「 妹 」


 本人、待ちに待って、やっと入園した幼稚園。
 末っ子長女4歳は、毎日ご機嫌で通園していたのだが、
先週の金曜日、半べそで帰ってきた。

 たまたまその日は、バス送迎の担当が担任の先生だったので、
先生は、バスから長女を降ろした後、
私にぐぐい、と近寄り、小声で、
「今日、ちょっとお友達に『キライ』と言われたり、仲間はずれにされてしまったんです。
 『お母さんに会いたい』って、しばらく泣いていたんですけど、
 少し励ましたら、すぐ元気になりました」
と報告してくれた。

 帰るなり長女は、
「『どけ!』って言う男の子がいるの」
「『入〜れ〜て』と言っても、『ダ〜メ〜よ』って言ったり、
『あんたキライ』って言う女の子がいるの」
と言い、私に抱きついてきた。

 「あら〜〜〜、そりゃあ、いやだったねえ〜!」
 私は、大げさに哀しそうな顔をして見せ、長女を抱きしめた。

 重くなった長女を、よろよろしながら抱っこして、家の中に入るまで、
私は、感慨深い想いにひたっていた。

 今から13年前、長男の幼稚園の時も、同じようなことがあったっけ。

 「幼稚園行かない!」
と、ぐずる長男に、
「いいから行きなさい!」
「このまま登校拒否になったらダメなんだから!」
と、親の方も大パニックになり、半狂乱で暴れる長男を、
同じく半狂乱の夫が、送迎バスの中に叩き入れたりしたものだ。


 その夜、長女が、いつもに増してわがままを言い、
泣いたりわめいたりするので、ついに次男や三男が怒り、
「わがまま言うな!」
「女王様じゃないんだぞ!」
と叱ると、
いつもなら自分の何倍も大きい兄たちにつかみかかって行く長女が、
「うううううううう」
と、いかにも哀しそうに私の膝に泣き崩れてきた。

 いつもと違う様子に驚き、
「おかあさん、どうしたの?」
と三男が聞いてきた。

 私は、長女に聞こえないように、小声で、
(幼稚園でいじめられたんだってさ)
と言った。

 「えええっ!」
 気色ばんだ三男は、やはり声をひそめて
(コイツがいじめられるなんて、俺、嫌だよ! 可哀想だよ!)
と言った。

 (まあまあまあまあ)
 私は、三男に座るように手で指示し、
大きな声で、
「明日は、幼稚園のプールで着る水着買いに行こうかな〜!」
と言うと、長女は、急にニコニコして
「うん!」
と言った。

 おしゃれさんの長女は、
ドテラで田んぼをうろうろしてた私の幼少期とは違い、
非常にビジュアルにこだわるタイプだ。

 常に淡いピンクの可愛い服や靴、
ヒラヒラのついたバッグに、大きな縁のサングラス、
レースのついたハンカチに、花柄のリボンなど、
4歳にして、服飾に関してゆるぎないこだわりを持っている。

 ひとり遊びでは、鏡の前に立ち、
両手でスカートのすそを持ってお姫様のようにお辞儀してみたり、
顔を鏡に近づけてリップクリームを塗り、
口をすぼめてウインクしてみたりしている。

 (小さい「レディー」がいるよ・・・・・・)
と、見て見ぬふりをしながら横目で見ていると、
ハッと私の視線に気付き、
「お母さん見るなよ〜!」
と乱暴な口をきく。
 男ばかりの兄弟の中で育っているから仕方がないかもしれないが、
最近の言葉づかいは、女子として目に余るので、
 「見るなよ、じゃなくて、見ないでよ、でしょう?
 そんな乱暴な言い方ばかりしていると、おっさんみたいなひげが生えてくるよ」
と注意すると、
「『おっさん』って何だ、『おじさん』でしょ! お母さんこそ、ひげがはえるぞ!」


と逆に叱られた。
 

 やはり、女子。
 弁が立つ。

 まあ、そんなおしゃれさんには、
おしゃれで元気づけるのが一番じゃないか、と思ったわけだ。

 かくして、翌日、
仕事が終わった後、長女と四男を連れ、最寄りの西松屋に行ってみた。

 「この紺のワンピースとこっちと、これと、どの水着がいい?」
と、割と地味めの水着を並べて選ばせようとすると、
長女は、迷わず
「あれ!」
と、私の肩越しに、ひとつの水着を指さした。

