子だくさん 「はたらく兄ちゃん」
子供の誕生日に、
その子と私のふたりで外食をすることにしているのだが、
先日、次男の15歳の誕生日に出かけた食事は、
実に充実していたと思う。
次男は、前々から、
長男がバイトしている飲食店で誕生日の食事をしたい、
と言っていたのだが、
長男は、自分が働いているところを見られるのが恥ずかしいらしく、
「僕のシフトが入っている時は、絶対にダメ!」
といつも言っていた。
が、先日、夫が珍しく早く帰ってきて、
「下3人を見ているからふたりでメシ行ってくれば」
と言ってくれた。
しかも、次男の塾のない日で絶好のチャンスだったので、
「じゃ、行っちゃおうか」
ということになった。
その日、長男は、ばっちりバイト中だったが、
なるべく見つからないように静かにしていよう、ということで、
話は、まとまった。
普段、どこへ行くにもついて来る3歳の長女が、
四男と夢中で遊んでいるのをいいことに、
次男と私は、そっと玄関を出ることに成功した。
長女がいると、バタバタして目立ちまくり、
長男に見つかってしまうだろう。
「アンタのシフトの日には行かないから安心して」
と約束していただけに、
何が何でも長女は置いて出かけたいところだ。
が、居間の横の自転車置き場で
ガチャガチャ自転車を出している音を聞かれたらしく、
もうちょっとで門を出る、というところで、
「ガラガラガラ」
と、ガラス戸が思いっきり開いた。
「おかあしゃん、どこ行くの!」
かくして、すったもんだの挙げ句に、
仕方なく長女も連れて行くことになってしまった。
「兄ちゃん恥ずかしがるから、声掛けちゃだめだよ。静かにね」
と、散々言い聞かせたのだが、
あまりに何度も言ったせいか、しまいには、
「もう! わかってるよぅ! しつこいなあ! おかあしゃんはぁ!」
と、叱られてしまった。
さて、いよいよ長男の働く店に到着し、
のれんを前にしたのだが、
思わず次男と私は、立ちすくんでいた。
「やっぱ、ぼく怒られるよねえ〜」
「まあ、怒るだろうねえ。約束破るんだからねえ」
「やっぱり違う店にしようかなあ」
「でも、ずっとここに来たかったんでしょう? じゃあ、入ろうよ」
「う、うん・・・・・・」
「家に帰ったら殴られそう」
「ドテッパラに一発食らうだろうね」
「食らうね」
「でも・・・・・・行こうか」
「う、うん・・・・・・おわ〜〜〜、怖い〜〜〜」
「ほら、行くよ!」
店に入ると、複数の男性従業員たちの
「へいらっしゃ〜い」
「らっしゃ〜い」
「らっしゃいやせ〜」
という大きな声に迎えられた。
簡易和装の若いお兄さんが大勢いる中で、
そのうちのひとりが席に案内してくれて、
無事、座敷の席に着いたのだが、
その場所が、思いっきり厨房と客席をつなぐ通路のまん前で、
従業員がひっきりなしに出たり入ったりしているのが丸見えなのだった。
と、いうことは、
従業員たちからもこの席は丸見えで、
長男に見つかるのも時間の問題だということだ。
私と次男は、メニューに顔をうずめ、
「何にする」「ちょっと待って」と、
ひそひそとしゃべり、返って怪しくて目立っていたかもしれない。
「ねえねえ、兄ちゃんどこ〜?!」
と、大きな声で聞く長女に、
「シーッ」
と、声をひそめて制すると、
「あ! しょっかしょっか」
と、肩をすぼめ、
長女は、座布団の上にちょこんと正座した。
「・・・・・・決まった?」
「・・・・・・まだ」
「・・・・・・早くぅ! 今なら近くにいる人に注文できるから」
「・・・・・・でも、種類がいっぱいあって選べないよお」
「・・・・・・いいから早く〜!」
3人で肩を寄せ合って小声で話し、
コチコチになっている光景は、
さぞかし異様なものだっただろう。
「お母さん、何か、ごめん」
次男が言った。
「何言ってんの。せっかく来たんだから、楽しもう」
「うん」
アレルギーの長女にも食べられるメニューがいくつかあり、
好物の餃子とライスをとってやった。
次男も私も、無事長男にばれることなく注文できた。
注文の品が来るまでの間、
3人でずっとメニューに顔をうずめていたのだが、
「らっしゃ〜い!」
「へい、らっしゃ〜い!」
「かしこまりました〜!」
と言う元気な長男の声がずっと聞こえている。
その明るくすがすがしく、元気一杯の声は、
いつも家で弟たちに威張って怒鳴っている人のものとは思えないものだった。
また、学校でいつもおとなしく、
自身なさげに小声でなよなよしていた声ともまるで違う。
店の和装のユニフォームに身を包み、
実によく動き回って働いている。
嗚呼、長男は社会の一員として、
しっかりと労働しているではないか!
