「 デオドラント大作戦 」

 子供たちがまだ小さい頃から、よく冗談で
「男の子ばっかりで、年頃になったら汗臭い家になりそうだよ」
と言っていたが、ついにその日がきた。

 出先から帰ってきた子供たちは、
外でたっぷり汗をかいてくるので、
実に汗臭い!!!

 いや、「汗臭い」などという生易しいものではなく、
もう、ケモノの体臭をウウォンウウォン漂わせているのだった。

 半径1メートル以内に近づくと、
もう、
「ウプッ!!!」
と、冗談抜きでえづいてしまうほど、
それは、強烈かつ凶暴な臭気を放っている。

 恥ずかしながら、この私も、
若い頃は、女子にしては、体臭が強い方だった。
 別に不潔にしていたわけではなく、
人並みに、いや、人以上に入念に風呂に入り、
着替えもこまめにしていたのだが、
はじける成長のすさまじさに、
もう、匂わずにはいられないほどピチピチだった。

 それと同時にフケにも悩まされ、
フケ予防のシャンプーを使い、よくすすぎ、
地肌を剥がさないように、爪ではなく、指の腹で洗ったりして、
充分気をつけていたのだが、
やはりフケとかゆみはひどかった。

 それも二十代中盤に入ると徐々に落ち着いてきたので、
健康な成長期のよくある現象であった、と、今になると思うのだが、
その当時は、体のあっちこっちがかゆいし、匂うし、どうにも困り果てていた。

 そんな体質の人間の子供たちなのだから、
やはり健康な証拠として
成長期にプンプン匂うのは当然といえば当然なのだが、
それにしても、そういう者が4人も狭い6畳間に集結されると、
もう、たまらん。

 大げさでなく、カトチャンみたいに
「オンウェ〜〜」
とえづいてしまう。

 「おかえり〜」
と、言って玄関先で靴を脱がれては、
「オンウェ〜〜」。

 「ただいま〜」
と、横を通り抜けられては、
「オンウェ〜〜」。

 (臭っ!)

と、思わず叫びそうになるのを、ぐっとこらえて、
「お風呂で足洗ってきなさい」
とだけ、やっと口にするのだが、
「ええ〜〜〜、めんどくさ〜い」
とみんな言うことを聞いてくれない。

 「汗かいたでしょ、着替えなよ」

言っても、
「お風呂の後でいいよ」
と言って、着替えない。

 (いいよ、じゃねえよ、こっちが耐えられないんだよぉ!)
と言いたいところを、これまたぐっとこらえて
「お風呂でちゃんと洗うんだよ」
と言っておく。

 4人の息子の中でも、
痩せ型で乾燥肌の長男と四男は、
それほど匂わない。
 今年になって運動部に入った長男は、
さすがに高校生男子の匂いを漂わせ始めたが、
それよりもフケが多いことに悩んでいるようだった。
 今まで匂いなど気にも掛けなかったのに、
友人が盛んに制汗スプレーを使っているのを見て影響されたらしく、
急に体にいろいろシューシュー吹きかけ始めた。

 次男は、むっちりしていて、
一見、一番匂いそうなのだが、
見かけによらず、非常に綺麗好きで、
朝も晩もしっかり風呂に入り、
「気持ち悪いから」
と言って、学校にも着替えの服を持っていく。
 そのせいか、比較的匂わない。

 問題は、三男だ。
 とにかく、放っておけば、一日中表で遊んでいるような
「昔の子」タイプで、
そして、物凄く汗っかきだ。
 とにかく、夏場は、いつも猛獣の匂いを漂わせている。

 風呂では、ちゃんと頭も体も洗っているというが、
とにかく小さい頃から匂いの強い子だった。

 先日、あまりにも匂いがキツイときがあったので、
よっぽど「臭いから今すぐ風呂に入って」と言いたかったが、
私より先に長男が、
「くせっ!」
と言うと、三男は、さっと顔色を変えて子供部屋に閉じこもってしまった。
 その後、夕飯のときもなかなか部屋から出てこなかったので、
きっとこれは、友達からも指摘されていて、
相当気にしているのだろう。

