「 数億通りのエリート 」


 長男が第一志望の高校に受かったのはいいものの、
入った高校の吹奏楽部には入らなかった。
 中学では、打楽器で関東大会まで行き、
できればこのまま続けたかったようだが、
今まで女子の中で男子ひとりが相当きつかったらしい。
 入学した高校の吹奏楽部でも、
自分の他に男子がいれば入部しようと思っていたらしいが、
残念ながら女子だけだったので、入部を断念したのだった。

 本当に吹奏楽が好きなら、
男子とか女子とか、そういうことなど関係ないのだろうが、
やはり、友達とわいわいやりたい盛りの年頃で、
同性の仲間が皆無なのは相当つらいようで、
本人も泣く泣く入部をあきらめた。

 そこで入ったのは、未経験の卓球部だった。
 そこでは、気の合う友達ができたようで、
慣れない運動部のキツイ練習にも、
「疲れた疲れた」と言いながらも続けている。

 今までのように、技術は上達していっても、
女子部の中で小さくなっていた時と違って、
「いやあ、今日は、面白かった」
「ほんとあの高校いいヤツ多いわあ」
と毎日言っているので、親としては、ひとまず安心したが、
息子本人にも、私の心の中にも、
ひとつのモヤモヤが存在していた。

 【吹奏楽をやりたい!】
 【打楽器の才能をつぶしたくない!】

 そのことを話題にすると、
長男の情緒が揺れるのがすぐわかり、
なかなか触れられずにいた。


 そんな微妙な毎日を過ごす中で、
思いっきり空気を読まない次男が言った。

 「小田先輩の高校の定期演奏会に行って来たよ!
 いやあ〜! さすが毎年全国大会に行っているだけあって、
物凄く上手かったよ!!!
 それに、うちの中学のOBもいっぱいいたし!」

 それを聞いて、長男の顔色が変わった。

 小田先輩とは、長男と同学年で、
一緒にパーカッションをやっていた女の子で、
学力も打楽器の実力も長男と同レベルなのだった。

 彼女は、前々からしっかりと、
その「学力も吹奏楽部もエリート」な学校に入るための準備をし、
そして、厳しい試験にパスした。
 うちの息子は、自分の進路や進学後のことなど何も考えず、
行き当たりばったりで高校を選んだ。

 彼女は、吹奏楽部での全国大会優勝という目標をもって、
毎日夜遅くまで部活に勉強に励んでいるという。
 一方、長男は、一時も手放さなかったスティックを脇に置き、
卓球のラケットに持ち替えた。

 3年間毎日びっちり同じ環境で太鼓を叩いていたふたりが、
この4月から、二股に分かれた分かれ道の、左と右に別れ、
それぞれゆっくりと違う方向に歩き出した。
 まだ互いの距離は、そう遠くないが、
毎日少しづつ離れていき、
やがて互いの姿が見えなくなっていくだろう。

 入学当初から派手な舞台で輝く彼女の話を聞き、
長男は、あきらかにへこんでいた。
 あせってもいた。

 それを遠くから見ていた私も、ひどく切なかった。

 しかし、高校生活では、
部活の技能や、成績や、
進路に影響するようなキャリアを積み上げることだけに終始して欲しくない、
という思いもある。

 一生付き合えるような、かけがいのない友人と出会って欲しいし、
迷いとか、挫折とか、七転び八起きとかを経験して欲しい。

 「明日への足がかり」だったり、
「無駄のない計算されたプログラム」という毎日ではなく、
「バカばかりやっていたけど、青春だったな」
という若き日の過ごし方をして欲しいなあ、と思う。

 一見、吹奏楽のエリート街道から外れつつある長男の人生だが、
彼には、また違う人生が何百通りも何千通りも、何億通りも用意されている。

 長男には、より長男らしい人生を送って欲しい。
 より彼らしく生きること、
そのことを私は、「エリート」だと思いたい。
 そう言っている私自身が、
しじゅうを超えても、いまだに私らしさを見つけられず、
模索しまくっているのだが、
息子にも、一生をかけて、
あきらめずに「より自分らしく」を探しながら生きて欲しい。
 誰よりも自分らしい【オリジナルエリート】になって欲しい。 


 卓球部で、一から新しい生活を送り始めた長男。

 友達とわいわい楽しくスポーツしても良し、
いきなり卓球の才能を発揮し始めても良し。

 ともかく、長男の前には、
おっそろしく無限の可能性がドバ〜〜〜ッ、と広がりまくっているわけだ。

 へこむな、長男。

 いや、へこんで良し。
 へこんで、そして、またふくらむのだ!

 それが、青春というものだぞ。


 とはいえ、かなり本人の吹奏楽部への未練が強いことを感じたので、
知り合いの地元吹奏楽団の団員に相談してみた。

 すると、彼女は、いろいろと動いてくれて、
「高校生大歓迎だって。打楽器の即戦力にぜひ来て、だって!」
と、言ってくれた。

 私がそのことを長男に言うと、まんざらでもないようで、
中間テストが終わったら見学に行ってみようかな、
と言い出した。
 その楽団は、社会人中心の楽団だが、
ちゃんとした指導者を招いて毎週日曜にきっちり練習し、
年2回の定期演奏会を開き、
吹奏楽コンクールにも出場したりするというので、
思ったよりずっといい感じであった。
 楽団のサイトを覗いてみると、
若いお兄さんお姉さんと、おじさんおばさんが入り混じって、
真面目に、そして、楽しく活動しているようで、
まるで村の青年団のような雰囲気だった。

 これは、いい。

 何なら私が入りたいくらいだ。
 私も吹奏楽部出身で、自分のトランペットとホルンを持っている。
 20年以上のブランクがあるものの、まだまだブラス魂は死んでいない。

 「キャリア」と呼ばれる人になるのもいいが、
「現場たたき上げ」というのも、悪くない。

 ああ、息子よ、
 「人生の先が見えた」なんて
夢のないことは、決して言うなかれ。

 先が見えてからが、正念場なのだ。

 その先の、もっと先に、
何だかわからないけれど、
もんのすごく物凄いことが待っているかもしれないのだぞ!!!

 オカアチャンは、お前の半歩先を走り、
その先の、もっと先に向かって走っていくぞ!

 「待って!」なんて泣いてすがってきても、待つものか!
 ついてこられるものなら、ついてきてみろ!

 先に行くぞ!

 どぅえ〜〜〜〜〜〜い!!!
 うお〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!



  (了)

(しその草いきれ)2008.5.6.あかじそ作