しその草いきれ 「基礎練第一」
 
 
 ネットで、中国産の激安バリトンホルンを購入し、
25年ぶりに吹き始めたのだが、
いやはや、
やっぱり最高、管楽器。
 
 そもそも、管楽器は、
曲を演奏する以前に、
音を出すまでに一番たくさんの練習を要する。
 音が出るようになったら、
今度は、「いい音」を出す練習。
 
 そして、タンギングが重要だ。
 
 「いいタンギング」で「いい音」が出るようになったら、
そのいい音を長く吹く「ロングトーン」の練習、
続いて、「いい音」を、大きな音や長い音だけでなく、
小さい音でも短い音でも出せるようにする練習。
 
 音階とかは、その後だ。
 
 音に魂を乗せることができるようにならないと、
いくら表面上の技術があっても、
単なる「聴きやすい雑音」でしかない。
 
 反対に、技術が未熟でも、
聞く者の胸を打つ音を出すこともできる。
 
 その音を、
胸を打つ「音楽」にまでレベルアップさせることが、
練習の次の段階だ。
 
 
 四半世紀ぶりに吹いたホルンは、
思ったより鳴ってくれた。
 中学、高校の6年間、
毎日休まず、一生懸命練習してきただけあって、
体が覚えていた。
 
 中学では、トランペットを、
高校では、フレンチホルンを吹いていたが、
ずっと感じていたのは、
「自分の唇にとって、トランペットやホルンのマウスピースは小さすぎる」
ということだった。
 
 高音を出すのが本当にきつかった。
 
 だから、あえてここは、
マウスピースがトロンボーン位大きい
バリトンホルンという楽器を買ってみた。
 
 届いてすぐに開封し、
第一音目を吹いてみて、
いきなり「いい音」が出たのには驚いた。
 
 そこで調子に乗って中学の時に吹いた行進曲を吹いてみたが、
これがまったく、全然ダメ。
 
 吹けることは吹けるが、
慣れぬ大きなマウスピースでの
唇の閉めたり緩めたりが、全然できない。
 
 一音だけを吹くのは、できる。
 
 しかし、その音から次の音へと、
なめらかに移行できなければ、曲にならない。
 
 金管楽器は、自分の唇でマウスピースを鳴らし、
その音を管で増幅させるので、
唇命なのだ。
 
 
 金管楽器を吹けば、
頬や唇を使うので、口周りの筋肉が発達してくるが、
四半世紀、
私は、唇を飲食や会話ぐらいにしか使っていなかったので、
頬の筋力が落ちまくっている。
 両頬が重くなってしまって、
スムーズに唇が動かず、うまく音階を移動できない。
 
 更に歳をとって垂れてしまっているので
どうも学生時代の感覚とは違う。
 
 もう、基礎練習しかない。
 
 すぐに曲を吹きたいという気持ちを抑え、
まずは、唇をマウスピースに合わせることと、
頬の筋肉をつけることが先だ。
 
 ろくに音が出ないまま、強引に曲を吹いてみると、
唇とマウスピースがスムーズに合わさらないため、
必要以上に唾液が出てしまい、
びしょびしょになってマウスピースが滑り、
正確な音が出せない。
 
 近所の人には申し訳ないが、
聞いていて飽きてしまうだろう
「ロングトーン」と「音階練習」をひたすら繰り返すことにした。
 
 ちなみに、日本は、
ブラスバンド出身の学生が多い割に、
辞めてしまう人が多いのは、
「管楽器は音がでかい」というところに理由がある。
 
 ピアノやアコースティックギターのように、
ポロンポロン、と部屋で気軽に弾く、
というようなことができない。
 
 ものすごく大げさな
「ぶわ〜〜〜〜〜ん」という大音響を発してしまうため、
非常に近所迷惑になる。
 日本の住宅事情から、
スタジオや公民館を借りたりしなければならず、
なかなか日常的に練習をすることが難しいのだ。
 だから、ほとんどの人がやめてしまう。
 
 そういうこともあって、
私もブラス大好きでありながら、
ずっと管楽器から離れていたが、
もう、無理だ。
 
 やっぱり離れられない。
 
 そこで、バリトンホルンなのだ。
 
 バリトンホルンは、
ユーフォ二ウムに似ていて、音域も近いが、
管が細くて、音が若干か細い。
 パスパス感は、どうしてもいなめない。
 管の響きが、メジャーな楽器と比べて、もうひとつだ。
 
 本場イギリスのブラスバンドでは、いまだにメジャーではあるが、
日本においては、
「昔、小学校や中学校の器楽クラブにあったあった!」
という、非常に「過去の遺物」的な存在なのだった。
 
 「フレンチホルンは高くて買えないから、これで代用しよう」
ということで、予算の少ない学校で用意されていたが、
いまどきの公立学校は、普通にフレンチホルンを使っている。
 
 値段が安くて、音がパスパスで、重厚感ゼロ。 
 
 でも、高音から低音まで器用に引き受け、
地味な中間部を淡々と、かつ、確かに刻み、
全体をまとめる。
 
 つまり、自分は目立たず、
個性豊かな楽器たちの間に行き来して、
麻ひものような強さで、丈夫に編み上げる、
という仕事を引き受けている楽器なのだ。
 
 私は、トランペットもフレンチホルンも持っているし、吹ける。
 
 しかし、あえて私は、
バリトンホルンに持ちかえることにした。
 
 目立つトランペットは、小心者だから性に合わないし、
技術的に非常に難しく、スマートなフレンチホルンは、堅苦くてつらい。
 
 でも、バリトンホルンは、私らしい。
 
 マイナーで、日本では、もはや絶滅危惧種、
地味でパスパスで、
楽団の中に入ると、聞こえるか聞こえないかの音でありながら、
音と音とをつなぐ、いい仕事をするヤツ。
 
 先頭やセンターで、
ピカピカに光りながらファンファーレを奏でる仲間の足もとで、
ふかふかの音を出し、
よりファンファーレが格好良く聞こえるようにする役。
 
 私には、そういう役割が向いている。
 
 そりゃあ、時々は、
「自分が自分が」となるときもあるだろう。
 
 しかし、そういう時は、
ひとりで吹く。
 
 家族や親しい友人を前に、
ひとりで、お気に入りの曲を吹く。
 
 決して、楽団では任されることのない、
メロディーを。
 
 静かに、「星に願いを」や「オーバー・ザ・レインボー」を。
 
 元気に、「先頭指揮官」や「祝典行進曲」を。
 
 みんなのために働く使命感と、
自分のために歌う充実感、
その両方を、
バリトンホルンで。
 
 誰にも気づかれないけれど、
自分の納得する演奏をするために、
毎日、基礎練習をしよう。
 
 確かな音を出し、
確かなリズムを刻み、 
みんなが「なんとなく気持ちよい」と無意識に感じられる、
そんな環境を整える作業を、
日々、淡々と続けていこう。
 私には、その仕事自体が、気持ちいいのだ。
 
 家族にとっても、
社会にとっても、
私は、バルトンホルンみたいなヤツでいたいと思う。
 
 
 
   (しその草いきれ)2009.9.22.あかじそ作