しその草いきれ 「寝台車で行こう!」
 
 
 毎年、夫の故郷への帰省は、
新幹線と特急を乗り継いで行っていたが、
その行き方もいい加減飽きてきた。
 しかも、盆や正月の帰省ラッシュ時に、
小さい子供を含む一家7人で、
ターミナル駅における一秒を争う猛ダッシュでの乗り継ぎは、
心身ともに相当疲れ果てる。
 何とか、もっと余裕を持って移動できる手段はないだろうか、
と考え、今年は、思い切って寝台車で行くことにした。
 
 列車の予約がとれるのは、一か月前からなので、
帰省の日の一か月前の朝イチに予約するように
旅行会社にお願いしておいた。
 そのおかげで、帰省シーズンにもかかわらず、
非常にいい席が取れた。
 
 「いい席」……正確に言えば、「いい寝台」だが、
4人の息子たちは、向かい合わせの2段ベッド上下で、
プライベートで一部屋とれたような状態だ。
 我々が予約したのは、B寝台で、
2段ベッドが2台、向かい合わせになった状態で
ひとつのボックスになっている。
 ベッドひとつひとつにカーテンが付いていて、
荷物を置くスペースも充分ある。
 4人でそのボックスを独占した日にゃあ、
ちょっとした移動ホテルの一室、という雰囲気がある。
 
 夫は、その隣のボックスの2段ベッドの上段で、
息子たちのそばに寝ることになった。
 
 さて、私と長女は、
一応、レディだし……知らないおじさんとかと間近で寝るのも怖い、
ということで、「B寝台ソロ」という個室を取ってみた。
 「個室」といっても、
特別料金は発生せず、同じ料金で予約が取れる。
 しかも、ドアには鍵がかかり、
乗車するとすぐに車掌さんからカードキーを渡される。
 
 その際、私は、話の種に、シャワーのカードを買った。
 この寝台車には、何とシャワーが付いていて、
6分間310円でシャワーが浴びられるのだ。
 
 今回は、このシャワーカードが2枚しか残っていないということで、
私と3歳の長女のペアと、次男がシャワーを浴びることになった。
 
 乗車したのが夜中の11時半頃で、
普段なら、子供全員熟睡中の時間帯なのだが、
初めての寝台車体験で、
みな、興奮してなかなか眠れないようだった。
 
 各自ベッドに備え付けてある浴衣を着て、
「動くホテルだ〜!」
と大喜びだった。
 イヤホンで映画のDVDを観たり、
寝転がって漫画や本を読んだり、
車窓に流れる夜景を見ながら、
個室感覚を楽しんでいた。
 
 次男などは、石鹸もシャンプーも持たずにシャワー室に飛び込み、
6分間、ただただ、滝に打たれる修行のような入浴をしてきた。
 
 自分の寝台に戻る浴衣姿の次男とすれ違ったのだが、
夜中の電車の廊下を、浴衣とスリッパでまったり歩く、
という画を初めて見て、
「変なの〜〜〜!」
と思った。
 
 同時に、
「こんな、だらだらしながら一晩過ごして、目が覚めたらもう、帰省先か!」
と、感嘆した。
 
 今まで、なぜこの方法で帰らなかったのだろう!
 
 「子供が小さく、騒いで夜中に人に迷惑をかけるから」
とか、
「知らない人と一緒に隣り合わせで寝るのが怖いから」
とか、
「乳幼児ばかりで、夜に移動は無理だから」
とか、
今までは、そういう理由で、新幹線の指定席で移動してきた。
 
 しかし、今や、我が家の構成員は、
夫婦二人と、小学校の高学年と中高生、
そして、3歳という幼児でありながら、
おばちゃん並に大人っぽい長女である。
 
 夜行列車だと背もたれが直角の座席だが、
寝台車なら、夜行列車と変わらない値段でベッド付きだ。
 
 もう、乗らない手はない。
 
 子供たちは、
「寝台車最高! これからは、ずっと寝台で行こうよ!」
と主張している。
 
 私も同感だ。
 
 個室なら、更に快適で、
着替えもゆっくりできるし、
化粧や食事も、
専用テーブルで車窓の景色を見ながら落ち着いてできる。
 深夜の誰もいない駅を、
趣深く眺めることも、できるのだ。
 
 車両ごとにトイレや洗面所も豊富にあり、
冷たい飲料水も出る。
 
 一晩過ごすのに、何も不便を感じなかった。
 
 
 やがて朝が来て、
次の目的地を告げる車内放送が流れた。
 
 夜、東京で電車に乗って、
浴衣を着てベッドで寝て、
起きたら田舎に着いている。
 
 何だ、この、「どこでもドア」感覚は?!
 
 寝台車、サイコー!
 
 
 
 ところで、
深夜11時半まで、幼児を含む子供たちと、
どうやって過ごしていたか、と言うと……
 
 台場にそびえ立つ、実物大ガンダムを見ていた。
 
 いつも、都心に遊びに行くと、
郊外の我が家に帰るために、
早めに帰路につかなければならないのだが、
今回は、終電を気にせず、ゆっくり夜まで遊べた。
 
 ギラギラ光る海の照り返しを浴びる昼のガンダム、
夕陽を浴びるガンダム、
そして、
ライトアップされ、夜の公園にすっくとたたずむガンダムを、
全部見た。
 
 別に、私も夫も、
特別ガンダムファンというわけではないものの、
世代的には、ど真ん中で、
ガンダムの足もとにわんさか集まっている人たちは、
ほとんどが私たちと同世代だった。
 
 定時になると、
BGMとともにミストを噴き出し、首が動くのだが、
少し動くだけで、
「ガンダムど真ん中世代」の、たくさんの中年男女が
「おおぅ!」
と、オタケビをあげたり、熱いため息をついたりする。
 
 BGMも徐々に盛り上がり、
最後にガンダムが今にも飛び立たんばかりに
大きく上を向いた時には、
「おおおおおおっ!」
と、ひときわ大きな歓声が上がるのだった。
 
 ガンダム世代ではないうちの子たちは、
大人たちが皆、熱いため息を漏らしているのを
不思議そうに見ていたが、
何せ、18メートルもある巨大ロボットが事実、
そこにすっくと立っているのだから、
「でかい!」
と、単純に感動していた。
 
 四男が、帰りの駅に向かう道すがら、
「近くに変な人がいたよ」
というので、
「どんな人?」
と聞くと、
「『関節見たか!』とか『左肩の付け根!』とか、必死に叫んでたよ」
と言う。
 
 三男が言うには、
カメラのファインダーから、
ガンダムの関節の一部がドアップで映っているのが見えた、
という。
 
 ううむ、マニア!
 
 「子供のころから、ガンダムのプラモデルを
こだわりながら作り続けてきた人達なんだろう。
俺は、気持ちがわかる」
と、夫は言った。
 
 
 まあ、何にせよ、
いろいろあったが、
全部全部ひっくるめて、
寝台車サイコー! 
 ……である。
 
 
 
  (了)
 
 
 
  (しその草いきれ)2009.8.18.あかじそ作