「 塞翁が馬 」 |
9月24日(木) 臨時出費があるため、 自分の給料の口座から35000円引き出す。 その後、3歳児をあやしながら2か所で買い物。 帰宅後、家計簿をつけてみると、 丸々1万円足りない。 つまり、万券1枚、無くなっている。 どこかで会計する時に、音も無くはらりと落としたか、 慌てて銀行のATMから取り損ねたか。 銀行や、行った店すべてに連絡を取り、 見つかったら連絡をください、と言ったが、 どこも「うちではないでしょう」とのこと。 1万円。 給料1万円分稼ぐには、 1冊20円の重くて厚いカタログを500冊配らなければならない。 1週間分の稼ぎだ。 ぐずる3歳児をあやしながら、必死に荷物を地図通りに並べ、 あのブラウス着る、このスカート嫌、と言う、 幼女のこだわりにジリジリしながらつきあって、 何とかかんとか実家に預け、 やっと稼いだ1万円。 なくすのは、一瞬だった。 このご時世だ。 1万円札が落ちていたら、 みんな警察に届けないで、 「ラッキー」と懐にいれちゃうんだろうなあ。 無理もない。 ひとしきり慌てふためき、 そして落ち込んで、 結局、すっぱりあきらめることにした。 「もういい! また働けばいいじゃないか!」 そう大きな声で勢いをつけ、 気分転換に夕飯を作り始めた。 産地直送のおいしそうなかぼちゃを買ってあったっけ。 まん丸のかぼちゃに、思い切り包丁を当てて、 ぐぐぐぐぐ〜っ、と下に押す。 と! なぜか、右手の親指に激痛が走った。 見ると、かぼちゃの皮が、 親指の指と爪の間にずずずずず〜っ、と入り込んでいるではないか! しかも、深い! ピンセットでつまんで引き抜こうとしたが、 柔らかくて、すぐくずれてしまう。 何度やっても、逆に奥へ奥へと皮が入り込んで行くばかりで、 どんどん血が湧いて出てくるので、 「ええい! こうなったら、もう、手術ですぅぅぅ!!!」 と、叫び、楊子を爪の間に、かぼちゃの皮よりも深く差しこみ、 「ていや〜〜〜!!!」 と叫びながら、ほじくり出した。 皮は、ずるずるずる、っと出てきて、無事取れたが、 出血もまた、ひどかった。 消毒して、ばんそうこうを貼ったが、 その痛みたるや、もう、尋常じゃない。 昔、拷問のひとつに、 「爪の間に竹串を差し込む」というのがあったそうだが、 本当に、それだけダメージが大きいのだ。 爪の間は。 本当に、今日は、踏んだり蹴ったりだ。 泣きっ面に蜂だ。 誰かにこの悔しさを伝えたくて、 実家の母に報告すると、 「そういう日もあるのよ! だっはっは!」 と、いうことであった。 母の一言で、 何だか、救いようの無い気分が救われた気がする。 9月25日(金) 配達の仕事の後、 実家に預けていた3歳の長女を迎えに行くと、 父が、 「久しぶりにあの大型ホームセンター行くか」 と言ってきた。 そこは、少し遠くにある店で、 日曜大工が趣味の私にっとては、 ディズニーリゾート並に心ときめく場所であった。 父と長女と私で、 車で出掛け、途中、道の駅で地元の特産物を買い、 地元のおいしい食材を使った食事をとった。 ホームセンターでは、 かつてから欲しかった 「手回し発電機・ライト&ラジオ&携帯電話充電セット」 が、安くなっていて、 (買おうかな〜) と、悩んでいると、父が 「買ってやる」 と言って、かごに入れてしまった。 結局、その日、 その手回し発電機以外にも、 帰りにスーパーで買った食料品も、 道の駅で買った産直野菜も、 昼の外食も、 全部父のおごりだった。 後で聞いたら、 「お姉ちゃん(私のこと)、1万円無くして落ち込んでるから、 たくさんおごってやんなさいよ」 と、母が父に命令していたそうだ。 ありがとう、両親。 いつもすまないねえ…… 9月27日(日) シルバーウィーク中に大掃除をして、 「家じゅうで10袋以上物を捨てられたら、外食しよう!」 と約束して、見事15袋ほど要らないものを処分できたので、 本日、家族全員で外食することにした。 1万円も落としてしまって、 どうやって外食の費用を出そうかと悩んでいたら、 夫が、 「はい、今月の給料」 と手渡してくれた金額が、いつもより1万円多い。 「へ? 何で?」 と聞くと、 「今月はパソコンの出張修理の仕事がたくさん入ったから」 と言う。 決して、私の無くした万券の補てんだとは言わないのだが、 きっと、そういうことであろう。 夫にしても、両親にしても、 今度の万券紛失事件を、 さりげなくフォローしてくれているのが、 非常にありがたい。 「何食べに行く?」 と子供たちに聞くと、 「デパートの中のレストラン!」 「しゃぶしゃぶ!」 「サイゼリア!」 「居酒屋!」 と、全員違うことを言う。 中でも、次男が、 「絶対に寿司!!!!!」 と言って、聞かない。 