「 もはや武士 」 |
「サムライ」でおなじみの(?)三男だが、 荒れる学校において、理不尽な暴力や陰謀で陥れられ、ふてくされ、 一時は、「このままグレるのか?」と悩んだものだが、 先日、思わぬ脱皮をしてのけた瞬間を見た。 ある晩のことだ。 高校合格の後、遅まきながら携帯電話を持たされた高1の次男は、 あまりの嬉しさに携帯依存症気味だった。 常に左手に携帯を握りしめ、食事中も寝る時も、片時も離さない。 食事中にメールのやりとりをしているので、 「ご飯中は、やめなさい!」 と私が叱ると、 「相手が返事待ってるんだよ!」 と怒る。 「じゃあ、『今食事中だから後で返事する』って返信しなさい」 と言うと、 「すぐに返さないと感じ悪いんだよ!」 と反論する。 それはわかるけど、 一往復のメールならともかく、 食事中に、7〜8往復するようなメールのやりとりは、 明らかにマナー違反だ。 しかし、それを何度言い聞かせても、 「すぐ終わるから!」 と言って、言うことを聞かない。 すると、3年前に自分も同じことをしていた高3の長男が、 「もう携帯やめろ!」 と怒鳴った。 「お母さん疲れてるのに、何度同じ事言わせるんだ!」 と次男にすごんだ。 次男は、それを無視して、メールを打ち続けている。 長男が、怒って、 「無視するなよ! ちゃんと聞け!」 と言うと、 それでも次男は、無視。 すると長男は、カンカンに怒って、 「もうやめろ!」 と言って、次男の携帯を取り上げ、片手に持って天井近くまで掲げた。 長男は、いつの間にか身長が175センチほどに伸びていたので、 当然、165センチの次男は、背伸びしても届かない。 「返せよ! 返せ!」 次男が、長男の体に体当たりして、 長男が壁にすっ飛んで行った。 この兄弟、身長は、10センチ違うが、 下手すれば、体重は、次男の方が重い。 壁に打ちつけられた長男は、肩を強打し、フラフラと倒れた。 その手に握られた携帯を次男が取り返し、 またメールを始めようとしている。 「何すんだよ、この野郎!」 今度は、長男が、次男の体を突き飛ばし、 次男が、本棚に激突して、倒れ込んだ。 転んだ次男の上に、5、6冊の単行本が落ちた。 「何だよお!」 次男がまた長男につかみかかろうとしてるので、 「やめなさいよ!」 と私が怒鳴ると、 次男は、長男を軽く押し、睨みつけながら、またメールを始めようとする。 「やめろって言ってんだろ!!」 長男が、また次男につかみかかろうとしているので、 「やめな! やり返すなよ! 大人なら、ここでやめなさいよ!」 と私が言うと、 長男は、唸りながら足を踏みならしてから、 その場に座り、食事を再開した。 「大体、コイツ、モバゲーやり過ぎなんだよ! 今月いくらかかってると思ってるんだよ!」 と、長男が次男に言うと、 次男は、座って、黙ってご飯をほおばり、無視し続けた。 「お母さんの稼ぎがみんなお前の携帯代に変わっちゃって悪いと思わないのかよ!」 長男が、いつまでも次男に説教を続けていると、 次男は、突然、ちゃぶ台の上のおかずの大皿を自分の手元に寄せるついでに、 その皿を思いきり長男の顔面にぶつけた。 「イテッ!」 長男は、その場に崩れ落ち、しばらく頬を押さえていた。 が、突然立ち上がり、 「イッテ〜なあ!! この野郎〜〜〜」 と、怒鳴った次の瞬間、 次男の顔面目がけて思いきりゲンコツを振りおろした。 「あ!」 次男が、身構えた次の瞬間、 振りおろした長男の手首をつかんだのは、中2の三男だった。 瞬時に立ち上がり、 長男と次男の間に仁王立ちして、 長男の手首を握ったまま、二人の顔を見比べ、 「二人とも、いい加減にしろ」 と言った。 その身の軽さ、タイミングの良さは、 連日連夜野球の練習に身をささげているだけのことはある。 身長こそは、150センチと小柄だが、 足の速さは、野球部一だし、 誰も捕れないような球も、外野手のプライドを掛けて命がけで捕る。 「去年は、人生で一番喧嘩をして、 人生で一番暴力を振るわれ、 人生で一番誤解を受けた最悪の一年だった」 と本人は、言っているが、 3月には、先生の誤解も解け、 優等生の友だちとも、不良っぽい連中とも、 そこそこうまく付き合えるようになっていた。 