 この三男、生まれたときから、自分の体質というものに苦しめられてきた。

 3歳までは重症のアトピーで顔の皮膚が全部ズル剥けで血まみれだった。

 通りすがりの人から
「気持ち悪い」
だの
「ウツルから離れろ」
だの言われてきたが、
三男自身、そういうことを人一倍気にするくせに、
気にしていない振りをしているのが、
私にも手に取るようにわかった。
 チビなりにも男のプライドというものがあるのだ。

 今は、左手の指にできたたくさんのイボと、
夏場の体臭に苦しんでいる。

 イボに関しては、去年、
皮膚科に1年近く通って、
一週間に一回、強烈な冷却スプレーでイボを焼きに行っていた。
 やっと治ったと思ったら、
今年になってまた再発。
 「お前の手、気持ちわりい〜」
と言われていたので、
一年間も毎週イボを焼くという非常に痛い治療にも耐えてきたのだが、
さすがに、もう通う気力を失ってしまい、
市販のイボコロリを塗っている。

 「またどんどんひどくなってきてるから、皮膚科行こう」
と言っても、まったく応じてくれない。
 最近は、私に手も見せてくれない。

 しかし、神様は、どうしてこうもこの子ばかりに、
この種の試練を与え続けるのだろう。

 「なんで僕だけいつもこんな目に遭うんだよ!」
と、いつも悔し泣きしている。

 そりゃ、悔しいだろう。

 夏は、洗っても洗っても「臭い」と言われ、イボは繁殖し、
冬は、寝入りばなにアレルギー性の関節痛でのた打ち回る。
 季節の変わり目には、喘息発作で、
一年を通して胃腸が弱く、
神経質な自分の気質に苦しめられている。

 イボは、ちゃんと説得して、ちゃんと皮膚科に連れて行こう。
 関節痛も、今以上にもっと予防していこう。
 神経質な気質に関しては、
母親の私まで神経質にならないで、
包みこむように接して、もっと安心感を与えていこう。

 さあ、問題は、匂いだ。

 学校に着替えを持って行け、
汗をかいたら、すぐ着替えろ、
と言っても、
「女じゃあるまいし、お着替えなんてしてたら友達にからかわれるよ」
と言って、全然言うことを聞いてくれない。

 制汗スプレーは、小学校では禁止だし、
体操服も、「使うたび洗うから持って帰れ」と言っても、
「みんな一週間に一回持ち帰るんだから、僕だけそんなのはイヤだ」
と言う。

 汗まみれでびっしょりの体操服を、
一週間に何度も繰り返し着るのは、考えただけでも不潔だし、
気持ち悪いのだが、
なぜか小学校では、原則的に、
「週末に持ち帰るだけ」ということになっている。

 さて、どうするか。

 三男は、友達からいつも「汗臭いぞ」と指摘されているので、
気にはしているが、
それを気にしている、ということを友達に気づかれることの方がイヤらしい。
 これも男のプライドだ。

 それでは、こうしよう。

 誰にも気づかれないように、
三男にすら気づかれないような方法で、
匂わないように工夫してみよう。

 いつもは、皮膚の弱い家族に合わせて、
天然の洗濯洗剤を使い、
漂白剤も柔軟剤も使っていなかったのだが、
夏場だけでも、刺激の少ないタイプの
「消臭・殺菌効果」のある洗剤と漂白剤と柔軟剤を使おう。

 意気込んでドラッグストアに駆け込み、
ごっそりひと揃え買い込んだものの、
使用して1週間たっても、目に見える効果は得られない。

 ううむ、これは、手ごわい。

 それでは、いっそ、着るものだけでなく、
体自体をデオドラントしてしまおうではないか。

 私は、はた、と、ひらめいて、
またもや、ドラッグストアに駆け込んだ。
 今度は、シーブリーズの「デオドラント&クール」タイプのボディソープを買ってきた。
 いつもは、もらい物の石鹸や、特売のシャンプーしか買わないので、
今回の投資の効果をぜひ聞きたくて、
息子たちに食らいついて使用感を聞いてみたところ、
「涼しい!」「むしろ寒い」
とのことだった。

 「いや、待てよ、体よりも頭が臭いのかも」
と、同じシリーズのデオドラントシャンプーを買い、使わせてみたが、
やはり、
「寒い」「冷たい」
と、口々に言い、それ以上の感想は、なかった。

 そして、肝心の匂いなのだが・・・・・・・
帰宅後の彼らの匂いは、相変わらず猛獣並みであった。

 「ううむ・・・・・・」

 なぜ効かぬ?

