「 自愛 」


 5人全員母乳で育てて、
私のおっぱいはノシイカのようになってしまったが、
5回の妊娠でできた腹の妊娠線同様、
私の勲章だ。

 しかし、しじゅうすぎての授乳は、
いささか負担が大きすぎる、ということは、否めない。

 貧血やビタミンB不足による抵抗力の落ち込みや口内炎、
慢性の倦怠感に、日々ぐったりしている。
 食事に気をつけたり、専用のサプリメントを摂っているが、
なかなか追いつかない。

 授乳生活のべ10年以上。
 食物アレルギーを持つ子供に、
母乳から移行してしまうのを防ぐため、
合計10年以上も乳製品と卵、
また、それらを含む一切の食品を食べられない生活をしていると、
目に見えない部分で栄養失調になっていたりもする。

 右側に乳児を寝かせ、
自分は、右を下側にして寝る、しかも、寝返りを全然打てない、
という生活も10年以上なので、
ここ数ヶ月は、左肩と首が痛くて困っていた。

 午前中は、首が痛くて上を向けなかったし、
左肩も痛くて、左の腕を高く上げられない。
 それでも、2歳児を抱っこしなければいけないので、
無理がたたって、本当に体が毎日悲鳴を上げていた。


 そんなある日、
長男の入学予定の学校で高校説明会があり、
体調が悪いながらも出席することになった。

 3時間にも及ぶ長い説明会の後、
いよいよ恐怖の役員選出が始まった。

 高校の役員は、基本的に3年間通してやることになっているらしい。
 みんな「できません」「やりません」の連続で、
時間ばかりが無為に過ぎていき、
いい加減煮詰まってしまったところで、
「では、くじ引きで決めることにご了承ください」
ということになった。
 すると、ひとりの保護者が、
「私持病が有るのでくじ引きから外してください」
と言った。
 司会の役員さんが、
「じゃあ、みなさん、病気の方は、外してよろしいでしょうか?」
と聞くと、何人かの保護者が拍手した。 

 「それでは、持病があって引き受けられない、という方、お立ちください」
と、司会者が言うと、何と、30人中10人以上もの保護者が、

 「私病気」
 「私病気」
 「私病気」
 「私病気」
 「私難病指定」

 と、端から順番に立ち上がったのである。

 【超新塾】か!

 それは、まさに、 
 
 「俺が監督」
 「俺が監督」
 「俺が監督」
 「俺が監督」
 「俺が山本晋也監督」

 ・・・・・・のギャグでおなじみのお笑いグループ【超新塾】そのもののタイミングであった。


 心の中で大爆笑してしまった。

 結局、くじ引きの結果、私は、役員には選ばれなかった。

 やれやれ、と、ホッとしながら体育館の外に出ると、
一瞬、景色が上に消え去った。
 いやちがう、私自身が下に落ちた。

 床で滑って、思いっきり硬いコンクリートの上にしりもちをついたのだった。

 よく「目から星が出る」というが、本当に漫画みたいに星がでるものだ。
 一瞬、何が起こったのか理解できなかったが、
立ち上がると、例えようも無いような、脊髄を貫く痛みが私に襲ってきた。

 「あ! いたい! いたたたたたた!」

 悲鳴を上げたが、周りには知らない人ばかりだったので、
逃げるようにその場を去り、
長男と待ち合わせをしている交差点に向かった。

 その日は、ただ尾てい骨が痛いだけだったが、
その2日後、完全に首が動かなくなった。
 左の肩甲骨の痛みも尋常じゃない。
 と、同時に左後頭部も、割れるように痛む。

 昼夜を問わず激痛は止まず、
我慢も限界に達したので、3日目の朝に整形外科に行った。
 すると、
「首の5番目の骨が変形して神経に突き刺さってます。
 これでよく3日も我慢できましたね」
と、医者に感心される。

 「頚椎椎間板ヘルニアですね。電気かけてって」

 と、言われ、温熱機で温めた後、背中に電気を流し、
家に帰った。
 授乳中なので、痛み止めは処方されず、
上半身の神経痛に効くという漢方の葛根湯が出された。

 腰ならともかく、首の椎間板を手術することは、まれで、
その後、何人かの同病者に話を聞くと、
みんなだましだまし暮らしているのだという。

 また、「だましだまし」の部分が増えた。

 花粉症も、重症の蓄膿も、
右足の靭帯損傷も、
左手のしびれも、後頭部の痛みも肩甲骨の痛みも、
背中の黄色靭帯骨化症も、
初期の老眼も、首の骨が神経に刺さっているのも、
み〜〜〜んな、処置無しのだましだまし。

 家事も育児も仕事も親子関係も夫婦関係も、
その他もろもろの人間関係も、
なんだか、みんなみ〜〜〜んな、だましだまし。

 これじゃあ、「人生、だましだまし」ってことか?

 ♪そ〜して〜、おとこははあ〜、酒を〜飲む〜のでしょほ〜〜〜♪

 か?!

 いやだぁ〜。
 それじゃなんですかい?
 上手く自分をだまし、
また、上手くだまされることが、
「楽しく生きる」ということなのか?

 全部何もかも承知のスケで、
だまされながら生きていくのがリコウな生き方なのかしらん?

 痛い首をさすりながら、
自分で自分に
「どうぞご自愛ください」
と、言ってみる。

 何が何でも「ご自愛」して、
子供たちを無事巣立たせるまでは、
身も心も大事に使わなければならないぞ!

 ホントによお〜〜〜!
 ああ〜〜〜、イテエッ!!!!!


  (了)

(しその草いきれ)2008.3.25.あかじそ作