

 それにしても、何だか、
私は、ショックでモウロウとしてしまった。

 担任は、
「一部の悪い子たち(つまりうちの子たち)のせいで学級崩壊した」
「自分は、頑張ってやっていたのに力が足りなくて」
という言い方をしたが、
息子たちは、しっかり反省して、何度も担任にあやまりに行った。
 自分たちは、悪いことをしているつもりはなかったけれど、
でも、今は、本当に反省している、ごめんなさい、
と、素直な気持ちで担任のふところに飛び込んだ。

 しかし、この若い青年は、
「自分は全然悪くない。あいつらのせいだもん」
と、全部子供たちのせいにしてしまった。

 これって・・・・・・汚いんじゃないか?

 家を出てくるとき、息子は言った。

 「僕たちが悪いんだ。先生を責めないで! 先生は、まだ新米なんだから」

 息子は、担任のことが好きなのだ。
 担任をかばおうとしている。

 それなのに、この担任は、
子供たちの心を、踏みにじっている。

 私は、涙が出てきた。
 大人の癖に、きたないぞ!
 先生のくせに、卑怯だぞ!

 「ちょっと、すみません」

 私は、手を挙げた。

 「うちの息子は、怒られることばかりです。
 子供同士のしがらみで、休み時間ごとに戦いごっこをさせられ、
苦しんでいました。意を決して、担任の先生に助けを求めましたが、
休み時間になると、先生は、すぐに職員室に逃げ帰ってしまって、
助けてもらえず、息子は、暴れているところだけ見られて、
先生たちに叱られていました。
 毎日、家で
『どうせぼくは悪い子なんでしょ』
と言って泣いていました。
 でも、今週からサポートに来てくださっている久保先生が、
息子を助けてくれたそうです。
 休み時間もずっと教室にいてくれて、見守ってくれるそうです。
 今日、息子は、久保先生に【休み時間に鉛筆を転がした】と、叱られたそうです。
 でも、叱られて嬉しかった、と言っています。
 『久保先生は、僕を悪い子扱いしない。僕を良くしようとして叱ってくれるのがわかるから、
ちゃんと言うことを聞きたいと思うし、僕は、久保先生が大好き』
と、言っています。
 キレルのと、子供を想って強くしかるのとでは、全然違うと思います。
子供は勘がいいので、すぐにわかるんです」

 私は、担任の顔を見た。
 息子の大好きな、
そして、息子を簡単に裏切った担任の顔を、
正面からじっと見て言った。

 「うちの子は、大人を信じたい、と言っています。
 そういう思いに対して、周りの大人は、
精一杯応えなければいけないんだと思うんです。
 親も、学校も、『子供の幸せを願う』という目的はひとつです。
協力し合って、前向きに考えていくのがいいのではないでしょうか」

 教頭先生は、大きくうなづき、まとめに入った。
 「そうですね、学校としても同じ考えです。
 これから、力を合わせて何とかやっていきましょう。
 今日は、みなさま、遅くまでどうも・・・・・・」

 「ちょっと待ってください!」

 手を挙げたのは、看護士をしている知り合いのママだった。

 「失礼ですが、担任の先生は、まだ2年目ですよね。
 我々も、そんなシロウトが、ちゃんとできるなんて、
最初から期待してませんでした。
 それより、社会人2年目の人に難しいクラスを丸投げしている、
というこの学校の研修システムを改善すべきではないでしょうか?
 先生だけでなく、一般の仕事でも、
2年目の新人ひとりに責任のある仕事を任せるなんてことは、
まずないですから。
 校長先生、もっと上の人たちとの会議で提案していただけませんか?」

 キビシイ!
 しかし、さすが、看護士。
 筋が通っている。

 確かに、看護士2年目の新人が、
ひとりで難しい患者も何人も受け持つことはないだろうし、
受け持ったとしても、ちゃんと指導者がつくはずだ。
 
 経験に基づく意見は重い。

 「はい、確かに。そういたします」
 校長は、頭を下げた。

 教頭が再びまとめに入ろうとすると、
「ちょっといいですか」
と手を挙げる人がいた。

 「今、保護者が順番でしている校内パトロールの時に、
教室も見て声を掛けたりしてもいいんじゃないでしょうか?」

 「そうですね。それはいいと思います。
そういうことで保護者のみなさんにご協力いただけると助かります。
 それでは、その件について、PTA会長さんから、ひとこと、お願いします」
 教頭は、やっとまとめに入れると安心した顔になり、
見学に来ていたPTA会長に話を振った。

 すると!

