「 頭ぽわ~ん 」


 新年度が始まった。

 家に学生がごろごろいると、
4月5月は、実に慌ただしい。

 新入学、新入園の者の学校用品の買いそろえ、
進級組の教科書購入、部活で使う物一式購入、
小学校新登校班の構成などの他、
クラス役員や地区役員の選考、
家庭訪問に、各種懇談会、
家庭調査票や健康調査票記入など、
これが各5人分づつで、
幼稚園、小学校、中学校、長男の高校、次男の高校と
5か所もあるものだから、たまらない。

 ただでさえ、ぼんやりしている性格なのに、
あまりの「やることの多さ」に呆然とし、
頭ぽわ~~~ん、と、なってしまうのだ。

 毎年、小学生の提出物を中学生に持たせてしまったり、
大事な書類を思い切り書き損じたり、と、
何かしら大ポカをするのだが、
今年のそれは、デカかった。

 ああ、次男が公立受かって、よかったよかった。
 体操服も買ったし、エナメルバッグも買った。
 教科書も、辞書も、学校指定の上履きも、
全て買った、と、安心していたある日、
新聞の地方版に、次男のこれから通う学校の記事が載っていたので、
「へ~どれどれ」
と読んでいるうちに、学生たちの写真が目に入り、
「ああ、こんな制服なんだあ、知らなかった~」
と言った後、背中がぞぞ~~~ん、としたのだった。

 も・・・・・・もうすぐ入学式だというのに・・・・・・
せ・・・・・せ・・・・・・
制服・・・・・・・買ってないじゃんか~~~~~~~!!!!!

 急いで学生服店に電話すると、
「もう、締め切りをとっくに過ぎましたよ! 今はお渡しの期間ですけど!」
と、パートのおばちゃんらしき人に激しくキレられてしまった。

 「いやいやいや、ホントにすみません。
 実は、みみみ身内に不幸があって・・・・・・あのその・・・・・・
 何とかならないでしょうか?」
と、半泣きで頼み込むと、
「じゃあ、なるべく早く来てくださいね! サンプルももう返しちゃいましたけどね! ふん!」
という態度。

 「じゃあ、急いで伺います! ままままま、間に会いますかね? 入学式に?」
と、必死にすがりつくと、
「はっ! 間に合わせるしかないじゃないですか!」
と、店員は、イラつきながら答える。

 「じゃあ、お願いします。 すんまっせん、すんまっせん!」

 パート社員の態度の悪さが気に障ったが、
キレてる場合じゃない。

 ここで断られたら、新しい門出を祝われるべき次男に、
入学式から、マイナススタートをさせてしまう。

 これは、いかん。

 次男と共に、その学生服屋に急行し、
「すんまっせん、すんまっせん、採寸お願いしますです、はい」
と、平謝りで頼み込むと、
ぶったんぶったんに太ったパートのおばちゃんが出てきて、
「ああ~~~、例の! 度忘れの! はいはいはいはい」
と、こちらに一瞥くれてから、ドタドタ奥に入り、
もう一人のパートさんに
「ほら! 例の! あれ! 来たから! 見てやって! ね!」
と、大声で叫ぶ。

 (感じ悪!)
と、むっとしたものの、
ここでキレて帰れば、後が無い。
 ぐっと我慢して、した手に出る。

 「無理言ってすみませんね、お願いします」
と私が言うと、
もうひとりのパートのおばさんは、無言で次男の体をあちこちメジャーで計り出した。


 (無言かよ、接客業がよ!)
 接客業にひと方ならぬこだわりを持つ私は、ジリジリしてきた。
 が、キレては、いかん。キレては。

 その間、私が、息子と少し離れたところで立っていると、
伝票片手に近寄ってきた、例のぶったんぶったんが、
私の背中に、ものすごく強く肘をぐりぐり押しつけてきて、
「なに? 忘れちゃってた? あん?」
と、言い、流し目で冷笑してくる。

 (なんだ、テメ~!)
 と、今度こそブチギレそうになったが、
「ここは大人だ、我慢我慢」と、
鼻息一発、フンッ、と噴き出して我慢し、
「ま、まあ・・・・・・、身内に不幸があって、ついね・・・・・・・」
と言うと、
「は! 不幸って! 」
と、ぶったんぶったんは、突然あさっての方を向き、反り返りながら笑った。

 (何なんだ、この女は~~~! 雇い主に言いつけるぞ、コラ~)
と、歯を食いしばって見つめていると、

「ま、間に合わせてみせましょうかね、何とかね、ああ、忙しい忙しい」
と、意外なほど素早く身をひるがえし、
奥の在庫室へと引っ込んだ。

 まるで我慢比べだ。
 目を剥いてギリギリ歯ぎしりしている私に、
もう一人のおばちゃんが、
「はい、代金64000円になりますね」
と、言った。

「あ、64000円ですね、はい、7万円でお願いします」
と、渡すと、
「7万円お預かりします」
の一言も無く、だま~~~~~ってレジに7万円を持って行き、
だま~~~~って、6000円渡してきた。

 (おい! 「6000円お返しします」は?)

 私の方が、へこへこして、
「あ、すんまっせん、どうもどうも」
と、おつりを受け取り、財布に入れていると、
次の瞬間、もう店員は、どこかへ行ってしまった。

 (え!!! 「ありがとうございました」は?! 接客の基本だよ?)
と、辺りを見回してみたが、
店員は、誰もこちらを見ていない。

 いやいやいやいやいいや。
 確かにこちらが悪い。

 期限を守らなかったんだから。

 でも! でもね!

 64000円も買い物したんだから、
それはそれとして「ありがとうございました」は、言おうよ!!!

 お店でしょう?!
 お店だよね?!


 帰り道、もう、怒りを通り越して、
ますます頭ぽわ~~~ん、になってしまった。


 そして、トドメに、次男が、一言、
「ねえねえ64000円分のポイント、僕に頂戴! 僕のだよね! 僕の制服代だもんね!」
と、ぐいぐい押してくるので、
もう、辛抱たまらず、
「ああ、ああ、やるよ! やるよ! 640円分使えばいいだろうよ! ほれ!」
と、恐ろしいほど大声で叫びながら、
カードを次男の手の平に激しく押し込んだ。

 「いやいや、カードごとはいらないよ」
という次男に、
「もう2度とあんな店にゃ行かねえから、やるぁ! ンガア~~~!!!」
と、獣のごとく吠えた。

 誰が悪いって、
「頭ぽわ~~ん」な、自分が一番悪いんだけど、
・・・・・・でも! でもね!

 ひどいぞ、あいつら!
 ひどすぎるぞ~~~! 
 ンガア~~~~~!!!



  (了)

(子だくさん)2010.4.6.あかじそ作