「兄ちゃん、働いてる・・・・・・すごい・・・・・・大人みたい」
次男は、唖然としていた。
「はたらいてえらいね。おにいちゃん」
長女も、長男の立ち働く姿をメニューのスキマから覗き見て言った。
そこへ、長男がすたすた、とやってきて、
「お待たせしました、餃子ひとつお持ち・・・・・・あっ!」
と言った。
(なんで来るんだよ〜〜〜)
そう小声で言って、次男を睨んだ。
(ごめんよ〜)
次男も小声になった。
(他人の振りして静かにしてるから、気にしないで)
私が言うと、
(気にするって。恥ずかしいなあ、もう)
と言いながらも、
「こちら餃子のタレでございます」
と営業用の声で説明し、
(早く帰ってよ、も〜)
と、いつもの声で言って、厨房に入っていった。
その長男の後ろ姿に向かって、長女が、
「おにいちゃん、エライね!」
と叫んだ。
(シッ! 静かに!)
次男と私が同時に口の前に人差し指を立てた。
それから、どんどん料理が運ばれてきたが、
そのたび、長男は、
(早く帰ってってば〜)
と、小声で言っていった。
隣の女子高生ふたり組のテーブルに配膳するとき、
「名前なんていうんですか〜」
と、逆ナンされていたり、
つまづいてクスクス笑われたりしているのを
見て見ぬふりしていたのだが、
これ以上長男の「家族に見せない顔」を覗き見してはいけないような気がして、
さっさと食べて、店を出てきてしまった。
帰り道、次男がポツンと言った。
「同じ部活の女子に、
『あの店でお兄ちゃんバイトしてるの見たよ』
って言われたよ。
お客さんに思いきりお水ぶちまけちゃってさ、
物凄く大慌てして、へこへこあやまりまくってたって。
クラスの友達は、
兄ちゃんが畳につまづいて、
熱い料理かぶってやけどしてるの見たって。
ぼく・・・・・・何だか、聞いちゃいけないこと聞いちゃった気がしたよ」
「そうなんだ・・・・・・」
次男も、私と同じことを感じていたらしい。
私は、次男に言った。
「失敗して失敗して、
怒られて、叱られて、
それでもまた、
何度も何度も繰り返して・・・・・・。
そうやってアイツは、
仕事と仕事の心得を勉強してる真っ最中なんだよ。
一見、カッコ悪いように見えるかもしれないけど、
ちゃんと大人になるために、
一歩一歩まっすぐに階段を昇っているんだ。
・・・・・・お母さんは、アイツを、心強く思うよ。
我が家の長男坊は、
しっかり兄弟の先頭をきって走っているように見える」
「ぼくも、そう思う」
次男は、そう言い、
その後しばらくは、長男相手に喧嘩をしていない。
【追記】
今日、私は、配達の仕事中、
有名予備校に向かう3人の男子高校生を見た。
制服のズボンをパンツが見えるほどずりおろしてはき、
他の通行人の邪魔になっているのにも気づかずに、
狭い道いっぱいに広がってダラダラ歩き、
中年の男性に注意されて、悪態をついていた。
何不自由なく学校へ行き、
何不自由なく高額な月謝の予備校へ通い、
勉強してやる、大学へ行ってやる、と言い、
そして、親や社会への不満を唱える。
君らのトウチャンカアチャンが、
毎日汗水たらして働いているから、
そうやって踏ん反り返って、
予備校への道を、パンツ出して歩けるんだってことも、
お金がどこからともなく、どんどん湧いて出るものではないということも、何も、
・・・・・・知らないのだ。
知らないだけなのだ。
誰も悪くない。
にいちゃんたちよ。
働け〜!
いいから、ちょっと働いてみ!
そして、「それ」を知ったら、
ズボン下げるよりも、もっと、
カッコイイ男になれるんだから。
「知ってる」男に。
(了)
(子だくさん)2009.5.26.あかじそ作