子だくさん 「数学に学ぶ」


 
 数学が苦手な中2の次男に、勉強を教えていたときのこと。
 
 九九さえあやしい中学2年生は、
日曜の午前中、珍しく自分から数学の問題集に取り組んでいた。
 
 
 我が家は、塾でなく親が勉強を教えよう、という方針だ。
 
 確かに塾では、受験をパスするノウハウを教えてくれるし、
通わせてさえいれば、多少は、学力がつくだろう。
 
 しかし、私は、それがどうも苦手なのだった。
 
 授業で習ったことをきちんと勉強することが大事で、
受験の傾向や対策に対しては、過去問を見ればわかる。
 
 それを、親が大枚はたいて塾に丸投げし、
夜の街に子供を送り出しているのが、どうもわからない。
 
 塾の教えてくれる「ノウハウ」を習得すれば、
確かに偏差値は上がるし、
「いい学校」と呼ばれるところに子供を送り込めるだろう。
 
 しかし、そこから先は、自分で生きていかなかればならない。
 誰かの与えてくれる「ノウハウ」もなければ、
こうしろああしろと人生の進路を解析してくれる講師もいない。
 
 自分で痛い目に遭って経験し、
失敗から学び、自分自身を模索していくしかないのだ。
 
 思うに、こういう模索は、
子供の頃から自分自身でやるべきなのだ。
 小学校中学校高校と、
常に誰かが自分の道先案内をしてくれて、
考えたり悩んだりしなくても前へ進める、
というのが当たり前になってしまうのは、
子供のためになるのだろうか?
 
 一度も転ばずにスイスイと最短ルートでゴールに駆け込むことが、
果たして彼らのためになっているのか?
 
 「子供に苦労をさせないために」
というセリフをよく聞くが、
私は、子供には苦労を乗り越えて大人になってほしい。
 
 寄り道や迷い道に入り込んで、傷だらけになっても、
自分の力で出口を見つけ出して欲しい。
 
 その間にかけがいのない友人もできるだろうし、
互いに高めあえる恋人もできるだろう。
 
 「スイスイ生きるんじゃねえ」
と、私は、子供に言いたい。
 
 「人にノウハウなんて聞いてるんじゃねえ」
 「攻略本をただなぞるだけの人生は面白いか?」
と、言いたい。
 
 と、いうわけで、自らの子供に苦労を強い、
好むと好まざるとに関わらず、
子供たちに濃い人生を望む母親・・・・・・
いやなオバちゃんだねえ、と、自分でも思うが、
それが愛だと思って育てている。
 
 
 で、話はやっと本筋に戻るが、数学がやばい中2の次男が、
自分から数学を勉強している姿を発見したときのことだ。
 
 同じ吹奏楽部に所属している親友「テラ」こと「寺井君」は、
次男と同じようなライフスタイルで、
同じような趣味、同じような家族構成なのに、
常にテストでは学年トップである。
 
 それを不思議に思って、
どれだけ勉強しているのか聞いてみると、
一日1時間だけ勉強しているとのことだった。
 しかし、平日も休日も長い休みの間も、多少体調が悪くても、
必ず毎日1時間は予習復習をしているのだという。
 塾にも通わず、特別な勉強もしていない。
 ただただ、毎日、コツコツと学校で習ったことを、
しっかり勉強している。
 
 これを知った次男は、
「テラにもできるのだから自分にもできるかもしれない」
と思ったらしく、
親が起きてくる前から、数学の問題集を開いてみたらしい。
 
 ところが、次男は、同じページの同じ問題を前にして、
一向に動こうとしない。
 鉛筆が、ピクリとも動かない。
 
 「寝ているのか?」
と思って顔を覗き込んだが、
しっかりと起きている。
 
 眉間にしわを寄せて、その問題を見つめている。
 
 「ダメだ。お母さん、ちょっとヒントちょうだい!」
 次男が差し出した問題は、以下のようなものだった。
 
 
 3]+2Y     ]−2Y
――――― ― ――― 
   3         2    
 
 
 分母を通分して、6分の・・・としたところまではよかったが、
分子をそれぞれ
 
 2(3]+2Y) と 3(]−2Y)
 
