「ほねほねの家」   テーマ★ 17歳


 テーブルの上の500円玉をつかんで、僕はダイニングの椅子から腰を上げた。
つぶした学生カバンを小脇に抱えて、玄関を出て、鍵をかけた。
 さあ、今日はどこへ行こう。

 学校を休んで、今日で2日目だ。
親には欠席の事は言っていない。
今朝も昼食代の500円が置いてあった。
 
  どうせサボりなのだから、街にでも繰り出して、パーッと遊べばいいのだろうが、
そんな気分でもない。
 クラスの女子たちから嘲笑される毎日に疲れてしまったのだ。
いじめられてるとは思いたくない。
僕は、くだらない連中は相手にしていない。あくまで無視して、何も感じない振りをしている。
しかし、あいつらは、僕の身長が低いというだけで、
暇さえあれば寄ってたかって僕のあら捜しばかりしては、笑っている。
 
 何だか、疲れてしまったのだ。

 遊ぶ気にもなれないし、家に居るのも気が滅入る。
僕は、ぼんやりと自転車をこぎながら、どこに自分の居場所があるのか、考えた。
 今のところ、家にも学校にもない。街にも、友人のところにもない。

 僕の親や友人は、僕の事を「よき相談相手」と呼ぶ。
そして、僕には相談相手はいない。
 僕は「しっかりしている」らしい。僕はしっかりしたヨロイを、着ているらしい。

 ―――いつの間にか、通学路を走っていた。
 なさけない。僕は学校をサボって学校に行こうとしているのか?

――― と、広い空き地に、家の骨組みが建っているのに気がついた。
僕は、自転車を停めて、空き地の隅に座った。
雑草のカーペットが気持ち良い。

 空き地だった地べたに、4〜5人の大工によって、どんどん家が組み立てられていった。
時間を忘れて眺めていたが、親方らしきおじさんが僕に近寄ってきた。
 僕は、しかられるのかと思い、慌てて立ち上がったが、おじさんは笑いながら
「めしにすっか?」
と、話し掛けてきた。
 時計を見たら、昼過ぎだった。
「あの、すみません・・・・・・」
 反射的に謝ると、おじさんはまた笑って、
「ほか弁でいっか?」
と言った。
 僕が困っていると、おじさんは僕の目を見つめながら、いきなり馬鹿でかい声で、
「ほか弁1個追加ー!」
と、叫んだ。
 僕はしりもちをついた。
おじさんはだははははは、と大笑いして、僕の手を引っ張って立たせてくれた。
骨組みの家の向こうから、
「はーい!」
と、若い職人の声がした。
 

 「おもしろいべ」
おじさんは口いっぱいに米をほおばりながら言った。
「おもしろいです」
僕もでかい飯のかたまりを口に突っ込んだ。
 「これから、どんどんおもしろくなってくかんなぁ、見てな」
 おじさんは金歯をキラッと輝かせて、僕の背中をバーン、とたたき、肩を抱いてゆさゆさ揺れた。
 「ふぁい」
飯が熱かった。
若い職人たちが、僕に唐揚げや竹輪の磯部揚げを分けてくれた。
―――思えば、人に触れられたのは久しぶりだ。
さっき会ったばかりの、この金歯のおじさんを、僕は、今、大好きになっている。


―――弁当を食べ終わると、僕はさっきの場所に座って、家が出来ていくまでをずっと見ていた。
 何台も、いろんなトラックがやってきては、窓枠だの、ドアだのと、家の部品を置いていく。
その部品を、おじさんたちは、次々に家の骨組みにはめ込んでいった。
子供の頃遊んだブロックみたいだ。
 3時にはみんなと缶コーヒーを飲んで、また、作業が再開した。
赤、青、黄色の派手な作業着が、ほねほねの家のあちこちに散らばって、
クリスマスツリーと、その飾りに見える。
 「おーい、生きてっかー」
 職人の一人が、屋根の上から僕に手を振った。
西日が目に刺さり、僕は座る位置を変えようと、立ち上がると、
「今日は、ここまでで切り上げるべ」
と、おじさんが首にかかった赤いタオルで汗をぬぐった。

 「さようなら」
僕は、自転車にまたがって頭を下げた。
 「また来いよ」
みんな、口々に言って、トラックの荷台に乗り込んだ。

 「 出来ていく過程が、おもしろいっぺや」
おじさんは、僕の顔にびっくりするほど近寄って言った。
 「んーじゃーな」
運転席に乗り込むと、クラクションを2回鳴らして、 排気ガスを思いきり僕に吹き
かけて行ってしまった。


 それから僕はまっすぐ家に帰り、3日間、部屋に閉じこもった。
心配する家族をよそに、食パンとスナック菓子を食べて過ごした。
学校に仮病の連絡をするのもやめた。

 僕は、ほねほねの家だ。
まだ、壁も屋根もない、風のぴゅーぴゅー吹き抜ける、「途中」の人なんだ。

 4日目に、僕は学校に戻った。
途中、あの家に寄ったが、知らない人たちが外装工事をしていた。
もう、しゃれたレンガの壁が出来ていた。

 おじさんは、神様の使いでもなければ、天使でもなく、大工の親方だった。
千葉弁で僕に人生を教えてくれた、普通のおじさんであった。


                         (おわり)