「 さまようたましい 」

 小さい頃から、いつも上の空だった。
 僕は、生まれたときからずっと、
直径2メートルの透明な球体の中にいて、
誰とも交われないのだ。

 人が僕に触れようとしても、
僕が人に触れようとしても、
決して触れ合うことができない。
 まるで幽霊と人とが、
ぶつからずに通り過ぎてしまうように、
いつも僕は、
するっと人の体をすり抜けてしまう。

 誰かと同じ空間にいても、
決して触れ合えず、交われない。

 体も、そう、心も、
大勢いる人間の誰とも交われないまま、
今まで生きてきたのだ。

 しかし、
そんな体質の僕が生きていく上で、
どうしても必要だったのは、
人と触れ合って生きているふりをすることだった。

 僕を外界から遮断しているこの透明の球体が、
あたかも存在しないかのようなふりをして、
楽しくも嬉しくもないのにニコニコし、
「穏やかないい人」のふりをしている。

 幼いころから、人のぬくもりのなかで
何不自由なく愛情いっぱいに育てられてきたようなふりをして、
屈託なく微笑んでみせる。

 こうしないと、僕は、
人からつまはじきにされ、
変人呼ばわりされて、
仕事も恋人も家も失ってしまうだろう。

 誰もかれもが遠く、
何もかもが遥か向こうの方で行われている。

 演技に疲れ、
時々、球体の中に閉じこもって、
膝を抱えて眠ってみるのだが、
ホッとするのと同じくらいの分量で、
殺人的な淋しさが襲ってくる。

 僕は、おそらく、《病気》なのだろう。
 生まれたときから、ずっと、
元気なふりをしてきたけれど、
病院に行けば、きっと、
すぐに病名がついてしまうのだろう。

 この世に生まれてきたときは、もうすでに、
前世からの絶望的な哀しみを引きずっていて、
生きることに腰がひけていたのだ。

 それでも、時々、
泥沼の底から、
思い出したように大きなあぶくがボコリと浮かび上がってくるように、
急に明るい気分になって、
もう少し生きてゆけるような気分が湧きおこってくるのだ。

 大丈夫、生きなさい、
生きてゆきなさい、
という声が聞こえ、
ハタと気が付いて、顔を上げる。

 たましいは、
今もどこかをさまよい、
僕の知らない場所で探し物をしているようだけど、
僕の体は、常に、
僕のたましいの帰りを待っている。

 僕を包む透明で厚い球体を突き破り、
この肉体に勢いよく戻ってくるのを、待っている。

 いつも上の空ではあるが、
上の空にいる、たましいを待ち焦がれて、
地べたに這いずる肉体が待っている。

 希望だけは、いつも明るい。
 待つのは、慣れてる。



   (了)

(小さなお話)2009.10.6.あかじそ作