「 もしや殿 」


 中2の三男と小5の四男が、
近所のスーパーに菓子を買いに出かけていた。
 やけに帰りが遅いなあ、と思っていたら、
ちょっとした事件が起こっていたらしい。

 「ちょっとぉ! 遅かったじゃないの」
と私が言うと、三男がアノサァ、と低い声で事情を話し始めた。


 ふたりは店内で別々に買い物をして、先に四男がレジに向かった。

 三男が買う物を決め、レジに行くと、
四男が、レジの向こうでさめざめと泣いているという。

 三男が、
「どうした?」
と聞くと、四男は、
「100円のお菓子を買って500円玉を出したら、
レジのおばさんがお釣りをくれなかったの」と言う。

 四男が、
「あのぉ、500円玉出したんですけど」
と言ったら、
「何よ、100円玉だったじゃないの?!」
と、低い声で言い、四男を睨みつけてきたらしい。

 しかし、四男も
「いえ、確かに500円玉でした。500円玉ひとつだけ持って来たんです」
と言うと、
「そうやっておばさんをだまして泥棒しようとしても引っかからないからね!」
と四男の肩を小突き、早くレジからどけ、という風に押しやったというのだ。

 「なに!!」

 三男は、怒って、そのレジのところへ行き、
「弟が500円玉を出したのに100円玉だと言われてお釣りをもらっていないんですけど!」
と言うと、そのおばさんは、
「なにあんた、この子のお兄ちゃん? は〜ん、お兄ちゃんが出てきても騙されないからね!」
と、店中に響くような大きな声で怒鳴った。

 そこで三男も食い下がり、
「レジの中を調べてください。小さい子供相手だからって、ズルしないでください!」

と言うと、
「なにこの子!」
とおばさんは、逆キレし、三男の来ていた中学のジャージの名札を見て、
「あんた○○中の△△っていうの! 学校に言いつけるからね!」
と怒鳴った。

 「言いつけてもいいですけど、ちゃんとレジの中を調べてください!」
と三男が言うと、
言い争う声を聞きつけたもうひとりのパートのおばさんが、そのレジを開け、
100円玉を入れるところに、
少し前に流通していた銀色の500円玉がひとつ入っているのを発見した。

 「あ、それです!」
と四男が言うと、
もうひとりのおばさんが、
「あら、ごめんなさいね〜! 色が100円玉に似てるから見間違えたのね」
と言うと、
当の間違えたおばさんは、
「は! こんな銀の500円玉なんてあるの! ふん!」
と言い、100円玉4枚を、四男に投げるように渡した。

 「弟にあやまってください」
 三男が言うと、おばさんは、チッ、と大きく舌打ちをし、
早口の低い声で
「はいはい、すみませんでしたね」
と言い、次の客に
「はい、次の方、どうぞ〜!」
と、人が違ったように猫なで声を出した。

 「弟にちゃんとあやまってください!」
と、もう一度三男が言うと、おばちゃんは、
「何よ! もうあやまったじゃないの! 何なの? ゆする気?!」
と、ヒステリックに叫んだ。

 「もういいよ、お兄ちゃん」
と、四男が三男のジャージの裾を引っ張って帰ろうとしても、
三男は、一歩も引かず、
「弟を『泥棒』と言いました! そのことを、ちゃんとあやまってください!」
と言った。

 「何よ、この子!」
と、おばさんは、白目をむいて怒ったが、
もうひとりのおばさんが
「あやまりましょう」
と促してくれたおかげで、その嫌なおばさんも
「はいはい、ごめんね」
とだけ言った。

 「じゃあ、行こうか」
 三男が四男の手を引いて店を出る時、ひと声、
「イヤなおばさん!」
と捨てセリフを言うと、
店を出る二人の背中に向かって、そのおばさんは、
「嫌ねえ、あの不良たち!」
ということばを浴びせた。

 それを聞き、四男が目を真っ赤にして涙ぐんでいるのを見て、
三男は、
「気にすんな!」
と言った。

 「お母さんが、しょっちゅう言ってるだろ。
『オテントさんは、いつも見てるよ』って。
 誰も信じてくれなくても、正しいことをしていれば、
ちゃんと神様は見ていてくれているんだ。
 俺たちは、何も悪いことは、していない。
 だから、誰かに疑われたって、悪口を言われたって
びくびくしたり泣いたりすることないんだよ!」

 そういうと、三男は、つかつかと早足で先に歩いていった。

 四男は、小さくうなづき、袖で涙をぬぐって、兄の後を追った。

 ついこの間まで三男が着ていたヨレヨレのお下がりの服を着て、
足の速い兄の後を、必死で走ってついて行った。


 と、まあ、ことの顛末は、こういうことだったらしい。


 「いいことしたじゃないの、あんた!」
 私が三男の頭をグリグリなでてやると、
 「お前、偉かったぞ」
 「よくやったな!」
と、ふたりの兄たちも、惜しみなく三男を褒めた。

 「でも、世の中には、こういう理不尽なこともよくあるのよ。
 嫌だけどね、みんなめげないで、正々堂々と生きていこうよ。ね!」

 私が言うと、みんな神妙な顔でうなづいた。

 三男は、
 「買ってきた菓子食おうぜ」
と言い、子供部屋に走って行った。

 四男は、「うん!」と言って、三男について行った。

 おお、三男よ、
お前、すでに「殿」の風格だな。

 男の中の男だな。



 (了)


(子だくさん)2010.5.4.あかじそ作