「 泣かせろよ卒業式 」 |
先日、次男の中学の卒業式に行ってきた。 2年前の長男の卒業式では、 体育館全体に響き渡るほど大号泣、というか獣のごとく吠えてしまい、 「あかじそさん、どしたの〜!」 と、みんなに思いきり引かれてしまった。 しかし今回も懲りずに、あの感動を体全体で味わいたい、と思い、 やる気満々で出席した。 が。 なかなか泣けない! 斜め前に、尋常じゃないほど、あごのしゃくれた誰かのお父さんが座っていたのだ。 (す! すごすぎ! 人間のあごは、あそこまでしゃくれることができるのか!) と、びっくりするやら、 (いやいや、あれは、もはや生きていく上で障害が出るはずだ) と、心配するやら、また、 (整形手術すれば、彼の人生の後半は、ずいぶん楽になるはずだ!) と、進言したくなるやら、 (子供のころ、どれだけいじめられたことだろう) と、心を痛めるやら、 (それでも、今隣に座っている奥さんと出会い、子をもうけ、こうして子供の卒業式に来ている!) と、胸がいっぱいになるやら、 (よかったね、しゃくれ!) と、うち震えるやら、で、心の中が物凄く忙しかった。 そんなことに気を取られ、式の前半は、集中することができなかった。 まあ、卒業式の前半といえば、 大抵、選挙の票集め目当ての市会議員の挨拶などが続き、退屈極まりないため、 ちょうどいい暇つぶしになってよかったのかもしれない。 そのうち、卒業証書授与が始まり、 次々と、聞き覚えのある名前が呼ばれていった。 小学校入学当時からよく知る子供たちが、 見違えるほど背が伸び、大人びて、粛々と証書を受け取っている姿を見て、 (おお、きたきたきたきた、感動が胸の奥で巻き起こってきたではないか!) と、わくわくしていると、 視界の隅に、例のしゃくれ父さんが入り、 自分の子供をビデオで撮影しているのが見えた。 しゃくれ父さんは、足もとのカバンからビデオを取り出し、 おぼつかない手つきで舞台上の我が子にカメラを向けた。 その、しゃくれ顔にカメラをあてがっている姿たるや、まさに、 宇宙戦艦ヤマトが、波動砲をぶち込もうとしている形そのもので、 私は、思わず反射的に、座っているパイプいすに深く座り直し、 「対ショック、対閃光防御」の態勢になってしまったのだった。 気になる! しゃくれ父さんの、一挙手一投足に気をとられ、 卒業式に集中できない! 式は進み、いよいよ泣かせどころの「呼びかけ」が始まった。 はじめの方は、例によって、 「楽しかった運動会」「僕たち」「私たちは」「忘れません!」 といった紋切り型で、 「はいはいはい」 といった感じで聞いていたのだが、 そのうち、呼びかけがブツッと途切れたので、 「誰かセリフ忘れたのか?」 「泣いてしまって詰まってるのか?」 と思っていたら、突然 「真剣に叱ってくれた○○先生、ありがとうございます!」 「土日も夏休みも休みなく、真剣に部活の指導をしてくれた△△先生、感謝しています!」 と、生徒たちによるサプライズの呼びかけが始まり、 3年生担当の先生全員に感謝の言葉が掛けられた。 子供たちは、号泣しながら叫んでいるし、 呼びかけられた先生たちは、全員ボロボロに泣いているし、 保護者席でも、みんなつられて一斉にすすり始めた。 極めつけは、生徒全員が声を揃えて、めちゃくちゃ大きな声で、 「お父さん、お母さん!」 「僕たち、私たちを」 「いつもあたたかく見守り」 「一生懸命育ててくれて」 「本当にありがとうございます!!!」 のことばだった。 もう、会場じゅう、涙をぬぐう者だらけになり、 はなをすする音が激しくあちこちで聞こえてきた。 私も、「んなベタな」と思いつつも、 胸にこみ上げる熱い塊を抑えることができず、 「うっうっう」としゃくりあげそうになった。 キタ! 感動が、ついにキタよ! 私は、「待ってました」とばかりに、ハンカチを取り出し、 目がしらに当てようとした、その目に入ってきたものは! しゃくれ父さん! しゃくれ父さんが、顔を真っ赤にして、激しくしゃくり上げているではないか! しゃくれがしゃくり上げる! しゃくれのしゃくり! 私の頭の中では、 【「しゃくれ」の「しゃくり」】というコピーが、 ぐるんぐるん回りながらロンドを踊り始めてしまった。 そのうち、 ♪しゃくれのしゃくりが、しゃくりしゃくられ、しゃくりあげ〜♪ と、わけのわからぬ詩吟がくり返し耳の内側に流れ、 感動が! この貴重な感動が・・・・・・、 しゅるしゅるしゅるる、と、たちまちしぼんでいくのがわかった。 ああ、私の感動が・・・・・・ しゃくれ父さんは、 紺色のハンカチで静かに涙を拭き、 思い直したように大きく咳払いをひとつして、 隣に座った奥さんと目を合わせ、 落ち着いた様子でうなづきあっていた。 嗚呼! 嗚呼、嗚呼! しゃくれ父さんに幸あれ! 卒業式では感動しそびれたけれど、 私は、あなたのしゃくれぬ人生に感動したのだ! (了) |
(子だくさん)2010.3.23.あかじそ作 |