いまだに喘息で体は弱いが、 根性だけは、誰にも負けない男になった。 「ふたりとも大人げないぞ! 喧嘩はやめろ!」 三男が、長男と次男に言うと、 長男、次男は、スッと冷静になり、 またその場に座って夕飯を食べ始めたが、 2、3秒の後、 長男が突然立ち上がり、次男につかみかかった。 次男も、長男につかみかかり、 食卓は突然、取っ組み合いの場と化した。 まるでマンガのように、黒い塊のようになって、 ふたりはつかみ合いながら、ちゃぶ台の横を転がっていき、 台所の床に転がり回って殴り合っていた。 私は、もう 「やめなさい! やめさないってば!」 と、立ち上がって叫ぶのに必死だったが、 もうその時には、三男は、長男次男の間に割って入り、 二人を力で引きはがしていた。 冷蔵庫は倒れそうになって揺れているし、 長男は、次男に顔をひっかかれて血を流しているし、 次男は、ふんふん言いながら2階に上がって行った。 「いてえなあ! もう!」 長男は、洗面所の鏡に顔を写し、引っかき傷だらけの自分の顔を見て、 「あああ!!! これじゃあ、みっともなくて学校行けないよ!」 と叫んだ。 「あの野郎!」 と、走って次男のいる2階に行こうとする長男を、 三男は、立ちふさがって止めた。 「もうやめろ。くだらねえぞ!」 175センチの前に立ちふさがり、 鉄壁を築いている150センチ。 山椒は小粒でピリリと辛い、というが、 本当に三男は、強い。 「もうやめてよ。家が壊れちゃうよ」 と言う私の声で我に返った長男は、 舌打ちしながら、また食事を始めたが、 「イテ! 口の中切って痛いよ」 と言いながらぷんぷん怒っていた。 自分より大きくなった長男次男が取っ組み合いになった時、 さすがに女の私ひとりで止めるのは難しい。 しかし、この小さいサムライ三男が、 去年一年で鍛練した心身を生かして、 素早く正確に力強く、しかも正義にのっとって、 家庭内の暴力をくいとめてくれた。 嗚呼、こんな時がくるとは、一体、誰が想像しただろうか? アカンボの頃から家で暴れまくり、たくさんのガラスを割り、 号泣しながら親兄弟に殴りかかっていた、この三男が、 「困ったちゃん」を脱皮して、 正義の人に変身する日のことを! 私は、夕飯時に取っ組み合いが行われたことの衝撃よりも、 三男が、我先に立ち上がり、 誰に言われるわけでもなく、 喧嘩の仲裁をした、 というこの快挙に、ただただ感動してしまい、 胸の中がほろほろしていた。 長男次男に押されて向きが変わってしまった冷蔵庫を、 よいしょよいしょと必死で戻している私に、 「お母さん、大丈夫だった?」 と、静かに聞く三男。 もう、もはや、武士!!! だてに喧嘩の場数踏んでない。 数々のいくさの経験を乗り越えた、 じゃなくて、荒れた末の更生。 これだよ。 これがホントの大人だよ! 乗り越えた大人! 脱皮した成人! 感動で胸がいっぱいだった。 三男と私は、ちゃぶ台に戻り、再び食事を始めたのだが、 ふと小5の四男を見ると、ニッコニコ笑いながら 「バカみたいね〜」 と言い、ご飯をほおばっている。 全然平気なのだ。 生まれたときから男兄弟の取っ組み合いを 当たり前のようにすぐ横で見てきた四男は、 こんな光景、日常のワンシーンに過ぎないのだ。 そして更に、長女を見ると、 テレビのアニメに夢中で、 喧嘩があったことすら気付いていない。 すんげえ! この環境、すんげえ! (了) ≪追記≫ 喧嘩の数時間後、 「お菓子食べよ〜!」と呼びかけた居間の私の元に、 子供全員が集まった時、 私は、次男の肩を抱き、 「ほら、見なよ。兄ちゃんの顔の傷。怪我させちゃったんだから、謝ろうな」 と次男を促すと、 次男は、ぶっきらぼうに 「すみませんでした」 と言って、長男に自分のお菓子の取り分を半分渡した。 長男は、それを黙って受け取って、 あ〜ん、と言って口に入れ、 「あ、これ旨い!」 と、言った。 はい、喧嘩終了。 食事中のメールも激減した。 |
(子だくさん)2010.4.27.あかじそ作 |