子だくさん 「お〜〜〜い!」
高校1年生の長男のアルバイトが軌道に乗ってきたらしく、
週末だけの約束で始めたのに、
今や平日も毎日のように夜10時まで働いて帰ってくる。
夜10時半頃帰ってきたかと思えば、
夕飯をかき込みながらひとりでべらべらと一日の愚痴を垂れ流し、
親にせっつかれてやっと風呂に入り、
さっさと寝てしまう。
当初私と交わした、
朝1時間夜1時間の家庭学習の約束など、
すっかり忘れてしまったのか、
気疲れでそれどころではないのか、
まあ、おそらくその両方で、
勉強どころではない毎日を送っていた。
口を開けば金が無い金が無いと騒ぐので、
学校と家との往復でなぜそんなに金を使うのか、
もともとケチだった長男が、なぜそんなに金遣いが荒くなったのか、
もっと早い時点で気づくべきだったが、
とにかく今は、
授業を寝ないで受けること、
部活を人並みにこなすこと、
バイトのシフトを守ることに必死な長男であった。
我が家には子供が5人いて、
「昭和の子育て」を志してきたのだから、
16歳にもなれば、働きだして当然かもしれない。
ちょっと前なら、集団就職で都会に働きに出る年齢でもある。
当然といえば当然の流れか。
それはそうと、この、長男のバイト開始にともなって、
我が家には、今までと違う流れが巻き起こっている。
今までは、お金というものは出て行くばかりであったが、
我が家の停滞した経済に、長男が風穴を開けたとたん、
急激に新しい風が吹き込んで来たのだった。
今まで、私がいくら就職活動をしても、
採用されなかったり、
採用されても仕事が自分に合わなくて続かなかったりしたのに、
ここ数日で、問い合わせするところするところ、快い反応で、
とんとんとん、と、数箇所の職場から面接の連絡があった。
今までのように、家庭を顧みずに猛烈にシフトを組んで、
一家総倒れにならないように、
生活に無理の無いたぐいの仕事を選んだ。
ひとつは「比較的割のいい内職」で、
もうひとつは、「運送会社の下請けの小規模な配達」の仕事だ。
どちらも出社の必要が無く、
持病持ちでよそに預けられない長女を
家で世話しながらできる仕事だ。
両方合わせても、収入的には、ものすごく少ないが、
今までのようにただただ支出するのみで
貯金を切り崩すばかりの生活からは脱出できる。
もう、お金だけの問題では無いのだ。
裁縫や折り紙、工作など、
手先を常に動かしていないと気が変になってしまう私の性質は、
内職にもって来いだ。
暇をもてあましてイライラしているよりも、
たいした金にならなくても、
頭が真っ白になれる単純作業のエクスタシーに浸る幸せを味わい、
さらにちょっとお金をくれるというのだから、すばらしい。
しかも、「内職」なんて、ものすごく「昭和」っぽくていい。
先日面接に行ったら、いきなり採用になり、
さっそく贈答用の高級菓子を入れる高級箱を組み立てる練習をさせてもらった。
習っているさなかに、もう嬉しくて仕方なくなり、
「楽しいです! こういうの大好きです!」
と言うと、
「では、まず100箱からお願いします。出来上がったら電話ください。受け取りに伺います」
と、とても丁寧で親切だ。
その内職屋さんは、
30代の若夫婦が最近開業したところで、
運送屋を営むおじさんから倉庫を譲り受けて始めた、
家族だけでやっている、小さな小さな零細企業だということだった。
夫婦で一生懸命に仕事をがんばっている様子が実にほほえましく、
思わず応援せずにはいられない気持ちになった。
「がんばりますので、よろしくおねがいします」
と、ニコニコ笑いながら頭を下げると、
「こちらこそお願いします」
と、軍手をはめた若い夫婦がそろって頭を下げた。
丁寧で早い仕事をして、
自分の小遣い銭がどうのこうのではなく、
みんなの幸せのために好きな手仕事をがんばりたい、と心から思った。
明日面接に行く運送会社での仕事は、
「メール便」というシステムで、
運送会社が、主婦やリタイアした元気なおじさんたちと契約し、
近所に小さな郵便物を投函する仕事をあっせんしている、というものだ。
前から、自転車や徒歩で郵便物を配達しているおばちゃんや
「副業でござる」的なおじさんの姿を目にし、
「あの仕事いいな」
と目をつけていたのだが、いよいよ縁あって面接までこぎつけた。
毎日、午前中と夜に内職をし、
午後の数時間、実家に長女を預けて配達の仕事、
というローテーションで、
どちらもボチボチ無理せず続けたいと思う。
どちらにしても、一般の仕事と比べると、
恐ろしく割に合わない、もうからない仕事だが、