 いや、あれらのデオドラント製品は、
十二分に効果を発揮しているのかもしれない。
 発揮しまくって、そして、あの状態、
つまり、あれらを使わなければ、もっと臭いのかもしれない。

 登校前に、制汗スプレーを吹きかけてみた。
 効果なし。

 靴に匂い消しスプレーを振りかけてみた。
 でも臭い。

 ちょっと待てよ。
 大体、なぜ動物は匂うのだろう。

 僕らはみんな生きている。
 生きているから匂うんだ。

 そう、本来、匂ってもいいのだ。
 大昔は、匂いによって、
それが誰なのか、敵か味方か、相性が合うのか、
など、生きていくのに必要な情報となり、
むしろ、必要なものだったのだ。
 しかし、文化が発達し、集団で集まる機会が増え、
人と人とが接近して過ごすようになったことで、
匂いは、不潔なものという観念が出来上がった。

 匂いというものは、本能的に必要なものである。
 赤ちゃんは、生まれつき、
自分の母親の母乳のにおいをかぎ分ける能力を持ち、
目がよく見えない頃から、
乳首の位置を、乳のにおいで感じとっていた。
 だから、生まれてすぐの、
自分では何もできない赤ちゃんは、生きていける。

 赤ちゃんだけではない。

 年頃の坊ちゃんお嬢ちゃんが、ニオイタツのは、
DNAの相性のいい配偶者を、互いにかぎ分けるために、
フェロモンを出して、知らせ合っているからだ。


 大体、世界の中で、
これほどニオイに過敏になっているのは、
もしかして、日本が一番なのではないか?

 欧米の人は、肉食のせいか、
日本人よりも体臭が強いというのを、どこかで聞いたことがあるが、
そのためか、香水というものが発達してきた。

 日本人は、他の人種と比べたら、
かなり淡白な体臭なのかもしれないが、
いかんせん、狭いところにギュウギュウいっぱい人が住んでいるから、
互いに不快にならないように、清潔が求められるようになったのかもしれない。

 これもどこかで聞いた話だが、
日本人ほど、殺菌消毒の好きな国民はいない、とか。
 まあ、四季があり、湿っぽくてカビっぽい土地柄では、
「臭い」=「体に有害」という危機感があるのかもしれない。

 いや、それにしても。

 こんな匂いに厳しい国に生まれた体臭の強い人は、苦労するだろう。
 情熱的な国で、匂うほどモテル、というところも、中にはあるだろうに。

 ちょっと待てよ。

 今までのことをまとめてみよう。

 @汗が匂う
 A胃腸が弱い
 B肉食は匂う
 C洗剤の類では匂いを防げない
 Dでも、匂いは本当は必要

 そうか、と、いうことは。

 時間が経った汗は匂う。
 これに関しては、着替えさせよう。
 健康のためにも、不潔は、いけない。

 さて、では、汗に関しては?

 汗は、体温調節に絶対必要。
 たっぷり水分補給し、たっぷり汗をかく分には、問題なし。

 問題は、汗の匂いだ。

 肉を食べた後のウンチやおならは、臭い。
 にんにくを食べたあとの口臭は、キツイ。

 それなら、汗だって、食べた物の影響を受けるのではないか?

 大体、食事は、栄養バランスの取れたものがいい、とされているし、
一日30種類の食物を採るのが理想だとも言われているとか。

 それならば、基本的に、食事は、
日本人の体質に合った和食をベースにし、
適度な運動で体調自体を良好に保つ。

 そこで注目なのは、
うちの子供たちは、胃腸が弱い、ということだ。

 肉体が健康なら、健康な精神がそこに宿るし、
健康的なサラッとした爽やかな汗だって宿るだろう。

 胃腸が弱い、ということを克服すれば、
うちの子供たちは、匂いどころか、
精神的にもいい効果が現れるかもしれない。

 (ここのところ、息子たちには、温かい心が欠けているような気がする)

 さあ、それでは、胃腸にいいものとは?

