『乾き物』


 私は、ある日、渋谷の街を友だちと歩いていて、
ナイスなバスケットを発見した。
 その小さな手提げのカゴは、必要なときに、必要なものが
出てくる、という魔法のバスケットで、これひとつあれば、
例外なく、他には何もいらない、という。

 私は、今日、援助交際の相手からもらった小遣いで、
29800円の、そのバスケットを買った。
 
「お菓子たーべーたーいー」
と言えば、フリーズドライのお菓子が出てくる。
「エビピラフたーべーたーいー」
と言えば、やっぱり、フリーズドライのエビピラフが出る。

「クリームそ〜だ〜」
と言えば、顆粒状のジュースの素が出るし、
「ふわふわのたーおーるー」
と言えば、水で戻すとふわふわになる、圧縮タオルが出てくる。

 バスケットの裏側には、

<エビハラ総合ドライ・ファクトリー>

と、書いてある。
 フリーズドライ製法で、いろいろ作っている会社なのだろう。

 ところで、ここのところ、プチ家出も本格化している私は、友だちに、
「ていうか、それって本物の家出!」
とか、言われている。

 その日知りあった子の家に泊まったり、
逆ナンして男の子とホテルで朝までいたりしていたけれど、
ちょっと最近、疲れてきたので、私は、ふざけ半分で、
バスケットに、

「家!」

と、言ってみた。
 すると、道の真ん中に、ラティスフェンスだの、ガーデンテーブルだのがある、
オシャレな家が出てきた。
 その中に入ってみると、ガラーン、としていて、ひと気がない。
 
「夕ご飯!」
と言うと、茶碗にほかほかご飯、豆腐の味噌汁に、秋刀魚の塩焼き、
ワカメとキューリの酢の物に、肉じゃがに、なめこおろし、サラダに冷奴が、
テープルの上に現れた。

 私は、イスにかけて、箸をつけた。
少しづつつまんでみたが、どれもめちゃめちゃ旨い。

「うまっ!」

と、つい言ってしまったら、馬が出てきた。

「いやいやいや、そうでなくて〜」

宗兄弟が、二人揃ってバスケットの隙間から、しゅ
しゅっと顔を出しかけて、引っ込んだ。

「なに今の!」

 馬は、テーブルの上の物を食い散らかすし、ちょっと口にしたものが
どんどん飛び出てくるから、部屋の中は、どんどん物でいっぱいになっていった。

 ところが家の中は、物だらけだが、何か足らない。
家には、家の人が欲しい。

 私は、
「家族! ・・・・・・なんちって」
と、言ってみた。
 すると、バスケットから、ピラピラピラと、3枚のカミッペラが出てきた。
その紙には、
<乾燥父><乾燥母><乾燥弟>
と、それぞれ書いてあって、流しにぶち込んで水を掛けてみたら、
みるみる膨らんできて、私の父と母と弟になった。

 その、父と母と弟は、
「どうも。なんちゃって家族です」
と、言った。
「必要なときに、水を掛ければ戻ります。
要らなくなったら、日に当てて干しておいてください。
そのうち乾燥して、紙になります。あなたの生活の邪魔はしませんので」
と、言った。


 私は、今、「ニッキュッパ」で手に入れたバスケットで、
お金も、家も、家族も、彼氏も、友だちも、服も、バッグも、何もかも、
手に入れることができるようになった。

 乾き物ばんざい!

 私は、バスケットを片腕に下げて、今日も街を闊歩する。
背中に「乾燥女子高生」と印字されている事も知らず、
もうすぐ干からびて、カミッペラになってしまう事も知らないままで。


                   (おわり)
2001.10.11 作:あかじそ