子だくさん 「難儀だねえ」
 

 三男の誕生日、
夫にチビたちの世話を頼み、
私と三男は、ふたりでバイキング形式のファミリーレストランへ行った。
 
 休日のランチタイムで、
大人1200円、小学生800円、別途ドリンクバー代を払えば、
各種洋食やデザート、スープ類やカレー数種、焼きたてピザ、
そして、あらゆる飲み物が食べ放題飲み放題なので、
わざわざお腹をぺこぺこに空かせてから勇んで行ったのだが、
・・・・・・ダメだった。
 
 全然量が入らなかった。
 
 思えば、うちの子たちはみな小食で、
胃が小さいものだから、
すぐに満腹になり、
そして、すぐに空腹になるシステムなのだった。
 
 私がいろいろなおかずを皿にたくさん盛り付けているのに対し、
三男は、
「これ、もらっていいの?」
「これは、どうやって取るの?」
と、不慣れ丸出しで、
とにかく場に飲まれ、おどおどし、
皿にひとつかふたつ、ポツンと乗せるのがやっとだった。
 
 私とて、そんなところは不慣れなので、
ドリンクを注ぐ機械で、違う抽出口にカップをセットしてしまい、
機械と床にカフェラテの泡をぶちまけてしまったり、
飲み物をグラスに満タンに入れた後に氷の存在に気づいたり、
おかずを取ったトングを違うおかずのところに置いてしまったり、と、
粗相の連続だったが、
店員に謝りながらも心の中では、
「ケケケやっちまったい」
と、少なからずハプニングをも楽しみ、
それもひっくるめての娯楽と思って外食しているわけだが、
クソ真面目な三男は、さにあらず。
 
 自分で希望してやってきたバイキングだというのに、
この状況にテンパッてしまい、
ろくに食事を味わうことができないばかりか、
タレやドレッシングやシロップの類を、
何から何まで掛け忘れてしまっている。
 
 味の薄いものをほんの少量食べて、
それでもう、胸がいっぱいになってしまったらしく、
最初からずっと困った表情を浮かべっぱなしなのだった。
 
 「おいしいねえ」
と話しかけても、
「うん」
と言いながらも目がうつろで、
早く帰りたそうなのだ。
 
 私も私で、
子供の誕生日にかこつけて、
欲張ってがつがつ食べまくっていたのだが、
さすがに胃がはちきれそうになってきていた。
 
 タコスをいくつも自分で巻いたり、
ピザにタンドリーチキンを乗せてアレンジしたりして、
いつもよりかなり多く食べている。
 更に、好物のドライフルーツをたくさん皿に敷いてから、
ソフトクリーム機から濃い目のクリームをゴウゴウ巻きながら乗せ、
それをスプーンで混ぜながら食べた。
 それが思った以上に旨かったので
調子に乗って、同じようにまた作ってみたが、
もう、胃が割れそうで全然入っていかない。
 
 時計を見たら、かれこれもう1時間10分も食べ続けている。
 5分で一食食べきれるほどの早食いの私が、
1時間以上も本気で食べ続けているのだから、
きっと尋常じゃない量の油と糖を摂ったはずだ。
 
 無意識に外したジーパンのホックが、
哀しいほどに大きく左右に開ききっている。
 何ならチャックも下ろそうか、というほどの苦しさだ。
 
 一方、三男は、ろくに食べなていないのに、
「もうダメだ、もうひと口も食べられない。ごちそうさま」
と、そっくり返ってつらそうな顔をしている。
 
 ああ、食べ過ぎた!
 
 あれもこれも食べないと勿体無い、元が取れない、
と、ケチりすぎて、
結局お腹が痛くなるほど無理をしてしまった。
 
 これって、楽しいのか?
 むしろふたりとも苦痛だったぞ。
 三男にいたっては、精神的にもしんどそうだったじゃないか?
 
