「 そのとき自分なら 」

 夫の父が、数年前からがんを患っている。
 手術や抗がん剤の投与で、
入退院を繰り返しながらも元気に暮らしていたが、
いよいよ脳に転移し、
「そうなったらいよいよ覚悟してください」
という段階に入った。
 
 初めは下痢が止まらない状態で、
一年間そのまま病院に行かないで過ごしてしまったらしい。
 家族が心配して、いくら病院に行くことをすすめても、
言うことを聞かずにいたために、
もう我慢できないほどになって医者にいったら、
やはり直腸がんで、即手術、人工肛門になった。
 
 その後、定期的に入院して、抗がん剤を点滴していたのだが、
それがよく効いて、本当に元気に日常生活が過ごせていた。
 自分で車を運転して、
友人と一緒にあちこち旅行に行ったり、
海外にも行ったりしたらしい。
 
 そのうち、肺に転移し、
また手術、定期的な入院、
肝臓に転移、
また手術、定期的な入院、と、
病状はどんどん進んでいるのだが、
もともと病気一つしない健康な体だったせいか、
薬に対して大きな副作用も無く、
普通の70代の人よりもよっぽど元気そうだった。
 
 主治医とよく話し合いもできていて、
自分で病状をよく把握しており、
家族が告知するとかしないとかで悩むなど、
無縁だった。
 
 もともと恐ろしくマイペースな人で、
家庭内別居している位なので、
精神的にも物理的にも経済的にも、
家族に頼ることなく、
自分でサクサク入退院を繰り返して、
淡々と病気と共存しているのだった。
 
 パソコンでいろいろ調べたり、文書を作ったりもしていて、
我々が帰省したときなどは、
夫がいろいろ教えていたが、
あまりに機械が旧式で動きが遅いので新機種購入を勧めると、
「わしの方がもうもたんから、このままでいいわ」
と、さら〜っと言い、
周りが引くほど超然と自分の寿命を冷静に受け止めているのだった。
 
 もしこれがうちの父だったら、もう、
「死ぬ〜〜〜! 俺死ぬ〜〜〜! 怖いよ〜〜〜!」
「お前らなんかに何がわかるんだ〜! ばかやろ〜〜〜!」
と、連日八つ当たりの嵐だろうし、
母だったら、一人で思いつめて、
うつ状態になってしまうだろう。
 
 それに比べて、夫の父は、
本当に周りがほっとするくらいに淡々としていて、
そういう意味では助かっている。
 
 「脳に転移したら覚悟してください」
と言われていた、その時がきても、
淡々と受け止め、
動けなくなるほど急激に容態が悪化しても、
また少し良くなると、一時退院し、
自宅で好きなものを食べて、のんきに過ごしている。
 
 
 先日、おばあちゃんの一周忌の時は、
一時退院して、無事粛々と法事を仕切り、
その後、親戚がみんな引き揚げたあと、
ホッとしたのか、力を使い果たしたのか、
動けなくなってしまった。 
 
 病院に戻るのにも、動けなくて、
玄関先の車にもなかなか乗れなかった。
 
 その後、様子を近くに住む夫の弟に聞くと、
趣味の読書をするにも、
もう、本を持つこともできないほど衰弱しているとのこと。
 
 時々元気になって、
弟に「菓子買ってこい」と言ってくることもあるらしいが、
離れて暮らす我々は、心配がつのる。
 
 本が持てない、というのなら、と、
夫が、DVDプレイヤーを送ったらしいが、
肝心のソフトを送らなかったので、
弟が連日レンタルビデオ屋に通って新しいものを借りて行くらしい。
 
 体はしんどくても、
頭ははっきりしている多動人間なので、
ひまでひまで、すぐにDVDも見終わってしまい、
弟のレンタル屋通いも大変らしい。
 
 それにしても気の利かない我が夫。
 安易な事をして、弟の仕事を増やしている。
 これが長男なのだから、父も気の毒だ。
 
 自分でプレイヤーを送ったのだから、
責任もってソフトも大量に送るくらいのことをしないとダメだろう。
 夫の母は、
脳出血の後遺症で半身不随だし、
妹は、後天的な障害者で、できることも限られているしで、
弟が、一生懸命に入院先の父の世話をしてくれている。
 
 近くに住んでいるなら私も手助けできるのだろうが、
遠くの土地で忙しく過ごし、
結構な交通費と臨時休暇をとって、頑張って遠くから駆けつけても、
入院先で管理されている父に、たいしたお世話もできない、
というのが現況だ。
 
 ああ、もし、自分が、
今の夫の父の立場だったら、
どうしたいだろう。
 
 おそらく、家族に、
わあわあ感情的に騒がれたくないのではないか。
 
 静かに、最期を迎えたいのではないか?
 
 かといって、まったく放置されるのも淋しい。
 
 たまに顔を出して、
「お大事にね」
と、静かに笑って欲しい。
 
 だから、
いつもは受験生がいる年は、正月に帰省しないのだが、
今年は、帰省しようかな、と思っている。
 
 もう、いつ亡くなってもおかしくないが、
この生命の細い状態で、何年も過ごすかもしれない。
 
 年寄りは、若い人と違って、
病気もゆっくりすすむことが多いらしいのだ。
 
 そのときの自分がして欲しいことを考えて、
お父さんを自分のこととして考えて行きたいと思う。
 
 温かい、人間らしい行動をとっていきたいと思う。
 
 
 
     (了)
 

(しその草いきれ)2009.11.24