「 ゆめかうつつか 」

 高校1年生の夏休み、
長男は、「バイトをして稼ぐ!」と張り切っていたが、
希望していたファストフード店に応募したものの、
面接まで1週間、結果が出るまで3日待たされた挙げ句、
落とされた。

 応募すれば必ず採用されるとばかり思っていた長男は、
連日キーキーキーキー言って怒ったり騒いだりし、
取り乱して、近所のファミレスやコンビニなどに何件も応募したが、
ことごとく断られた。

 そもそも部活や夏期講習と両立させながら
その空いた時間にちょいちょい稼ぎたい、
しかも、夏休みだけの短期バイトで、
などという都合のいい条件で雇ってくれるところなど、
まず無いのだった。

 バイトで取り返すつもりで、
有り金すべてを使い果たしてしまった長男は、
口を開けば「金が無い金が無い」とばかり言っている。

 電車通学で繁華街を経由して通学していれば、
遊びや買い物の誘惑も多く、
ましてや、お小遣いをたんまりもらっている友人たちと付き合っていれば、
月5000円〜8000円の小遣いでは、まったく足りないというのは、
理解できなくも無い。

 しかし、こうも毎日、耳元で
「金が無い金が無い」
と連呼されていると、こちらの神経も相当逆撫でされる。

 「そんなに金が無いなら無駄遣いしなけりゃいいじゃないの!」
と言えば、
「付き合いというものがあるんだよ!」
と、中年サラリーマンみたいなことを言う。

 「じゃあ、飲食店じゃなくて、新聞配達でもしたら?」
と言えば、
「無理」
と一言で片付ける。

 高校に入ってから、常にケイタイを握っていて、
数秒おきに着信音が鳴っている。
 宿題やら勉強やらに関しては、
「なぜかまったくやる気が起きない」
と、まるで「自分はやりたいのに、やれなくて困っている」というような口ぶりだ。

 こちらも言いたくはないが、
あまりにもだらだらした生活を送っているので、
「勉強しろよ!」
と何度も言うことになってしまい、
そのたび長男は、
「わかってるよ! もう!」
と、怒って部屋に逃げ込んでしまう。

 「何でバイトが決まんないんだよお!」
と、長男が数時間おきに激高しているので、
「景気が悪くて、雇う方だってギリギリなんだよ。
学校出ても就職できなくて若者の貧困層が出てきている、って、
ニュースでやってるでしょう?
 だから、今、数万円稼ぐことよりも、
就職するときのためにお父さんにパソコン習っておくとか、
今、できる建設的なことをしておく方が現実的なんじゃないの?」
と私が言っても、
「今の今、金がないんだよお!」
と叫び、一切こちらの話を聞かない。

 ああ、現代の雇用問題が、
今、目の前にいきなり突きつけられている。
 もう、全然他人事では無いのだ。

 大枚はたいて子供たちを塾に通わせて、
そこそこの学校に入れたとしても、
それでちゃんと仕事にありつけるのかどうか、という保障はどこにもない。

 運よく一流企業に入社したとしても、
そこと水が合わずに数ヶ月でやめてしまうこともある。
 (現に私がそうだった!)

 子供たちに、
「好きなことに突き進みなさい!」
「夢を追いなさい!」
と言ってやりたい反面、
「将来仕事に就けるように準備しなさい」
とも言いたい。
 自分たち夫婦のした下世話な苦労を、
果たしてこの根性無しの息子たちが乗り越えられるのか。

 いまだ、未来に対して、
ぼんやりとした夢や希望を
持ったり持たなかったりの高校生の息子に、
「夢を追うなら具体化しろ!」
「夢が無いなら手に職つけろ!」
と言ってはみるが、気のない生返事だけが返ってくる。

 そういえば、自分も、高校1年生の頃は、
自分が大人になるなんてことは、遠い未来のことだと思っていた。

 時期が来れば、義務教育の進級システムのように、
するすると自然に希望する仕事に就けるものだと思っていた。

 ただ生きているだけで、
時期さえくれば勝手にするする就職できて、
するする結婚できて、
するする子供が生まれて、
ボケッとしていても「普通の暮らし」ができるものだと信じていた。

 ところが、現実は、そうじゃない。

 ものすごい苦労と葛藤と格闘の末に、
「普通に暮らし」を獲得し、維持し続けているのだ。

 まあ、そんなことをぼんやりしている長男に、
いくら言っても実感できていないようだし、
ましてや、中学2年の次男などは、
まったく聞く耳を持たず、
ただ毎日へらへらと「リズム天国」というゲームに興じているのだった。

 ああ、ゆめかうつつか。
 ゆめとうつつをつなぐには、
何をどうすりゃあいいんだか。

 この私でさえ、しじゅうにして、
まだそのハザマでボケボケしているわけだから、
そんな親に育てられている息子たちに何がわかろうものか。

 そんな中、ただひとり、小6の三男だけが、
黙々と茶の間のちゃぶ台で宿題をこなしている。
 「学校出たら大工になる」
と、自分で決めている三男は、
本日分の宿題をきっちりと時間通り終わらせると、
大きくため息をつき、静かに冷えた麦茶を飲んでいる。
 小柄な体であぐらを組み、
パラリとページをめくりながら、
今日の仕事(宿題)を振り返っている。

 嗚呼、今日からお前を「親方」と呼ばせていただこう。



   (了)

(子だくさん)2008.8.5.あかじそ作