「金儲け」だと思うからイヤになるのであって、
好きな手仕事が出来て、
手のかかる幼児からひととき離れ、体力づくりが出来る、
と思えばお金を払ってでもやりたいような気持ちにさえなる。
もちろん、お金は必要だし、欲しいのだが、
やはり、今、私が一番求めていることは、
「派手な消費と必要以上の激務」
ではなく、
「自分の気質と体力にあった気持ちのいい労働」
なのだ。
暇つぶしのような人生や、ノルマに追いまくられるばかりの人生は、
本当につまらないと思う。
死ぬまで嬉々として
「さあさ仕事だ、ガンバラにゃ」
と、言っていたい。
実家の両親は、
「可愛い孫娘を預かれるのが嬉しい」
と言ってくれているし、
「何なら、私ら器用で暇人だから、一緒に内職始めようかしら」
とも言っている。
「顔突き合わせて夫婦喧嘩してばかりいるのも飽きたから、
内職なんて、いいんじゃな〜い?」
なんて、下手したら私よりもノリノリになっている。
もちろん、彼らは、金儲け以外の目的で興味を持っている。
なぜなら、私の両親は、私以上に
「常に手先を動かしていないと死んでしまう体質」だから。
そして、母は、
「じいさん、暇と体力もてあまして、一日中うるさくて仕方ないのよ。
こっちがお金払ってもいいから、配達の仕事させてやってよ」
とも言う。
ああ、実家にも新たな風が吹き始めている。
長男が空けた小さな風穴が、
家族に新鮮な空気をどっさりと運んできたわけだ。
ある夜、
やはり11時近くにバイトから帰ってきた長男が、
「友達の恋愛相談に乗って疲れた」
と言うので、
「人の相談ばかり乗ってないで自分もがんばれよ、おい」
と言うと、
「ああ、もう付き合ってるから」
と、白飯をほおばりながらさらっと言うではないか?!
「えええええええええ〜〜〜〜〜!!!」
台所にいた私と夫は、
手に手を取って悲鳴をあげ、
驚愕し、動揺し、目は泳ぎ、足が震えた。
私は、声の震えに気づかれないように必死になりながら、
「ほんとかよお〜!」
と、何ともいえない恥ずかしさに脂汗を流しながら言った。
すると、当の本人は、
「だってあっちから言ってきたんだもん」
と、しれっと言う。
「お、お、お、お父さんの息子のくせにモテルなんてなあ! あはははははは、ははははは」
と、横にいる夫の背中をバンバンぶったたき、
うろたえまくる自分がいた。
長男が寝た後、私は、夫に問いかけた。
「あんなさらっと言うなんて、きっとアイツ子供なんだよ。子供っぽい付き合いなんだよ。きっとそうだよ、そうそう。好きとか何とかじゃなくて、ノリで? そう、ノリで付き合ってみてるんだよ、うん。友達が中学のとき女の子と付き合っていたから、アイツも興味もったんだろ、そうそう。だって、ホントに好きなら、親に言う? いや、言わない。私だったら、絶対言わないね。そう、言わなかった。本気だったら、親になんて恥ずかしくて言えないもん。そうそう。言えなかったわあ〜。ね、ね、そう思わない?そうだわ。そりゃそうだわ、子供っぽいつきあいなんだわ、そうそう」
夫は、半眼で私を見据え、
薄ら笑いをしている。
(え? 私、今、挙動不審? なにかおかしくなってます?)
動揺してる?
え?
息子に彼女ができて、動転してるってか?!
ついこの間まで「おかあさんおかあさん」と言ってた息子が、
自分の背を追い越して、
ひとりで金を稼ぎだして、
彼女ができて、
それで動揺を隠しきれない、っていう状況ですか、私?
ええええ〜〜〜〜〜?!
翌朝、私は、朝の支度をぐずついている子供たちに、
激しく怒鳴り散らしていた。
つまらないことにいちいち激怒して、
巻き舌で子供相手にチンピラみたいな言葉遣いで
ギャンギャンまくしたてていた。
子供たちは、おどおどし、
みんなで顔を見合わせて、首をかしげていた。
なんだよお?!
なんなんだよお、おいっ!
ん?
イライラしている。
イラついているのか、私は?!
うっそだろ!
息子に彼女ができたら、
「お、やったね! 紹介しろや、ひゅ〜ひゅ〜」
とか言っちゃう、フレンドリーな母ちゃんじゃなかったっけ、私って?!
なに、このイラつき!
何猛烈にイラついてるの、私?!
いや〜〜〜ん!
こんな自分いや!
なにこれ?
なんなの、この感じはぁ?!
こんな私に誰がした?
お前だよ、長男。
お〜〜〜〜〜い!
お〜〜〜〜〜〜い、長男、
どこへ行くのだ〜〜〜〜〜〜〜!!!
急に、
どこへ行っちまうんだ〜〜〜〜〜!
お〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!
(了)
(子だくさん)2008.10.7.あかじそ作