三男と四男は、寿司が嫌いだし、 長男は、あぶりサーモンを10貫食べて食中毒を起こして以来、 寿司を一切食べようとしない。 そんなわけで、 みんな一斉に「寿司は無い!」と却下すると、 次男は、ますます意固地になり、 「寿司じゃなきゃ嫌だ!」 「もう口が寿司しか受け付けない!」 などと、騒ぎ立てている。 私は、この土日、野球部の三男の試合で、 早朝4時半とか3時半に起きて弁当を作ったりしていたせいで、 もう、夕方には朦朧としてしまい、 自分で夕飯の支度をしないのであれば何でも良かった。 結局、 次男に寿司を食らわせないとうるさいし、 肉を食う口になっている連中も黙らせるには、 折衷案として「和風ファミレス」しかないだろう、 ということになり、国道沿いにある店に行くことにした。 景気が悪いせいか、 日曜の夜なのに、店は空いていた。 一応、店の入り口の順番の用紙に、 「あかじそ 大人4人 子供3人 禁煙席希望」と記入し、 待っていると、すぐに、 「はい、7名でお待ちのあかじそ様……」 と、私と同世代の店員さんが呼びに来た。 彼女は、「あかじそさん?」と言いながら、私の顔を見て、 「あら! あかじそさん! お久しぶり!」 と言うが、私は、彼女の顔に見覚えがなかった。 「あぁ……、ほんとに……」 と、曖昧に応えながら、さりげなく彼女の名札をチェックした。 (Оさん?) まるで聞いたことのない名前だった。 座敷に案内され、 彼女が厨房に入って行ったのを確認すると、すぐに、 子供たちと顔を寄せ合い、 「Оさんっていう人が同じ学年にいる人!」 と小さい声で聞くと、 長男も三男も四男も、「いない」と言う。 すると、次男が、 「女子に一人いるけど・・・・・・・すげえ真っ黒で活発なヤツが」 と言うので、 「それだ!」 と、みんなで大きくうなづいた。 何年も何年も学校の役員をやり続けているので、 「知り合い」「顔見知り」程度の人が、 何十人もいる。 また、「長」をやった時などは、 私が向こうの顔を覚えていなくても、 向こうはこっちを覚えていたりする。 きっと、ずっと前に一緒に役員をやったのだろう。 きっと私が「長」だった年にでも。 まあ、それはそれとして、 次男が寿司を希望通り食べられた上、 長男は、うなぎを、三男四男はすき焼きを、 夫はとんかつを、長女は低アレルゲンお子様セットを、 私はデザート付きの和食セットを食べ、 それぞれ好きなものをバラバラに堪能できた。 初めてファミレスを便利だと思った。 家族が多いと、好みも多様。 一度に全員が好みのものを一斉に食べられる、 そういう意味で、ファミレスは、ものすごく便利だ。 ああ、今さら納得した。 なぜか、今までずっと、 家族全員が、好みもくそも無く、 一斉に同じものを食べないといけないものだと、 信じ切っていた。 もっと自由になりゃいいんだな。 たまのことだもの。 さあ、全員食べ終わり、 帰ろうと思ってレシートを見て、ぎょっとした。 10480円。 1万円で余裕だと思っていたが、 やはり全員で思いっきり食べれば、そうなっちゃいますか。 1万円札と500円玉を出しながらレジに行くと、 さっきのОさんが、にこにこ笑いながらレジを打ち、 「8500円です」 と言う。 「んん? 8500円?」 私がきょとんとしていると、 「はい、8500円です」 と、にこにこしながら言う。 さては、2割引きクーポンを使ったことにしてくれているのか? 「すみません……たすかりますぅ」 と、言いながら1万円を出しておつりをもらったが、 こんなに良くしてくれる彼女のことを、私が一切覚えていないのが、 申し訳なくて仕方ない。 財布にお釣りをしまっていると、 「女の子、生まれたんですね!」 と、にこにこしながら彼女が言うので、 「あ、え、ええ……もう3歳になったんですよ」 と慌てて返事をした。 (うわ〜! と、いうことは、長女が生まれる前に 私が『女の子欲しい欲しい』と騒いでいた時期の知り合いか! 結構がっつり悩み打ち明けてる関係じゃないか! なぜ忘れてる私?! あっちは、あんなに親しげにしてくるのに、 なぜ、一切覚えていないんだ、私!) 「ありがとうございます、ごちそうさま」 と言って店を出たが、 知らない人に2000円もまけてもらって、 何だか、悪いような気がした。 待てよ。 両親から数千円おごってもらい、 夫から1万円多く給料を受け取り、 知らない人(ごめんなさい!)に2000円まけてもらった。 結局、1万円以上の利益が出ているではないか!!! 「人間万事、塞翁が馬」とは言うが、 マジだね、こりゃあ。 悪いことがありゃあ、いいこともあるってか。 ん? じゃあ、次は、悪いことか? いやいや、悪いことが起きないように、 良き心がけで生きてゆこうではないか。 ああ、良きかな。良きかな。 悪霊退散! (了) |
(話の駄菓子屋)2009.9.28.あかじそ作 |