「 ハートに火をつけまして(裏バージョン) 」


 俺の心配も知らないで、
ハニーは、今日も俺にツレナイ。

 台所のガスコンロが故障して、炎が大きくなりすぎているから、
安全なものに買い替えようと提案する俺に、
「大丈夫だって! まだ使える!」
と、言って聞かない。

 俺が寝ている夜中に、
酔っ払ったハニーが間違って火事を出しでもしたら、
と、思うと、
俺は心配でおちおち眠れないではないか。

 なじみのホームセンターなど数軒をはしごして、
より安全なもの、より使いやすいものを探し回り、
時々、娘に相談すると、
「ああ、ああ、いんじゃない?」
と、心のこもらぬ相槌を打ちやがる。

 そして、数ヵ月後、
やっと良さそうなものを見つけ出し、
一緒に喜び合おうと急いで帰宅して、ハニーにそれを報告すると、
「しつこいんだよ! 要らない!」
と俺の言葉を最後まで聞かずに怒鳴りやがる。

 なぜわかってくれないのだ?
 俺がこんなにもハニーを愛し、心配してることを!

 俺は、幾度も粘り強くハニーを説得しようとしたが、
ハニーは、納得してくれるどころか、
「要らねえ要らねえ! コンロもジジイも要らねえんだよ!!!」
と、ぶちぎれやがった。

 朝から晩まで「コンロコンロ」と言いすぎた俺も悪いが、
俺のことまで要らねえ、とは、ひどい仕打ちだ。

 嗚呼、俺の愛は、いつも、
なぜハニーに伝わらないのだ!

 俺の顔を見れば、
「くせえ」だ「どっか行け」だ「馬鹿丸出し」だのと
ひどい言葉を浴びせてくるし、
俺がそれに反論した日にゃあ、
「てめえは、男のくせにグジグジグジグジうるせえんだよ! この馬鹿め!」
などと、しばらく立ち直れないほど反撃してくる。

 嗚呼、コンロが危ない!
 コンロが今日も、
今、この時も、危ないというのに!

 なぜすれ違う! 俺とハニーの心と心!


 そんなある日、
突然娘がやってきて、
ちょっと料理をした途端、
「危ない、コンロ換えた方がいい! 今すぐ換えないと!」
と騒ぎだした。

 それ見たことか。
 俺がハニーにそう指摘すると、
ハニーは、「はいはい」などと言って、
買い替えようかな、というような事を言いだしている。

 何だ、そりゃあ!

 何で俺が散々言っても聞く耳持たないのに、
娘の言うことは、まともに聞くのだ。
 納得できないぞ。

 その後、急に娘が大声を出し、
その方を見ると、
ハニーが火のついた風呂敷を振り回している。

 「あぶねえ! 俺の! 俺のハニーが危な〜〜〜い!!!」
 俺は急いで駆け寄り、
飛び散った火の粉を叩いて消した。

 嗚呼、危なかった! 危なかったぞ!!!

 だから言ったのに!
 だから、俺がずっと前から言ってたのに!

 俺は、激しく動揺し、
ハニーに「そら見ろ」と言うようなことを言うと、
なぜかそこにいた娘の方が烈火のごとく怒りだし、
ギャアギャアギャアギャア俺に怒鳴ってきた。

 そして、「バアバの誕生日に自分がコンロを買う」
などと急に言いだし、
「一万も出せば買える」
などとほざくではないか!

 駄目だ!
 そんな安物じゃ駄目なんだ!
 俺は、何カ月も何カ月も掛けて、
何か所ものホームセンターや大型電気店を駆けずり回り、
これぞというものを見つけているんだぞ!
 機能についてだって、ものすごい思い入れがあるんだ!

 今、急に思いついたお前なんぞが買った安物なんて、
そんなもん、要らねえ!
 変なもん、買ってくるんじゃねえ!
 買ってきたら、俺、怒る!
 怒っちゃう!
 いやだもん!
 そんなのいやなんだもん!!!

 俺が娘に言った言葉のどこに、娘が反応したのかは知らない。

 娘の目つきが急に変わって、
恨み節が始まり、ついには、俺に向かって
「くそじじい」と怒鳴りやがった。

 なぜだ!!!

 俺がこんなにも、
娘や、その子供たちに身を捧げているというのに、
なぜそんな頑張っている俺に「くそじじい」などという暴言が吐ける?

 おかしいだろ!
 ひどいよ!
 俺、いやだよ!
 「くそじじい」なんて言われたら、泣いちゃうよぉ!

 俺は、激しく動揺し、
自分が何を言っているのかわからなくなり、
いろいろ叫んだような気がするが、
そのことで娘は余計に怒り、
俺のことをまるで汚いものでも見るような目つきで睨んでくる。

 ばかぁ〜!
 もう、みんなみんな、ばか〜〜〜!
 俺、どっか行く!
 コンロ買え買え言われる前に、
ちゃんと買いたかった!
 買うつもりうだったのに、ハニーに止められていたんだもん!
 買おうと思ってたのに、
「なんで買わないんだじじい」みたいに言われるの、
くやしいよお!

 え〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!

 俺は、車を走らせ、
例の目を付けておいたコンロを購入しに行った。

 チクショウ、チクショウ!

 娘の馬鹿!
 何で「くそじじい」なんて言うんだよぉ!
 ふんふんふんふんふん!

 コンロを買って家に帰ると、
娘と孫は、すでに帰った後で、
ぷんぷん怒りながら新しいコンロを取り付ける俺に、
ハニーはいつになく優しく接してくる。

 ハニーが火で危ない思いをするのが嫌だったんだ!
 俺、ハニーが大好きなんだ!

 だのに、なんでわかってくれないんだ。
 ハニー。
 そして、娘よ。


 「くそじじい」と言われたショックは、
……まだ癒えていない。



     (了)


(しその草いきれ)2009.12.15 あかじそ作