子だくさん 「悪夢」
 
 
 次男が、クラスの友人に、
「お前の弟、最近悪くなってるらしいな」
と言われ、私にそれを報告してきた。
 
 「まさか! また?!」 
 私は、また、あの悪夢がよみがえってきた。
 
 
 三男が、小5の時に同じクラスで、
三男たち数人にいじめられた、と訴えた女子がいた。
 詳しく聞くと、その女子が授業中も読書の時間なども、
ずっとノートに落書きをしているのを見た男子数人がそれをとがめ、
その女子が「もう死にたい」と言ったとき、
三男と一緒にいた男子のひとりが「じゃ死ねば」と言ったことが、
ことの始まりだった。
 それがなぜか、
うちの三男が『死ね』と言った、と、その女子が言い出し、
それは違う、と、後から否定しても、ことすでに遅く、
その女子の母親は、たくさんのお母さん友達に
「あいつ(三男)がうちの娘に死ねと言った」
「あいつたちがうちの娘をいじめている」
と言いふらし、学校にも詰め寄った。
 
 その対応として、その男子全員の母子が集められ、
みんなでその子にあやまる、ということがあった。
 
 それから連日、
三男はじめ、その対象男子が順番に
風紀係の教師にひとりひとり呼ばれ、
取り調べのようなことをされた。
 口裏合わせをしないように、
その取り調べの内容をお互いに絶対しゃべるなよ、
と教師に言われたらしいが、
子供たちにそんなことが守れるわけもなく、
「お前何聞かれた?」「こんなこと言われた」
と互いに話してしまい、
それを知った教師が
「おまえら口裏合わせしてごまかしてるな!」
と怒り狂い、
おまけに、「死ね」と言ったと指摘された三男に
「お前が言ったんじゃなければ誰が言った?」
と連日個室で詰め寄り、
友達をかばって三男が口をつぐんでいると、
「事実を言わなければ、お前が言ったことになるんだぞ!」
と怒鳴られても、三男が口を割らなかったので、
その教師に「やはりあいつが一番のワルだ」とレッテルを貼られてしまった。
 
 結局、私が相手の母親に何度も電話をして謝り、
詳しい事情を話して、わかってもらえたが、
言いふらした情報が回収されるわけはなく、
世間的には、うちの三男が主犯のようなうわさが広まってしまった。
 
 それからしばらく、
全然関係ない方面のお母さんから、
「お宅の三男、いじめっこで大変らしいね」
と、ニヤニヤしなががらからかわれたりして、
もう、散々だった。
 
 まあ、「死ね」と言ったのはうちの子ではなかったものの、
その女子が三男にいじめられたと感じた、ということは、
三男も何かその女子に冷たくあたったのだろうし、
普段クラスではしゃぎすぎて「うるさいヤツ」として目立っていたので、
その仲間の一人が何かやれば、
つるんでいる仲間全員が「共犯」とみなされてしまうのも
仕方ないのかもしれない。
 
 その時は、相手の女子にもお母さんにも十分説明し、
謝ったおかげで、何とか収まったのだが、
その子をまた、今年になって、
うちの三男はじめ数人がいじめた、ということだった。
 
 
 学校ぐるみであんなに大騒ぎになって、
親子で散々悩んだこともあって、
もう、こんなことはないだろうと思っていたが、
まさか、また!
 
 急いで三男に聞くと、
またその子が読書の時間に読書をしないでノートに何かを書いているので、
三男が「それやめろよ!」と注意し、
間髪入れす、三男と同じ野球部のひとりが
「やめろよアトピー!」
と言ったのだという。
 
 三男が「バカ! そういうこと言うなよ」
とすぐフォローすればよかったものの、
黙ってしまったものだから
また今度も三男がその子に「アトピー」と言ったことになってしまった。
 
 今度もそのように母親の口から吹聴されまくったらしく、
各方面から
「お宅の三男悪いらしいね」
という声が聞こえてきた。
 
 その後、
「給食のときにその女子の机が遠くにはなされていた」
「きっとあいつ(三男)のしわざだろう」
などというデタラメが広められ、
今度は、今まで親しくしていたお母さん友達の多くが、
街で出会っても、私に「フン!」とやるようになってしまった。
 
 また相手のお母さんにすぐ電話をして
三男が娘さんをきつく注意したことをわび、
でも「アトピー」と言ったのは別の子だった、と言ったのだが、
今度は、相手の母親も聞く耳を持たず、
「でもうちの子がお宅の子が言ったって言ってるから」
と言い、私が何度も謝っても
低い声で「……はあ! ……はあ!」という怒った声で相槌を打つだけで、
聞き入れてはくれなかった。
 
 確かに、三男は、
バカ騒ぎしたり、授業中にふざけて先生によく注意される。
 男子とも女子とも小さな喧嘩をよくする。
 
 でも、個人的に誰かひとりをいじめたり、
陰湿に机を離したりするようなタイプではないと思う。
 
 今は、野球のことしか頭になく、
授業も、クラスで過ごす時間も、休憩時間としか感じていない節がある。
 これは、これで、十分反省すべきことなので、
三男にきつく注意しているのだが、
だからと言って、やってもいない罪をなすりつけられてもいい、
ということにはならない。
 
