「 花粉舞う頃 ホナーラリー 」


 やっと配達の仕事が軌道にのってきた。
 3歳の末っ子を、月水金は、実家に、
土日は、小学生のふたりに預けて、
週5日働くようになった。

 高校生の長男は、授業と部活とバイトでほとんど家に居ないし、
中学生の次男は、部活と「街遊び」で、やはり当てに出来ず、
結局、今一番頼りになるのは、
一番子育てに苦労した小6の三男であった。

 家事も育児も手伝う、
勝手放題の兄たちに説教をする、
弟妹の世話をする、
何も言われなくても自分から宿題を済ませる、
兄弟で唯一、部屋を片付ける、
悪いことずるいことは、一切しない、
母が父を責めている時に父をフォローする、
と、
まあ、
ここにきて、急に頼りになる男に成長してきて、
非常に助かっている。

 反抗がきつく、
手がかかった分だけ、
実のある人間に育ってきていて、何よりである。


 ところで、
その三男が、
とある土曜日、
私の配達中にメールを打ってきて、
こう聞いた。

 【お母さん、○○(長女)が 《ホナーラリー》 をちょうだい、って言ってる。
 《ホナーラリー》って何?】

 配達中、住宅地の真ん中で、
荷物満載の自転車にまたがり、首をかしげる。

 (はて、《ホナーラリー》とは?)

 しばらく考えたが、まったくわからないので、
とりあえず、

 【何だかわからないから、茶箪笥の中のおせんべでも食べてて】

と返信したが、
またすぐメールが来て、

 【《ホナーラリー》じゃなきゃやだ、って言って、ひっくり返って泣いてる】

と、言ってきた。

 【今、忙しいんだよ。帰ったらあげるから、今は、せんべいで我慢しろって言って】


と、返信すると、
それきりメールは来なかった。

 あの強情な娘が、
おとなしく妥協などするわけないことは、わかりきっている。
 きっと、娘は、ギャアギャアぐずって、三男四男を困らせているだろう。
 しかし、ここは、あの男気のある三男を信じて任せよう。
 経験を必ず身につける男だ。

 私は、私の仕事をきちんと終わらせて、
早くあいつらの元へ帰ってやろう。

 ところが、
急に暖かくなり、南からの強風が吹き荒れて、
自転車は倒れまくるし、
せっかく時間をかけて順番に並べたのにバラバラになってしまうし、
もう、仕事は、トラブルの連続だった。

 おまけに、次に配るはずの小さなハガキが、
その前の家に届けた、分厚いカタログに張り付いていて、
そのまま気づかず投函してしまったらしい。
 再びはるばるその家に取りに戻ったが、
ポストに鍵がかかっているし、
家の人は留守で返してもらえないわ、で、
面倒な仕事を増やしてしまった。
 その旨を連絡票に記入し、ポストに投函して、
一回帰るしかない。
 夜にでもまた、その家に行き、ハガキを取り戻して、
正しく配達し直すのだ。

 センターへも、詳しい連絡を入れておかなければならないし、
ああ、なんという一日だ。

 この風!

 強風!

 それに何だか、ものすごく目がかゆい!
 くしゃみがとまらない!

 花粉か。
 もう花粉か?

 ああ、朦朧とする。
 何だ、今日は。

 すごくしんどいぞ
 心身ともに、
ものすごくしんどいぞ!


 へとへとになって家に帰ると、
玄関に入る前から、娘の号泣する声と、
暴れて何かをぶちまけている音が聞こえた。

 「なになに、どうしたのぉ?!」

 急いで家に入ると、
三男が、
「ああ、お母さん! もう、大変なんだよ!」
と、半べそかいて駆け寄ってきた。

 「ねえ、お母さん、《ホナーラリー》って、一体何なんだよぉ?!」

 「えええっ? まだ《ホナーラリー》欲しがってるのぉ?!」

 「丸くて、小さくて、甘くて、
お皿に少しづつ入れて食べるもので、
大きいまん丸と、小さくて長いのがあるんだって!
 何なの? これ?
 このなぞなぞ、難しすぎるんだよお!!!」

 「食べ物? 丸くて小さくて、甘い食べ物? ・・・・・・まったくわからん」

 「おがあじゃ〜〜〜ん!!! ほな〜〜〜らり〜〜〜!!!」

 泣きわめく3歳女児。

 一体何なんだ?!
 《ホナーラリー》って?!

 そんな食べ物、買った覚えないけど!

 それから、延々泣きわめく娘を尻目に、
夕飯の仕込みをし、
先ほどミスした仕事のフォローのために、再び外出し、
(投函した先の奥さんがいい人で、にこやかにハガキを返してくれた)
また帰宅して配膳し、
バイトで外出中の長男以外の子供たちと夕飯を食べ、
皿を洗ったりなど、後片付けをしていたのだが、
その間、
ず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと、
娘は、暴れながら
「ほな〜〜〜〜〜らり〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
と叫んでいた。

 「ねえねえ、
お母さん、ホントにわからないんだよ、
一体、何なんだろう、《ホナーラリー》って。
 お菓子? おかず? ジイかバアバがくれたもの?」

 すると、泣きつかれたボロボロの顔で、
半分ひきつけながら、娘は、言った。

 「おおおお、おとうおとうおとうおとう、
おとうおとうとうおとうさんが、さんがさんが、
かっかっかっかっかっかった、かった、
かった、ほな〜〜〜〜らり〜〜〜〜〜〜!
 うお〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 (お父さんが買った?)
 (《ほな〜らり〜》)
 (ほな〜らり〜・・・・・・ほなあ、らりい? ・・・・・・ほなあ、らりい?)
 (ほな、あらり?)
 (ほなあらり・・・・・・)
 (   !!!   )

 「ひなあられ?!」


 「そう! そうそう! ほな〜らり〜!!!」

 娘の表情が、急に明るく輝いた。
 文化や言語の異なる異国から、
やっと孤独な旅を終えて帰国したような、
歓喜の笑顔をたたえ、私に飛びついてきた。
 
 「そうか! 《ホナーラリー》って、ひなあられだったのかあ!」

 しゃがみこんで、娘と熱い抱擁を交わし、
駆け寄ってきた三男四男も
「ひなあられかあ!」
と、口々に叫び、ひざを打った。


 ああ、春まだ浅く、風の強い日、
親子で輪になり、肩叩き合い、
「よかった、よかった」
と、笑い合う。

 「《ホナ〜ラリ〜》かあ! はっはっはっは! わっかんねえって、そりゃあ!」
 「あ〜〜っはははは! ほんとほんと!」

 部活の後、
ひとりで街に繰り出して、
UFOキャッチャーで散財し、
思いっきり不機嫌な次男が、
あきれて横目で見ている。

 「お母さんたちはいいねえ、楽しそうで」
と、言って、ふてくされている。



     (了)

(子だくさん)2009.2.17.あかじそ作