しその草いきれ 「温泉旅行サイコー」
 
 
 
 温泉旅行なんて、
「じいさんばあさんの老後の楽しみだ」と思っていたが、
家族7人揃って定額給付金124000円を当て込んで、
シャレで「ベタな温泉旅行」にでかけてみたら、
ハマッタ!!!
 
 ど真ん中にハマッタ!
 真芯で捕らえた!
 
 温泉旅行、サイコー!
 
 バブルの時期に、バリ島やサイパンにも行ったし、
ディズニーリゾートのオフィシャルホテルに泊まり、連日遊んだこともあるが、
それらに負けない、
いや、それ以上の素晴らしい経験ができた。
 
 温泉旅行って、ただ風呂に何度も入るだけでしょう?
 部屋でありきたりの食事を食べて、
仲居さんにチップ渡すタイミングに戸惑ったり、
勝手に部屋に入られて、布団敷かれてたりするんでしょう?
 
 ・・・・・・なんていう今までのマイナスイメージが、一掃された。
 
 いい!
 
 温泉いい!
 
 というか、
温泉ホテルが、いい!
  
 子供の頃に親に連れて行ってもらった「温泉旅館」とは何かが違い、
先日行った「老舗巨大温泉ホテル」は、実にちょうどいい!
 
 まず、フロントに行く前に、
玄関先でハッピを着た番頭さんが、
物凄く自然な流れで我々の名前を聞きだし、
すばやく本日チェックインの名簿から発見し、
「あかじそ様、お待ちしておりました」
と一礼し、
スムーズにフロントに誘導して、係員に引継ぎ、
我々が受付をしている間に、気配も残さず退出している。
 
 ううむ!
 すべてにおいて、スムーズ!
 ナイス番頭!
 
 何十年にも及ぶ、何千何万回のお迎え業務。
 一切客に気を使わせることもなく、
知らないうちに宿へ滑り込ませた。
 
 宿に入ったら入ったで、
フロントでは、若いお姉さんが、
栃木なまりの柔らかな口調で、誠実に説明をしてくれ、
説明が終わると、これまたどこからともなく案内係のお姉さんが歩み寄り、
引き継がれたことも気づかないほどに滑らかに引き継がれた。
 
 私が受け付けをしている間、夫と5人の子供たちは、
いつの間にかロビーの柔らかなソファーで休憩するようにすすめられており、
案内係のお姉さんと私が彼らを呼びに行くと、
一息ついたのか、ホッとした表情をしている。
 
 お姉さんは、ニコニコ笑いながら12歳9歳3歳の子供たちを順番に呼んで、
キリンの絵の横に身長計が付いたパネルの前に立たせた。
 
 「はい、じゃあ、僕は150センチね。
次の僕は、130センチ、
一番ちいちゃなお姉ちゃんは、90センチね」
と、言いながら、パネルの裏の棚から、
かわいい動物柄の甚平型浴衣を取り出し、
そして、爽やかに部屋へと案内し始めた。
 
 部屋は、家族全員が余裕で泊まれる大部屋だった。
 
 20畳ほどの空間に、大きな窓。
 窓の外には、山がすぐ前に見え、その手前は深い谷になっている。
 ベランダに出て下を覗き込むと、鬼怒川の激流。
 ふと、ベランダの床の隅に、白いペンキで足跡の絵が描いてあるのを発見し、
その足跡の上に何気なく立ってみると、
目の前に、この部屋から見える一番の絶景があった。

 しゃれたことをするじゃないか・・・・・・
 
 ああ、ここまでですでに、私は、かなり満足だ。
 
 何がいいって、ここのホテルは、控えめだ。
 控えめでありながら、隅々まで気が利いている。
 気が利いているのに、さりげない。
 2歩も3歩も下がって、静かに客をもてなしている。
 
 ああ、和む。
 心からくつろげる。
 
 こんなことって、本当に、
私にとっては、数十年ぶりだ。
 
 常に交感神経バリバリで、寝ても起きても緊張状態、
リラックスってどうやるんでしたっけ、という感じで、
家族を守るために気を張って生きている。
 
 でも、ここには、そんな自律神経のスイッチの壊れた私のような人間でさえも、
一瞬で緩めてしまう力があった。
 
 泊まった部屋のある棟は、建設されて数十年経ったもので、
よく見ると、トイレも部屋風呂も、懐かしい感じのタイル張りで、
和式トイレを洋式に工事した跡がある。
 
 調度品も、懐かしい和家具ばかりで、
冷蔵庫も金庫も急須も湯飲みもポットも、結構な年季もので、
一言で言えば、「昭和そのもの」だ。
 
 映画の「三丁目の夕日」の世界にいるような、
昭和をモチーフにしたテーマパークの中に迷い込んだような、
何とも言えないノスタルジーがある。
 
 かたくなになってしまった心が、みるみるうちにほどけていく。
 
 部屋のお膳の上には、
ホテルの売店で売られているオススメのお茶請けが置かれてある。
 上品な味の、わさび海苔。
 甘酸っぱい、干し梅。
 地元産しいたけの佃煮。
 温泉まんじゅう。

 子供たち5人は、と言うと、
まんじゅうをパクつく者あり、
部屋の隅に2台置かれたベッドでトランポリンをする者あり、
金庫の鍵を開け閉めしている者あり、
冷蔵庫を開けて「ジュース250円だって。たかっ!」と言っている者あり、
ベランダでヤッホーと叫ぶ者あり。
 それぞれが、子供の頃の自分の分身のように見える。

 その光景を見ただけで、
この旅は大成功だと思った。

 帰省ではなく、家族全員で行く初めての旅行。
 上の子が高校生となり、家族と行動を共にしなくなってきた。
 もう、これが最初で最後になるかもしれない。

 ごちゃごちゃした日常の中では、
私は、いつも必死に頑張りすぎて余裕が無く、
子供の喜ぶ顔をゆっくり見ることなどできなかった。

 今、ここで、ようやく落ち着いて、
遠巻きに子供たちのいい表情を見ることができた。
 これが大勢の子供を育てる親にとって、
一番のボーナスではないか。
 
 滑らかな曲線の木の座椅子に深く座り、
案内係のお姉さんに淹れてもらったお茶をすすりながら、
美味しいお茶請けをつまむ。
 
 窓の外には、山。
 かすかに聞こえる川のせせらぎ。
 広い部屋。
 人口密度が、いつもよりぐっと低い。
 
 あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、和む!!!
 こりゃあ、いい!
 