 そりゃあ、やっぱり、ビフィズス菌でしょう。
 発酵食品でしょう。

 発酵食品をよく食べて、体を温める食事をし、
体の芯を冷やさない生活をし、
適度に運動。
 そして、便秘や下痢をしないこと。
 悪玉菌が腸内に増えると、便秘や下痢になる。

 かつて私が勤めていた某乳酸飲料の会社では、
「予防医学」が大切で、
「腸内細菌が免疫力を、ひいては、健康をつかさどる」
と言っていた。

 そのことは、最近、みんなに知られるようになってきたが、
実際、実践している人は、どれだけいるだろう。

 風邪も、アレルギーも、腫瘍も、そして、体臭も、
腸内細菌のバランスによって左右されるとしたら、
もう、ヨーグルト食べるしかないでしょう!
 ぬか漬けやキムチかじるしかないでしょう!

 そういえば、
あんなに虚弱体質で、1ヶ月間ウンチ出ないなんてザラで、
しょちゅう倒れていた、体臭の強い、若かりし頃の私が、
今では、風邪もひきにくく、アレルギーも治まりつつあり、
毎朝快便で、匂いが治まったのも、
もしかしたら、毎朝欠かさず飲むドリンクヨーグルトのおかげかもしれない。

 この間のお盆に、
夫の田舎に帰省したとき、
たった数日、ヨーグルトを採らなかったら、
乳腺は腫れる、高熱は出る、便秘になる、で、
久しぶりに倒れたではないか。

 慌てて近所の店でヨーグルトを買い、
二日ほど摂取したら、すぐに元気になったし。

 便秘対策で自分だけ毎日ヨーグルトを採り、
自分だけすこぶる健康になっていたが、
これは、もう、家族全員に浸透させるしかない。

 しょっちゅう自家製ヨーグルトを作って、子供たちに食べさせているが、
「毎日」ではなかった。
 やはり、毎日、コツコツ善玉菌を腸に送り込んでやらなければ、
効果は薄い。

 毎日欠かさず、
ヨーグルト、ぬか漬け、キムチなどでビフィズス菌を採り、
ビフィズス菌の餌となるオリゴ糖を砂糖の代わりに使おう。

 体を冷やす夏野菜は、もうストップし、
体を温めると言われる根っこの野菜に切り替えよう。
 糖分もカフェインも体を冷やす。
 しょうがや唐辛子は温める。

 冷える夜には、腹巻をする。
 冷房の中では、靴下を履く。

 健康の基本を守れば、きっと、デオドラントにも効く。

 これは、完全に、私の勝手な憶測だが、
当たらずと言えども、遠からず、だろう。


 さあ、今日から私は、発酵ババアだ!
 愛する家族に、
ギスギスした世の中に、
幸福をもたらす、「発酵」という魔法をかけるよ!

 魔女が地下室で魔法の薬をおどろおどろしく煮込むように、
幸福の発酵食品を、ケケケケケと笑いながら仕込むよ〜!

 さあさあさあさあ〜〜〜、
幸福になりたいのは、誰だい?!

 お前かーーー?!

 それとも・・・・・・

 お前かぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!

 キョエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イ!!!!!!!

 はいっ!  もう臭くにゃ〜〜〜〜〜〜〜い!




  (了)



  [追記]

 三男には、彼の気持ちが落ち着いているときに、
あるいは、私の体験談を語る、という形で、
「自分の体質」との付き合い方を話し合おうと思っている。
 この体も、この心も、この頭も、
「イヤだから交換」なんてことはできない、
一生付き合う同士なのだ。家族なのだ。

 嫌わずに、一緒にひざ突き合わせて、
どうすりゃうまく付き合えるのか、
冷静に対策を考えて、淡々と実行すればいいだけのこと。

 何も、悲観したり、自暴自棄になったりする必要などない。
 困った「体質」や「気質」は、うまいこと飼いならすだけさ、と。

 お前が生まれてきたこと、
生きていく道のりは、
最高にご機嫌なイベントなんだぜ。

 自分を愛すのさベイベェ、
ビートに乗れ、オ〜イェイ、
と、言ったげよう。

(子だくさん)2008.9.9.あかじそ作