しその草いきれ 「これも、天職?」
 
 
 
 内職にハマリまくって2週間。
 材料を自宅まで持ってきてくれ、
出来上がったら電話すれば、快く取りに来てくれるという、
めずらしく親切なシステムによって、
私は、家に居ながらにして、日に平均1000円ほど稼ぐようになった。
 
 ある夕方、いつものように出来上がりを取りにきた社長(たぶん私より年下)は、
「いやあ、あかじそさんは仕事が早いし、丁寧だし、
器用でまじめで助かってますよ。
 内職の若い奥さんたち、最近、立て続けにやめちゃって、
困ってるんで、ホント、助かります」
と、何やら愚痴っぽい。
 
 「ぼく、みなさんに気持ちよく働いてもらおうと思って、
コミュニケーションを大事にしているんですけど、
それを勘違いして、よく思わないご主人が多くて・・・・・・。
 ぼく、そんな気全然ないっていうのに」
 
 「そりゃあ、やりづらいですよねえ」
 
 「先日、あかじそさんが留守のとき、ご主人が快く運んでくれたんで、
びっくりしちゃって。普通、嫌がりますからねえ」
 
 「ええ? うちは、やきもちとか無いですよ。もうすっかり枯れてますって」
 
 「いえいえ。
『どうせ俺はニョウボに内職させてる甲斐性なしだよ、
お前もそう思って馬鹿にしてんだろ!』
みたいな目で睨んでくるご主人が多いんです」
 
 「ええ〜〜〜! 薄利多売でがんばっているのにねえ」
 
 「そうなんですっ! 参っちゃってもう・・・・・・」
 
 「なんだか、仕事以外のストレスでやんなっちゃいますねえ。
 でも、私は、こういう仕事が大好きで、家族も応援してくれてますから、
安心して、バンバン仕事回してくださいね!」
 
 「はい! ありがとうございますっ!」
 
 
 なぜか、年下の駆け出し社長を慰めている私。
 雇い主なのに・・・・・・。
 
 さて、その内職屋さんの中で、
早くも「期待のエース」というポジションを得たが、
もうひとつの仕事も、一週間遅れで始まったのだった。
 
 
 それは、メール便の配達。
 
 自分の好きな時間(原則、明るい時間帯)に、
自宅付近を自分のできる量だけ配達できる、という自由度。
 
 一通20円で、最初は、30通くらいから始めて、
慣れるにしたがって、どんどん数を増やし、
ベテランになると、200通以上を数時間で配り終えてしまうという。
 
 地図が頭に入るまでは、
そりゃあ、もう、内職より割が悪いかもしれないが、
慣れてしまえば、ちょちょちょいのちょい、で、
時給に換算すれば、1000円以上は軽く稼げる。
 
 しかも、年齢制限もないようだし、
都合のいい日に都合のいい数だけ都合のいい時間帯に出来る。
 
 年をとっても
「お局」などと揶揄させずに、
いつまでもマイペースで働き続けられるし、
むしろ、「大先輩」として尊敬され、慕われる。
 
 先日、慣れぬ配達で、
マンションのポストの前でもたもたしていると、
「あら、こんにちは〜!」
と、声を掛けられた。
 50代半ばくらいのおばちゃんが、
バイクの前後に目いっぱいメール便を積んで、
「あなたに、いろいろ教えてあげて、って、上司に頼まれてるのよ」
と、もう、次から次へと、いろいろ教えてくれた。
 
 バーコードを読み取るコツ、
地区ごとの配達の順番のコツ。
 雨の日の、配達物のビニール掛けの準備や、
大きすぎてポストに入らなかった時の対応。
 わかりづらいポストの位置や
表札が無い家のこと、転居したしたお宅のリストなど、
もうもう、事細かにいろいろ教えてくれた。
 
 彼女と会うまでの数日間、
バーコードリーダーは、全然機能しないし、
方向音痴で地図は読めないし、
わからないことだらけで困り果て、
センターに電話で聞いても、
現場のことはよくわからないらしく、
埒が明かずに、ひとりで悩んでいたので、
大助かりだった。
 
 「わからないことがあったら、何でも電話してちょうだい!」
 
 ものすごいバイタリティだった。
 
 そして、何か電話で聞くたびに、
「がんばってね!」
と、明るくハツラツと声を掛けてくれる。
 
 自分も長年肉体労働でがんばっているので、
雨の日台風の日、極寒の日、ピーカンの日の、
仕事の大変さを知っているのだろう。
 だから、新人が必死にがんばっているのを、
心から応援してくれるのだ。
 