 会長は、真っ赤な顔で立ち上がり、
「話長くなっていいですか」
と、言い、
「私は、小学校でいじめられていました。そして、小学校を3分の1休み、
中学校では、いじめる側に回ったんです。ううう〜〜〜〜〜!」

 と、号泣したのだった。

 ポカ〜ン、となる一同を尻目に、
彼女は、自分の歩いてきた心の歩みと、
自分の子供の日々の頑張りを語り、
更にこう言った。

 「もうイジメは無いですか? 
 授業中歩き回る子は、いませんか?
先生ひとりに頼らないで、
クラスメイトひとりひとりが、
なぜ『いじめはやめなよ』と言えなかったんですか?
なぜ『授業をちゃんと受けよう』と言わなかったんですか?」
と、訴えた。

 確かにーーー。

 みんな、先生が悪い、学校が悪い、一部の悪い子が悪い、
と、誰かのせいにばかりするけれど、
みんなが被害者であると同時に、
みんなが加害者でもあったのではないか?

 一同、静まった。

 「ちょっと待ってください!」

 また別の人から手が挙がった。
 中学の本部役員をやっているお母さんだった。

 「私は、子供から何も聞いていなかったので、今、とても驚いています。
一体、何があって、どう改善して、今後どうしたいのか、
はっきり明示していただきたいんですが」

 確かに確かに。

 弾劾裁判、感情論、合理主義、
いろいろな意見があったが、
実際、どうしてこんなことになってしまい、
何が起こり、どういうアクションをして、どうしていくのがいいのか、
頭を整理して、全員で共通認識を持つのは大切なことだ。

 さすが大御所。

 すると、担任が教頭に指名されて、
のらりくらりと説明を始めた。

 「一部の悪い子が、心無い行動を続けて、こうなりました。
僕は、頑張りましたが、うまくいきませんでした。
 今、やっていることは、例えば、社会科なんですが、地図を書いています。
みなさま、お家に帰ったら、お子さんの地図を見てみてください」

 ん?! 社会科?

 みんな、あ〜〜〜んぐり、だった。
 
 これか、学級崩壊の原因は。
 
 いうにことかいて、
まだ「一部の悪い子のせいで・・・僕は悪くない」と言っている。
 一事が万事、いつもこうやってきたので、
子供たちの信頼を失い、みんな先生の言うことを聞かなくなってしまった。

 今まで黙って聞いていたお母さんたちも、
もう黙っていなかった。

 「何で大事なことも子供の喧嘩もいじめも、見て見ぬ振りを続けたんですか?」」
 「結局、ひとりの問題のある子が、クラスを引っ掻き回しているんでしょう?」
 「崩壊は3学期と言われましたが、1学期の終わりにこういう事件が起きています。事実関係の確認をさせてください」
 「先生が机を蹴飛ばして筆箱を吹き飛ばしたのは、1学期ですよね」

 もう、止まらなかった。
 時間は、7時半を回っていた。

 そこで、さきほどの大御所が言った。

 「子供は大人を信じたい、と言っている、ということなんですから、
先生方も、その信頼を裏切らないような対応をお願いします」
と、静かに、しかし、ビシッと言い渡した。

 みんなうなづいた。

 教頭は、やっとこの会を締めるきっかけを得た。
 正直、保護者もみんな、家に置いてきている子供が心配だった。
 教頭が、完全に終わりのことばを言い終わろうとしたとたん、
ひとりのお母さんが手を挙げた。

 「ちょっといいですか〜?」

 ええええええ〜〜〜?!
 夜中になっちゃうよお!

 みんな、ぽか〜ん、となった。
 彼女は、キラキラした瞳でこう言った。

 「子供に読み聞かせをさせてください。
 どんなに大きな子でも、読み聞かせをすると、
子供たちの目つきが変わるんです。
 クラスがひとつのエネルギー体に変わるんです!
 30分時間をいただけたら、それをやってみせます!
 やらせていただけますか?」  

 そうきたか!

 きらきらの瞳で、そうきたか!


 かくして、緊急保護者会は終わった。
 担任のサポートに入る久保先生が、
信頼できる先生だったのが、唯一の救いだった。

 それにしても、何だ。
 このけだるさ、この変な疲れ。
前にも経験した感じ・・・・・・

 そうだ、ライブだ。

 この緊急保護者会って・・・・・・
まるで人間観察ライブじゃないか。

 リアルライブ。

 ホント、いろんな人がいるもんだ。
 信じられない大人もいるが、
信じられる大人もたくさんいた。


 子供が大人を信じたがっているように、
私も、人間をもう一度信じてみよう。

 親も教師も、子供たちのために、なりふりかまわず話し合った。
 喧嘩にもなったし、新しい理解もあった。
 その結果、何がいけなかったのか、
これからどうすればいいのかが、
少しわかったような気がする。

 子供たちの幸せを願いつつ、
私は、小雨降る夜道を自転車でかっ飛ばして帰った。


   (了)
(子だくさん)2008.3.11.あかじそ作