 帰り道、車を運転しながら後部座席の三男に
「楽しかった?」
と聞くと、
「うん」
と、照れくさそうに答えた。
 
 シャイな三男の気分を、
何とか盛り上げてやろうと思い、
私はこう言った。
 
 「この間、グリーンジャンボ宝くじ買ったよ。ついでにミリオンも買ってみた。
100万当たったら、家族で海外旅行でも行こうよ!」
 
 すると、三男は、急に憂鬱な表情になり、
「嫌だよう!」
と半泣きになった。
 
 「なんでよう」
と聞き返すと、
「飛行機怖いよ〜。外人怖い〜。
変な病気にもかかりそうだし、殺されるかもしれない。
ねえ、お母さん、どうしても行かなきゃだめ? 沖縄とかじゃダメなの?」
と、怯えきって言う。
 
 「沖縄もいいねえ。でも、そんな海外に怯えなくても〜」
と言うと、
「怖い〜〜〜。ねえ、ホントに外国はやめて、お母さん、お願い! ねえ、お願い〜!」
と、もう、本当に泣いているのだった。
 
 「なに泣いてるのぉ?! まだ宝くじ当たってもいないのに! 心配しすぎ!」
 
 三男は、すっかり憂鬱になってしまったらしく、
誕生日なのに、すっかりへこんでしまった。
 
 これじゃ「取らぬ狸の皮算用」の逆バージョンじゃないか。
 「取らぬ狸の心配症」か!
 
 「じゃあ、もう、外国は行かないから。心配しないでいいって」
と言うと、
「ああ〜〜〜、よかった〜! 本当によかったあ!」
と、また泣きそうになっている。
 
 ああ、三男。
 アンタは、一体、
どうして、こんなに難儀な性質なんだろう。
 
 そういや、こういう人、
前にも会った事があるような・・・・・・
 
 そうだ。
 じいちゃんだ。
 
 顔も性格も気質も、
職人だったじいちゃんにそっくりじゃないか。
 
 綿密な仕事をきちんと全うするために、
隅々まで神経を配る、という性質は、
職人としては必需だけれど、
日常生活では、どうしたって本人も周りの家族も難儀なものだ。
 
 楽しいことも嬉しいことも、
みんなみんな心配事に変化させてしまうのだから。
 
 じいちゃんは、死ぬまで心配症だったし、
三男もきっと、この気質にずっと困りながら生きていくのだろう。
 
 ああ、難儀だねえ。
 
 
 
 〈追記〉
 
 
 「じいちゃんは、死ぬまで心配症だったし・・・・・・」
と書いたが、実は、死んでも心配症は続いていた。
 
 いとこのhanaは、このじいちゃん子だったせいか、
じいちゃんが亡くなった後も、
じいちゃんをよく見るらしい。
 
 時々夢の中にじいちゃんが出てきて、
「あかじそちゃんが具合悪いみたなんだけど、どうした?」
と、hanaにしつこく聞いてくるらしい。
 あまりにしつこいので、hanaが、
「じいちゃん、自分であかじそ姉ちゃんに聞きなよ」
と言うと、
「あかじそちゃんは、じいちゃんに何も言ってくれないんだよ」
と言うらしい。
 
 夢から醒めたhanaメールをチェックすると、決まって
私からの「実は体調悪くて」という内容のメールが届いているのだという。
 
 私もhanaも、私の母も、
血筋的に霊感が強い方らしい。
(他にも、一銭にもならない変な勘も鋭いのだが)
 
 実は、私も私で、
体調を崩すと、じいちゃんの気配をしょっちゅう感じていた。
 生きていた頃のじいちゃんとおん〜なじ雰囲気。
 その「気配」は、テディベアのような可愛いムードで、
かつ、執拗に身のまわりの心配をしてくれるのだった。
 
 私は、ありがたいなあ、と思いながらも、
「心配してくれてありがとね! でも、私、怖がりだから、出てこないでね!!!」
と、いつも念じている。
 それでも、
「だいじょぶかだいじょぶか」
という気配を感じると、
「わかった。だいじょうぶ! わかったから、見えてこないでよ!」
と、たびたび念を押している。
 
 こういうことを念じているから、
じいちゃんは、私に相手にしてもらえないように感じているのだろう。
 
 でも、じいちゃん、
私は、じいちゃんが大好きだし、
じいちゃんの血を引いて、しっかり心配性に育っているから、
本当に大丈夫だからね。
 人一倍慎重だし、危ないことはしないから。
 
 安心して、リラックスして、
あの大きな空を吹き渡ってていいんだよ〜!
 
 
 嗚呼、難儀だねえ、ホントにもう!
 
 
   (了)
 
 
 (子だくさん)2008.6.3.あかじそ作