 ヤクルトで働いているときもそうだった。
 
 頑張り屋さんは、頑張り屋さんに対して、とても優しいのだ。
 
 冷暖房の効いた部屋でスマートに働く人々とは、何か違う、
ある種特別な泥臭い連帯感があるのだった。
 
 
 「いろいろわからないことだらけで困っていたんです。
 本当に助かりました!」
 
 私が、心からお礼を言うと、
ベテランの彼女は、大きく何度も何度もうなづき、
 
「慌てなくていいからね、ゆっくり、自分のペースでがんばるのよ!」
 
と、まんまるの大きな笑顔で言った。
 
 
 それから、一週間。
 
 ここは、前に配達した家だ、
ここは、ポストが裏にあるんだっけね、
この封書は、大きな袋に入れてドアノブに掛けるんだった、
この路地は、こっちの道につながっているんだよね、
と、昨日つまづいた経験が、今日の仕事をはかどらせていった。 
 
 
 「慌てなくていいからね、ゆっくり、自分のペースでがんばるのよ!」
 
 先輩のことばが、耳に響く。
 
 それは、まさに人生の訓示。
 
 豪雨の日の配達は、出発前には、覚悟が要るけれど、
終わった後の達成感は、どの日よりも爽やかだった。
 
 まだ半月もしないうちに、
二重あごが消えていた。
 三段腹が二段になった。
 便秘も無いし、気力もあふれている。
 
 体を動かすと、やはり、
思った以上に、心身ともに健康になる。
 
 家でぐずぐず思い悩んでいる暇があったら、
体を動かしていた方が、よっぽどいい。
 
 配達の仕事・・・・・・うん、楽しい!!!
 
 
 午前中、メール便をドライバーさんが自宅に持ってくるまでの間、
朝食の後片付けと掃除洗濯を済ませ、
2歳の子供とテレビを見ながら、内職。
 
 メール便が届いたら、
配達しやすいように、番地ごとに順番に並べ、
順路を組み立てる。
 
 まだ慣れていない私は、この後、パウチした地図に
油性マジックで配達する家に印をつける。
 
 何通あるかを確認し、
順番に並び替えたメール便の束と、
バーコードリーダー、読み取り&発信用の携帯電話と、
必要な伝票類を持って、出発する。
 
 自転車の前かごに荷物を乗せ、
ハンドルに付けた子供椅子に2歳児を乗せて、
まずは、3分ほどの距離にある実家に出向く。
 
 「1時間半くらいで終わるので、お願いします」
と言って娘を預け、
配達を開始する。
 
 昼前から始めて、終わるのは、大体、午後1時前。
 
 はじめ、1時間半かかっていたのだが、
最近は、同じ量が1時間で配れるようになってきた。
 そろそろ量を増やす時期か。
 
 配達完了業務として、
2〜3分で簡単な集計をして、
ドライバーに持ち戻しの分を持ち帰ってもらう旨、
「ワン切り」で知らせる。
 
 「お疲れ様です!」
と、気持ちよく受け渡しをし、仕事終了。
 
 まだ午後2時である。
 
 子供が帰る前に買い物をして、
夕飯を仕込んで、
時間ができたら、内職をする。
 
 その後、子供が次々帰宅し、
ご飯を食べさせ、風呂に入れ、テレビを見ながら、
夜の内職。
 
 ついつい夢中になるから、
今までに様に、口寂しさから夜食を食べたりもしない。
 
 昼間に暇をもてあまし、
必要のない買い物をしてしまうことも無くなった。
 
 
 う〜〜〜ん、
金額としては、大して稼げないけれど、
お金以外のものを、ずいぶんたくさん稼いでいる気がする。
 
 相変わらず、金は無いけれど、
なんだか、ものすごく充実している。
 
 お年頃の子供に付きまとって、
ああだこうだと、しつこく干渉することも減ってきた。
 
 可愛い孫娘に催促されて、
町内を散歩させられる両親も、
知らず知らずのうちに運動不足が解消されているとか、いないとか。
 
 いいわあ〜。
 配達を始めてから、なんか、いいわあ〜。
 
 ああ、配達か。
 これも・・・・・・、天職?
 
 
   (了)
 
 
 (しその草いきれ)2008.10.28.あかじそ作