とするところを、
 
 2×3]+2Y と 3×]−2Y
 
と、カッコをいきなり外してしまい、
更に、加減乗除の順番も無視したため、
結果、
 
 6]+2Y     3]−2Y
――――― ―  ―――――
   6          6
 
 
になり、
 
また、最悪なことに、
 
それぞれの分母の6と、分子の一部を約分してしまい、
 
 
 ]+2Y      ]−2Y
――――― ―  ――――
   1          2
 
となり、更にご丁寧にも、
これをまた通分し、
左側の分数の分子の]だけに、
カッコもつけずにいきなり2を掛けたので、
 
 2]+2Y      ]−2Y
――――― ―  ――――
   2          2
 
となり、
そしてまた、ここでも右側の分子にカッコをつけずに開いたため、
 
 2]+2Y ― ]−2Y
――――――――――
      2          
 
 となって、
何を思ったのか、急に色気を出して
いっぺんにたくさん約分しようと、
「2」のつくものを一気に2で割って、おかしな約分をしてしまった。
 
 で、出た答えが、
 
 
 ]+Y ― ]−Y
―――――――――=]+Y ― ]−Y=0
      1   
 
で、
 
 
 「答え 0」
 
 
 なんて書いていやがるのだった。
 
 
 おいおいおいおいおいおいおいおい!
 
 これじゃあ、それこそお前の点数が「0」だっての!
 
 どうしたらこんなインチキな計算ができるのか、
いや、どうして私自身、
子供がここまで数学以前に算数ができないことを放置してしまったのか、
全然わからない。
 
 頭が真っ白になっている次男の姿を見て、
頭が真っ白になってしまった私は、
どこから教えたらいいものかも見当がつかず、
しばらくは、頭を抱えていた。
 
 しかし、キラキラした瞳で、
「お母さん、教えて!」
と言う次男に、何とか光を導きたい。
 
 そこで、思い切って、数字から一旦離れることにした。
 
「あのね、ユージ、
分母はお母さん。分子は子供たちなんだよ。
 お母さんはね、ひとりで5人の子供たちを背負っているのよ。
 つまり、
 
 長男+次男+三男+四男+長女
――――――――――――――――
       お母さん 
 
 なわけ。
 
 お母さんは、みんなのお母さんだよね。
 でも、あんたひとりが、『僕のお母さんだもん』って言ってさあ、
勝手にお母さんとあんただけを約分して、
勝手にいなくなっちゃったらどうなる?
 
 他の兄弟のお母さんはどこにもいなくなっちゃうよ。
 お母さんがいないと子供は生まれないんだよ。
 だから、
 
 
 長男+次男+三男+四男+長女
――――――――――――――――
       お母さん 
 
 
 っていうのは、つまり、
 
 
 長男    次男   郁実  四男   長女
――― +―――+―――+―――+―――
 母      母    母    母     母
 
 
・・・・・・ということで、みんなそれぞれお母さんの子なの。
 
 だから、
「オヤツにポテチよ〜」って言ってさあ、
 
ポテチ×長男 + 次男 + 三男 + 四男 + 長女
――――――――――――――――――――――――
            お母さん
 
 
 って、先頭にいる長男にだけポテチあげちゃっていいの?
 みんなで食べたいよね?
 
 だから、『ポテチをみんなに分けますよ〜』っていうのがわかるように、
こうやって、カッコをつけてみんなにポテチが行き渡るようにするわけ。
 
ポテチ×(長男+次男+三男+四男+長女)
―――――――――――――――――――
            お母さん
 
 で、カッコを開くと、
 
ポテチ×長男 + ポテチ×次男 + ポテチ×三男 + ポテチ×四男 + ポテチ×長女
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
                        お母さん
 
 
となって、みんな平等にオヤツが食べられるわけ。
 
 いい? 
 この「カッコ」って凄く大事じゃない?
 
 それに、勝手に子供ひとりがお母さんと約分して、
どこかに消えちゃったらダメだねえ。
 
 と、いうわけで、分数の中に足し算が混じってたら、
ちゃんとカッコをつけるのを忘れずに、
そして、そこに何か数を掛けるときは、
カッコの前につけて、一人一人に分けてやるんだよ。
 
 わかった?」
 
「うん!!!」
 
 
 次男、お目目、キラッキラである。
 
 さっき出来なかった問題を、嘘のようにすいすい解いていく。
 
 おお、やれば出来るじゃないか!
 やはりヤツは、実生活に基づいたことしか理解できないタイプだったか。
 
 ]だ、Yだ、という、よくわからんものに対して、
拒絶反応を起こしているだけで、
理屈が分かれば数学も出来るようになるんじゃないかしらん?
 
 多少の希望が出てきた私に、
次男は、次の質問をしてきた。
 
 「お母さ〜ん、
『a+4bの2倍から、2a−3bの5倍を引いた数を示す式を書きなさい』
って問題なんだけど、この場合のお母さんってどれ? ポテチは?」
 
 
 ん・・・・・・はああっ?!
 
 
 だめだこりゃあ!
 お手上げだ!
 
 お前だけは、塾に行ってくれ〜〜〜〜〜〜い!!!!!  
 
 
 
   (了)
 
 
 (子だくさん)2008.4.22.あかじそ作