「 引っ越しました 〜床抜けまして候〜 」

 数日前からどうも茶の間の床がミシミシ鳴っているなあ、
と、気にはなっていたが、まさか!
 
 日曜の夜、家族で夕飯を食べている真っ最中に、
ちゃぶ台を囲む家族ごと、ダダ〜〜〜ン、と床が抜け、
湿った床下に茶の間がそのまま落っこちてしまった!
 
 一瞬何が起きたのかわからず、ただただ、
いきなり天井が高く、足もとが冷たくなったのである。
 
 ちゃぶ台を囲む家族。
 ちゃぶ台の上の煮物や焼き魚やサラダや味噌汁などが、
きれいにそのまま乗っかっていて、
テレビも、家族やちゃぶ台と同じ位置関係のまま落下した。
 
 一同、何が何だかわからず、
顔は、テレビのサザエさんを見ている形のまま、
しばらく固まっていた。
 
 何事もなかったかのように
「カ〜ツオ〜!!!」
と、サザエさんがカツオを追いかけているのを、
呆然としながら眺めていると、
壁際に置いていた本棚が
ゆっくりと子供たちの上に倒れてくるのが目の端に見えた。
 
 「あ〜〜〜ぶな〜〜〜い!!!」
 
 子供たちは、瞬時に飛びのいて、
本棚の下敷きになることは、まぬがれたが、
夕飯のおかずの上に大量に飛び散った本の山を見て、
(こりゃあ、大変なことになった!)
と、凄い勢いで血の気が引いていくのがわかった。
 
 床が抜けたのだ!
 
 どうしたらいいの?!
 この状況!
 
 外に避難しようにも、
茶の間の隣の台所の床は、50センチ以上高いところにあり、
しかも、木端微塵になった床の木の破片が飛び散っていて、
裸足の子供たちには、返って危険だった。
 
 誰かに助けてもらわないと……
 
 とりあえず、携帯で実家の父に電話し、
「床抜けた、助けて」
と言ったのだが、
「はあ? あんだってぇ〜?」
と、素っ頓狂な声を上げて聞き返すばかりで、
全然こちらの状況を理解してもらえないのだった。
 
 とにかく、この後、家が崩壊してしまうのが怖かったので、
みんなでぞろぞろ茶の間の吐き出し窓から裸足で外に這い出て、
玄関の鍵を外から開け、靴を取りだした。
 
 さて、次は?
 
 地震か何かで床が抜けたのかと思ったが、さにあらず。
 周囲は、静かなものだ。
 
 やはり、うちの古い床が、ただ抜けただけだった。
 
 これ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 どうするよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 家族全員で、あっけにとられて抜けた床を眺めていたが、
「とにかく、飯の続きでも食うか」
と誰かが言っだ。
 おかずやご飯やみそ汁の上に山盛りになっている本を見て、
「食べづらいな〜」
と、また誰かがが言った。
 
 そういう問題か!
 
 そんなわけで、
我が家は、急きょ仮住まいの古い一軒家に引っ越すことになった。
 
 夫の知り合いの不動産屋があっせんしてくれた古家だが、
自宅と負けず劣らず、いや、更にボロだった。
 聞けば、長い間、売りに出しているが、全然買い手がつかず、
また貸家にしてみても、借り手も見つからない、という、
すっかり見放された家だという。
 
 とりあえず、家で使っていたカーテンをつけて、
マットを敷いて、ストーブを点けてみたら、
何とか住めるようにはなったが、
元の家からだいぶ遠く、
子供の学校への登校班は変わるし、
何か物を自宅に取りに行くにしても、
いちいち車を出さなければいけないので、
恐ろしく面倒だった。
 
 あれとこれとあれ、というように、
生活で必要なものを取りに行き、帰宅した直後、
「あ、学校で使う裁縫箱忘れた」
などと言うので、
また何往復もしなければならず、
本当に、本当に、しょうもないほど何往復もしなければならなかった。
 
 また、夕方、子供がいくら待っても帰ってこないので、
心配していると、夜になって帰ってきて、
「間違って前の家に帰っちゃった。歩いてきたら真っ暗になっちゃって」
ということが、たびたびあった。
 
 また、私自身も、
買い物に行き、無意識に自宅に帰ってしまい、
やれやれ、と台所に入ってから、
「あ、冷蔵庫が無い!」
と叫び、そのあと、
「あ、床が抜けている!」
と、今更ながらびっくりし、
大慌てで、仮住まいまで戻る、ということを数回繰り返してしまった。
 
 そんなこんなで、
床の修理の工事が直るまでの間、
仮住まいで暮らすはずだったのだが、
知り合いの不動産屋が言うには、
「どうせボロ家なんだから、今更修理する金がもったいないだろ。
 この際、こっちに買い換えちまいなよ。
俺がプラマイゼロになるように手はずとってやるからよ」 
と提案し、結局、何が何だかわからぬまま、
家の買い替えと転居が一気に決まってしまった。
 
 
 災難とは、続くもので、先週あたりから、
夫の携帯電話が水没、
職場のメインパソコンが大事なデータを全部腹に飲み込んだまま故障、
という「大惨事」が立て続けに起きている。
 
 ははははは。
 
 もう、こうなったら、笑うしかないではないか。
 ははははは〜!
 
 
 ああ、床抜けまして候。
 
 そして、じわじわと憂鬱なことに、
この家の茶の間の床も、
昨日あたりからピキピキ、ミリミリミリ、と、
つい最近聞いたことがあるような音を立てているのだ。
 
 長い間、放置され、手入れがされていない古い家。
 そして、聞き覚えのある、このピキピキ、ミリミリ音、
あと2、3日したら、また、
 
この床もまた……
 
 
 
    (了)
 

(小さなお話)2010.3.16.あかじそ作