話の駄菓子屋 「歯車上等」
 
 
 
 配達の仕事をしているのだが、
私の配達しているお宅から一本のクレームの電話が入ったという。
 
 メール便には、一通一通、バーコードが付いていて、
誰が何を配達したかコンピュータ管理されているため、
誰に対するクレームなのかが、はっきりとわかってしまう。
 
 センターとの連絡袋に入っていた一枚の書類には、
クレームを言った人の名前と住所、
該当配達物の伝票番号と、
配達員番号(ここには私の番号が印字されていた)、
クレームの内容と、
「センターの担当責任者は、あらためて謝罪の連絡をするように」、
そして、
「配達員は、二度と同じことを繰り返さぬように」
と、書かれていた。
 
 確かに、このお宅は、
洋風の筒型ポストが設置してある割には、
固くて大きくて厚みのあるごっつい物が届くことが多い。
 たいていは、ふんわり丸めれば無傷で投函できるのだが、
明らかに大きすぎて通便受けに入らないものは、
呼び鈴を押して手渡すようにしていた。
 また、留守の場合は、
センターに持ち帰ることがきまりになっている。
 
 仕事を始めた頃、
筒型の細いポストに入りそうに無いものを、
ことごとくセンターに返していたら、
「ふんわり丸めて投函するか、ドアノブに掛ける専用袋に入れて届けるんだよ」
と、先輩の人にやんわり注意されたことがあった。
 
 今回、クレームの付いたものは、
大きさも厚みも微妙なところで、
ギリギリポストに入りました、という感じで投函したのだった。
 
 投函したときは、
「おっ、入ったよ、ラッキー」
と思っていたが、
その家の人がそれを取り出すのに苦労したらしく、
クレームにつながったらしい。
 
 クレーム内容のところには、
「無理矢理突っ込んで入れてあり・・・・・・」
「前にも同じことを注意したはずだが・・・・・・」
と書かれていて、
かなりご立腹のご様子だった。
 
 そのお宅は、祖父母と若夫婦、
そして、その子供の小学生、という、3世帯が暮らす家のようで、
綺麗にガーデニングの施された玄関先や、
かわいい子供用の自転車を見るたび、
「暖かい家庭だなあ」
などと、親近感を感じていたのだが、
そのお宅からお叱りを受けた、ということに、
私自身、結構、ショックを受けてしまった。
 
 その日は、午後から大雨になるという予報が出ていたため、
配達物が濡れてはいけないと思い、
自腹で購入したビニール袋に入れ、
テープで四隅をピンと留めてから、
濡れないようにポストの奥まできちっと入れたのだが、
受け取った側には、そのことよりも、
「ギュウギュウに入れたこと」の方が気になったらしい。
 
 良かれと思ってしたことが認めれず、
厳しいお叱りを受ける、ということは、
今までの人生の中で何度も経験してきた。
 そして、そのたびに、
ただただへこんで、腐って、
「え〜い、もうやめた、やめた!」
と、やけくそになっていたのに、今回は、
「私の配慮が足りなかったんだな」
「もう一歩、相手の立場に踏み込んで考えられなかったな」
「この経験をちゃんと次に生かそう」
と、非常に前向きな受け止め方ができた。
 
 いやはや、私もだいぶ大人になってきたようだ。
 
 とは言え、
やはり、心の奥の浮かない気持ちは拭いきれず、
気づかぬうちに何度もため息をついていたところに、
センターの責任者の女性(おばさま)から電話がかかってきた。
 
 (あ、叱られる!)
 
 と、びくびくしながら電話に出ると、
「いつもお疲れ様ね〜。年末年始も出てくれてありがとね〜。助かるわ〜」
という、いつも通りの優しい声だった。
 
 「実は、ダメ元で頼むんだけど、
あかじそさん、今の配達エリアの他に、
駅前の忙しい地区も配達してくれないかしら?」
という、お願いの電話だった。
 
 「あ、いいですけど・・・・・・少しづつで・・・・・・」
と答えた後、
「あの、もらった電話で失礼とは思いますけど、
クレームの付いたお宅にお詫びに行ったほうがいいでしょうか?」
と聞くと、
「ああ、いいいい。行かなくてもいいよ。
担当者がちゃんと責任持ってあやまってるはずだから。
 どこの家も大掃除とかで忙しいだろうし、
あかじそさんもたくさん配ってて忙しいんだから、いいよ。
 もし、玄関先で出くわしちゃったら、一言挨拶すればいいのよ」
と、温かく言ってくれた。
 
 「はい。ありがとうございます。次から、ちゃんと気をつけますから」
と言うと、
「うん、がんばってね!」
と、まるで、お母さんが小さい子供に諭すように優しく言うので、
ホロッと来てしまった。
 
 私は、物心付いた頃から、
ほんの些細な失敗でも、
両親に死ぬほどぶん殴られていたクチなので、
優しく許されると、もう、涙がじゅんと湧き出てきてしまう。
 
 少しのミスでも存在を否定されるので、
幼い頃から、いつも必死で間違えないようにしてきたが、
いかんせん、おっちょこちょいなので、
ミスを連発し、
そのたび、「生まれてすみません」状態までへこんでいた。
 