 「普段の行動が悪いから、そう言われちゃうんだぞ」
と言い聞かせても、
「はいはい」
と軽く流すだけで、
本人は、「やってないことは、反省しようがない」といった風なのだ。
 
 もう、このことがあってから、
ただでさえ「気にしい」の私は、
今まで十数年、ほぼ皆勤賞だった懇談会も、
時間ぎりぎりまで悩みに悩んだ挙げ句、
欠席してしまった。
 
 もう、人に会うのが怖くなってしまった。
 
 「沈黙は金」とは言うけれど、
あることないこと言いふらされて、
気づくと親子で極悪扱いされている事実に、
頭を抱えて震えているしかないとは。
 果たしてこれが「金」なのか?

 
 
 担任の先生は、新任の体育の先生で、
そういった込み入った問題の処理の仕方がわからないらしく、
ただただひとりで悩み、
日に日に元気がなくなってきてしまっているらしいし、
問題は、いまだ解決に向かっていない。
 
 連日、気の小さい私は、悪夢にうなされ、寝不足が続いている。
 精神的な疲れが取れず、
毎日、泥のように落ち込んだり、
狂いそうなくらいイライラしたり、
自分の精神をもてあますことが多くなった。
 
 それでも、何とか気持ちを切り替えようと、
いろいろ気分転換を試してみたが、
昨日、新聞で
「子供のいじめ自殺問題 学校の隠ぺい体質を問う」
という記事を読んで、
急に不安になってしまった。
 
 これで、相手の女子が自殺でもしようものなら、
完全に三男は殺人犯扱いされ、
ここに住み続けることができなくなるだろう。
 
 へたしたら、怒り狂った相手の親御さんに
「同じ思いをさせてやる!」
と、うちの子が殺されてしまうことだって考えられる。
 
 それを考えたら、
もう、居てもたってもいられなくなり、
どんなに冷たくされようと、
もう一回相手のお母さんに電話をして、事情を話し、
「今後、うちの三男がお子さんを傷つけるようなことをしないように
注意しつづけるから」
と約束し、
「また何かあったら、すぐに対処するので、連絡をください」
とお願いしてみよう、と思った。
 
 三男本人は、「いじめられた」と指摘されてすぐに、
その女子に直接謝り、
「別にもう気にしてないよ」
と言われたものの、
本人より親御さんが気にし続けているので、
収拾がつかないのだ。
 
 ここで私が相手の親と娘さんに
一生懸命コミュニケーションをとって、
何とか誤解を解いていこうと思うのだが、
果たしてこんなことが、自分が子供のころにあっただろうか?
 
 子供の世界に、
こんなにも大人がぐいぐい介入して、
果たして子供たちのためになるのだろうか?
 
 問題処理能力の鍛えられるこの時期に、
大人が手を回して穏便に済ませていくことは、
子供の育ちを邪魔していることにならないだろうか?
 
 散々悩んで、
そして、三男と同じクラスの知り合いのお母さんに電話をしてみた。
 
 「三男がいつもクラスで騒いで、迷惑をかけてすみません」
と言うと、
「うちも人のこと言えないのよ! でも、子供の成長をみんなで協力して見守っていきましょう」
という、前向きで、力強い言葉を掛けてもらった。
 
 少し元気がでた。
 
 みんながみんな、
うわさや悪口が好きな大人ばかりじゃないんだ。
 
 みんながみんな、
自分の子だけをVIP扱いして大騒ぎする人ばかりじゃないんだ。
 
 私も、
謝るところは謝り、
子供にしっかりしつけをしていきながら、
それでも、決して卑屈にならず、
堂々と子育てしていこうじゃないか。
 
 三男は、実際いじめに積極的に参加してるわけではないけれど、
いじめの現場の真っただ中で、知らん顔をして、
いじめられた子をフォローしないのは、
いじめているのと同罪なのだ。
 
 このことをきちんと受け止め、
悪いことといいことを、根気強く教え続けよう。
 
 私自身は毎日、清廉潔白を目指し、
きちんきちんとバカ正直に生きているというのに、
子供の起こしたトラブルで、人に頭を下げるのは、
かなり気が滅入ることだけれども、
これが、親としての責任なのだから、
きちんとやっていこう。
 
 産みっぱなしじゃだめだ。
 
 子供が間違ったことをしたら、
身を呈して正していくこと、
善良な市民に対して、迷惑をかけない人間に育てることが、
親の仕事だし、醍醐味なのだ。
 
 そして、子供がまっとうな人間になる道筋ができたら、
音も無く子供たちの前から身を引き、
何事も無かったかのように知らん顔していよう。
 
 これが、親の美学なのだ。
 「義務」というと、嫌になってしまうけれど、
これが、親稼業のかっこいいところだと思って、
頑張っていこう!
 
 こんなことで、へこまないぞ!
 「どんなことでも楽しむ」ということが、
私の人生のモットーなんだから!
 
 
 
      (了)
 
 
  (子だくさん)2009.7.28.あかじそ作