「何度言わせるコノヤロー」



 午前6時。
 私は、目覚まし時計がピピッ、と鳴り始めたとたんに猛然と起き上がり、アラームを解除する。
夜中、添い寝しながら授乳していたため、片乳出ているのを静かにしまい、
アカンボを起こさぬようにそっと布団を抜け出す。
「朝だよ」
と、長男の肩をさすって起こす。
 長男は、バネ仕掛けのように瞬時に起き上がって、とっととドアを開け、階下に降りていく。
 次に、次男の布団を少しめくる。
「朝だよ、起き・・・・・・」
 やさしく肩を触ると、巻き舌の小学一年生は、
「うるるるるるるるっせいんだよぅ!」
 と、布団をかぶって悪態をつく。
「時間なんだよ、起きな」
 私は、粘り強く起こす。
が、
「なんで起きなくっちゃいけねえんだよおぅっ!」
と、次男は、小一の精一杯のドスを効かせて言う。
「早く起きないと、間に合わないよ
 もう一度布団をめくると、
「っんだよおっ! コノヤロー!」
と、もう、小さなチンピラだ。
 次男の突っ張った足が、私のアゴにコツン、と当たった。

 「・・・・・・て〜め〜・・・・・・なにしやがんだ、おるるるるるあっ!」

 私は、一瞬にして、母親から、ひとりのロンリー・ソルジャーへと変貌を遂げた。
身も心も、「超人ハルク」だ。

 あたしゃ、上が70、下が30の、超低血圧なんだぞ!
お前達のメシやら何やらの支度のために、無理無理起きてんだっ!
 この緑色の顔色(-_-;)を見ろ、馬鹿野郎!
顔まで血が昇ってねえんだぞ、ふざけんなっ!
 親をヤロー呼ばわりするんなら、自分で自分のことくらいしやがれ、このガキャ!

 ・・・・・・そう叫びたいところを、アカンボを起こしたくないばっかりに、
口の中でぼそぼそつぶやく。
 
 次男を羽交い絞めして無理やり立たせ、脇を抱えて階段を一緒に降りる。

 下では、長男がコタツにもぐってグウグウ寝ている。

「寝るなあ!」

 あっちを起こせばこっちが眠り、こっちを起こせばあっちが眠る。

「着替えろっ!」

 返事もしない!
無視だ。完全無視だ。

「ご飯ができるまでに着替え終わらないと、怒るよっ!」

 二人とも、まったく動かない。
コタツにもぐって、微動だにしない。

「起きなっ!」

 起きない。

「起〜き〜ろ〜っ!!!」

 起きない。

「怒るよっ!!!」

 もう怒ってる。

 「起きろ」×20回×2人で、やっと起き上がる。

「ほらっ、着替えて」

 私は、三男の幼稚園の弁当を作りながら怒鳴る。

「ぼんやり座ってないで、着替えて!」

 私は、フライパンと電子レンジと炊飯器を総動員して、ボケボケの脳で必死
に弁当のおかずを作る。
チラッと子供達を見ると・・・・・・
 漫画雑誌「コロコロコミック」を、ふたりで頬寄せて読んでいる。

「支度が全部終わってから読みなさい〜!」

・・・・・・無視だ。まだ読んでる。

「漫画は後!」

・・・・・・全然無視。

「支度してから読め!」

 「読むな」×15回。

 しぶしぶふたりは着替え始める。

「名札は?」

・・・・・・返事なし。

「名札付けたの?

・・・・・・無視!

「な〜ふ〜だ〜!」

 「名札付けろ」×10回×2人


「ほら、ご飯できたよ

 しら〜ん顔。

「ご飯できたから、食べな!」

 しら〜ん顔。

「メシッ!!!」

 のそのそとテーブルに寄って来る。

 ふたりでテーブルの下に漫画を広げてこそこそ読んでいる。 

「読むなっちゅーの! そして、とっとと食え! もう7時過ぎたぞ!」

 ここで私は、自分の言葉遣いに少し嫌悪感を抱き、思い直して、

「さ、美味しいよ、召し上がれ」

と、ちょっと微笑んでみる。

「まじい」

 次男がすかさず言う。

「何だって? テメー、この野郎! もっかい(もう一回)言ってみろ!」

 また元通りだ。

「やだ」

 次男は、横を向く。


 憎いぞ、この野郎!
頭ぐるんぐるん回ってて、胃はモヤモヤしているし、目は半開きで、
毎朝死に物狂いで朝飯作ってるこっちの身にもなれっつんだ、おらっ!

 7時だ。
幼稚園児の三男を起こしに上に上がる。

「時間だよ、起きて」

 と、三男は、すくっと起きて立ち上がるが、四男もすくっと起きて泣き始める。

「お前さんは、まだ寝てて良し」

 しかし、もう遅い。寝や〜しない。
片手で三男を支え、もう一方で四男を抱いて階段を降りる。

 台所に行くと・・・・・・ 小学生チーム、漫画読んでる! 朝食に手もつけずに!

「だ〜か〜ら〜」

 私は、泣きじゃくる四男に乳をくわえさせながら
「食えっ!」
と、絶叫する。

禁断の「早くしろっ」を37回×3人

子供に「早く」って言っちゃいけません。
・・・・・・と、どの育児書にも書いてあるけど・・・・・・

言うよっ!
私は!
あえて言う!

「早くしろ早くしろ早くしろ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!

 登校班は、もうすでに揃っている。
みんな待ってるっちゅーの!

あっ、まだ二人とも靴下履いてないじゃん!
歯磨きしてないでしょ!
ハンカチとティッシュは、持った?
先生へのお手紙、必ず渡してよ!
あっ、工作の材料、忘れないで!
帰り、車に気をつけるんだよ!
走って帰ってくるな!
今日、歯医者だから、友だちと遊ぶ約束してこないでよ!
喘息出てるんだから、体育見学だよ!
あっ、トレーナー、後ろ前!
それからそれから・・・・・・

 あ〜あ、行っちゃった。

あっ、やばっ!
幼稚園バス、もう来る時間だ!

歯磨きして!
オシッコして!
上着着て!
バッグ背負って!
アンパンマンバッグと体操服持って!
あっ、帽子帽子!
靴、それじゃない!
長靴じゃないの、晴れてるから!
やだ、じゃなくて!
体育あるから、普通の靴だってぱ!
泣くなっ!!
あ〜あ〜あ〜わかったわかった、何でも履いてけ!
あっ、もうバス来ちゃったよ!
はあっはあっはあっ、


「先生すびばせ〜ん! いってらっしゃ〜い (^o^)丿゛」

は〜あ。

・・・・・・つ・・・・・・疲れた・・・・・・

眠い・・・・・・。

 今何時よ・・・・・・8時半・・・・・・

 ゲッ! とーさんまだ寝てるじゃん! 遅刻だよっ!

「とーさん、時間!


反応なし。

「とーさん、8時半!」

無反応。

「とーさん、起きなよ!」

無視。

「起きて」×28回。


もう知らない!


                  (おわり)

                                                        2001.11.16. あかじそ作