 しかし、だ。
 
 この、「生育環境で構成された心の癖」を打破できる瞬間が、
今、おとずれようとしている。
 
 
 私は、今、世の中において、
「クールな歯車」として働くことを、
快く受け入れようとしている。
 
 
 今、私の中で、急速に興味がわいてきていること------それは、「物流」。
 
 どんなにネット社会とか、IT何たらとか言ったって、
結局、手から手に物を運び、
汗をかいて体を動かし、道を走り、
相手の元へ「物」を動かしているのは、人間だ、ということ。
 
 その、確かな、血肉の通った現実に、
私は、今、ガッツリと感動しているのだった。
 
 バーチャルだ、何だと言ったって、
結局、物流という「ガテン」なシステムは、
昔からちっとも変わりやしない。
 
 人が、物を、手で運ぶのだ。
 雨に濡れ、
風に吹かれ、
夏は、汗をだらだら流し、
冬は、真っ白な息を吐きながら、
差出人の手から、受取人の手にまで、運びきるのだ。
 
 例えば、
常に冷暖房の効いた部屋で過ごし、
贅を尽くした暮らしを営んでいるような大富豪や青年実業家が、
クリックひとつで注文した、
「最先端の何チャラカンチャラ」なども、
実際に動かしているのは、
「物流の職人」たちなのだ。
 
 彼らを、上流階級の人間が、
「下級労働者」だと見下していたとしたら、
それは、大間違いだ。
 
 もし、地球に大災害が起きたとして、
食べ物も飲み物も着る物も手に入らない状態になったら、
その時頼れるのは、誰だろう?
 
 そうだ。
 物流の兄貴、姉御たちじゃないか。
 
 最先端の世の中は、実は、一番脆弱な社会だ。
 電気が切れたら、コンピュータは、ダウンして、
人は人とつながれなくなり、
孤立し、物が手に入らなくなる。
 暖房は切れ、水は止まり、ガスも出ない。
 
 そんな時、一陣の風と共に現れ、
生きるのに必要な物資を
「ほらよ! さあ、みんな受け取るんだ!」
と、颯爽と配るのは、誰だ?
 
 物流だ!
 
 上っ面な人付き合いは、苦手。
 腹を割れない関係は、窮屈。
 誰が勝ち組だ、負け組みだ、
あそこのお宅のだれそれ君は、優秀だ、
どこそこのだれそれさんは、問題児だ、
・・・・・・・・・・・・ああ〜〜〜! 
 そんなん、もう、どうでもいいんだよお!!!!!
 
 裸で勝負しようじゃないか!
 結局、最後は、身ひとつの生き様じゃねえか!
 
 「僕は、企業の歯車として死ぬのはイヤです」ってか?
 
 馬鹿言ってんじゃねえ!!
 
 ああ、ああ、いいともよ。
 歯車上等!!!
 
 ここは、埼玉の一町内。
 そこの配達担当は、この私。
 毎日毎日。この町内で、
汗かきべそかき、労働してる。 
 なんてちっぽけな仕事。
 なんてちっぽけな人生。
 
 ところが、グーグルアースで、どんどんカメラを引いていくと・・・・・・
 
 埼玉は、関東に飲み込まれ、
関東は、日本列島に飲み込まれ、
日本は、世界じゅうの海や陸地に飲み込まれ、
世界は、地球の中に飲み込まれ、
地球は、銀河系に飲み込まれ、
銀河系は、同じような銀河系の群れに飲み込まれ、
そうやって、どんどん視野を広げていくと、
逆に、
この宇宙の中の銀河系の中の地球の中の日本の中の埼玉の中のこの市のこの町の3丁目4丁目を仕切っているのは、
このアチキで〜い!
 
 ・・・・・・という、妙な誇りがわいてくるってもんだ。
 
 さあさあ、歯車上等!
 
 変に卑屈になったりへこんだりしなくて結構。
 誰もがみんな、世界の、宇宙の、歯車じゃないか。
 
 こんなの、あったりまえのことじゃないか。
 
 堂々と胸張って、
今自分の目の前にある仕事に正面から取り組もうじゃないか。
 
 その仕事に、上下は無い。
 そのどれが欠けても困る、大事な大事な歯車のひとつなんだ。
 
 いちいち、小さな失敗や、はみ出しなど気にしない。
 一個一個を大事にこなそう。
 
 間違えたら、次、間違えないように気をつけたり、工夫すりゃあいいんだよ。
 わからなかったら、わかる人に聞けばいんだ。
 人に聞いてもわからなければ、
生き続ければいいんだ。
 生きてさえいりゃあ、そのうち、
忘れた頃に、ピョッ、と答えが出てくることもある。
 
 自意識に縛られて動けなくなっていたかつての自分は、
「ちやほやされることが標準仕様」だった。
 だから、ちやほやされないだけで、
この世を地獄のような世の中に感じていた。
 
 しかし、もっとクールに、
自分を「世の中にとって欠かせない大切な一歯車」と認識すれば、
誰に褒められなくても、
反対に、けちょんけちょんにけなされても、
自分が自分の誇りを守ってくれる。
 
 そう、だから、歯車上等!!!!!
 
 
 
 
        (了)
 
 
    
 
  (話の駄菓子屋)2008.12.30.あかじそ作