 ほどなく子供たちに急かされて大浴場に行ったのだが、
春休み最終日に行ったせいか、
大浴場も露天風呂も更衣所も、
どこもかしこもガラガラで、貸しきり状態だった。
 
 3歳の長女は、私たち以外誰もいない大きな湯船で、
私につかまりながら5往復泳いだ。
 その後、空中に浮かんでいるような山の中の露天風呂でこれまた泳ぎ、
備え付けのシャンプーリンスボディソープで頭と体を洗った。
 
 ホテルの備え付けのものといえば、
昔は、安っぽいものや、水で薄めたものだったが、
いまや、商品の宣伝として置かれてあることが多いため、
結構な高級品だったりする。
 
 家では特売のものしか使っていないが、
ここにきたら、高級シャンプー高級リンス高級ボディソープは使い放題、
風呂から上がって更衣所に行けば、
高級化粧水に、高級ローション、
そして、最近話題の、
化粧水、乳液、美容液から、日焼け止め下地クリームまで、
何から何まで入ったファンデーション「BBクリーム」まで置いてある。
 
 だから、部屋から化粧品を持ってこなくても大丈夫だ。
 消毒済みのヘアブラシも、綿棒も、コットンも、ティッシュも、
個別包装のかみそりも、ドライヤーも、備え付け。
 
 もちろん、歯ブラシもたっぷり置いてある。
 
 私がいろいろ考える前に、
いろいろ不便を感じる前に、
ここには、もう、必要なものが揃っている。
 
 ああ、考えなくてもいいというのは、何て楽なんだ!
 困らなくて済むというのは、何て気持ちの良いことなんだ!
 
 というか、反対に、
いつもは、何から何まで、
いちいち深く考えすぎていたのかもしれない。
 
 「考え込まない」「頑張り過ぎない」ということが、
こんなにも気持ちのいいものならば、
もっと普段から肩の力を抜いて、楽な気持ちで生きようじゃないか。
 
 
 風呂から出ると、男風呂との待ち合わせ用に使うのか、
ゆったりとソファーが並ぶ休憩所があり、
自由に冷たい水や麦茶の飲める機械とコップが置いてある。
 
 部屋の金庫に財布を入れてきてしまったから、
自販機でジュースのひとつも買えないか、と思っていたが、
美味しくて冷えた水を、自由にいくらでも飲めてよかった。
 
 ああ、すべてにおいて、ここでは、ストレスが生じない。
 
 部屋がきれいなこと、
お客の身になって必要なところに必要なものを用意していること、
すれ違う従業員が、控えめに会釈すること、
すべてが、ひとつひとつの地味な作業の中から生み出される心地よさだ。
 
 いつも、「宿代って高いな」と思っていたが、
いや、これは、私のような日常コチコチに頑張りすぎてしまっている者にとっては、
必要なサービス料として、相応な額だ。
 目に見えぬ心遣いの数々は、
普段人に怒鳴られ、雨に打たれ、ミスをとがめられ、
子供と格闘し、保護者間での揉め事に神経をすり減らし、
疲れ果て、使い捨てにされそうなわが身を、
両手ですくい上げ、包み込み、大事にしてくれる。
 大切な存在として、丁寧に扱ってくれる。
 
 
 ああ〜〜〜〜〜〜、ほどける!
 日常のガンジガラメのイガイガやギザギザやギシギシが、
溶けてほどけて消えてゆく。
 
 脱力していく。
 
 頑張らなくてもいい空間。
 大事にされる安心感。
 
 浴衣とスリッパ履きで、バイキング会場に行き、
好きなものを好きなだけ食べ、
食料の買出しも料理も配膳も後片付けも無しで、
好きなものを好きなだけ食べ、
ふんぞり返って御茶やコーヒーを何倍もおかわりする。
 
 ダメになりそうなほどのダラダラ感。
 
 誰も私を知らない土地で、
いきなりのビップ待遇。
 気を使わないでいい。
 だらけてナンボ。
 
 う〜〜〜ん、癖になりそう!
 
 温泉ホテル、サイコー。
 
 
 家から出てくるときから、ここに来るまで、
いろいろトラブルはあったけれど、
今は、少しだけ忘れていたい。
 
 だから、そのドタバタ道中記は、また今度。
 
 ああ、今だけ、このひとときだけは、
目を閉じて思い出させて欲しい。
 
 温泉サイコー。
 疲れ果てた人間のリセット工場、それが温泉宿。
 
  ああ、また行きたい。
 すぐ行きたい。
 明日にでも行きたい。 
 ゴールデンウイークにも行きたい。
 夏休みにも! 週末ごとに!
  
  心身共に疲れ果てた大人にこそ効く温泉宿。
 子供の頃には、感じることができなかったカタルシス。
 
  
 そんなわけで、温泉旅行、サイコ〜〜〜〜〜!!!
 
       (了)
 
 
 
 (しその草いきれ)2009.4.14.あかじそ作