 「え?」と、後ろを振り返ると、
そこには、ピンク地に赤や青や黄色や白の細かいストライプが入った、
シャープなラインの、めちゃめちゃちっこい水着がかかっていた。
 胸の部分は、ブラジャーのように三角が二つ並び、
細い肩ひもがついていて、背中は、大胆に開いて、
腰には、ミニスカートが付いている。

 「え〜〜〜! これ?! ちょっと派手すぎない?」
と、私と四男が叫ぶと、
「これしか着たくない」
と言う。

 堅い決意だ。
 もう、彼女の中では、完全に決定済みだ。

 値段を見ると、たくさんある中でも安い方だったので、
「ま、いっか」
と、買うことにしたが、その水着売り場の前にある靴売り場で、
長女が「欲しいものがあるの」と言いだし、一歩も動かなくなった。

 私は、他にも買わなければならないものがあったので、
長女を四男にまかせ、そちらに買いに行き、
戻ってくると、まだその場にいた。

 「お母さん! これ買いたいって言って聞かないよ!」
と四男が言うので、長女の足もとを見てみると、
キラキラの光り物の飾りが付いた、
ピンクのローヒールのパンプスを履いている。
 まるで、シンデレラのガラスの靴のようなシルエットで、
「これ、子供もの?!」
と思わず叫ばずにはいられないほど、ませたデザインだった。

 「これ買う」

 ああ、また決定事項のようだ。

 でも、この間、靴は、買ったばかりだ。
 今日は、買う予定無し。

 「これ〜、すんごく可愛いねえ! でも買えないよ。今日は、水着だけね」
と言うと、
「買う」
と言い、例のごとく、背筋をすっと伸ばし、
スカートのすそを両手で持って、
お姫様のようなポーズをしている。

 「買うのでしゅ」

 ああ、ダメだ。
 あごが上がって、まっすぐ天井を見ている。
 姫が憑依しているのか?

 「あっの〜、姫、今日は、靴は買えませんが」
と言うと、
「買〜う〜ん〜だよぉ〜〜〜!」
と、だみ声で叫び、地団太を踏んで、本性むき出しになった。

 私は、
「姫、お里が知れますよ」
と言い、グズグズ言う長女を置いて、さっさと会計を済ませてしまった。

 「4980円です」
と言われ、
(ん? 高いなあ! 水着か? ソックスと肌着、間違って高いの買っちゃったかな?)


と思いながら支払いを済ませ、車に乗り込んで帰路についた。

 そして、家に帰って包みを開けてみると、
中に、しっかりと先程のシンデレラの靴が入っているではないか?!
 私に気付かれないように、カゴに素早く投入していたのだろう。

 「ひ〜〜〜め〜〜〜! いつの間に〜! 手が早すぎますぜ〜!!!」
 私がそっくりかえって叫んでいると、
「お母さん、ひげが生えますよ」
と注意された。

 (お前こそ将来手が後ろに回るぞ)
と、心の中で毒づいていると、
長女は、しら〜ん顔で、水着を着て、シンデレラの靴を履き、
すっかり海辺のイケイケお姉さんに扮していた。

 薄暗い台所で何回も回転し、
鏡に姿を映しては、背中越しに鏡の中の自分にウインクしている。

 (末恐ろしい・・・・・・コヤツ、私の母の性格にそっくりじゃないか!)
 私が、げっそりしていると、突然、
「これでお外歩く!」
と言いだした。
 「いやいやいやいや、水着で外はダメ! 第一、まだ寒いから!」
と言うと、
「じゃあ、普通の服と、この靴で〜!」
と言う。

 夕飯の支度をする時間だったので、
「また今度ね」と断ると、
「ちょっと! じいに電話してよ」
と言う。

 「じいは、もう、夕方だから、お酒飲んじゃってるよ。ダメダメ」

 「じゃあ、バアバ」

 「ええ〜〜! やだよ。そんなの〜」

 「いいから、ちょっと電話だけ掛けてみてよ! 後は自分で頼んでみるから〜!」
と言う。
 しょうがないなあ、と近所の実家に電話を掛け、受話器を長女に渡すと、
「うん、そうなの。それでお外をバアバとお散歩したいの。バアバが大好きだから」
と、鏡に向かってシナを作りながら話している。

 受話器を受け取ると、もう切れている。

 5分ほどして、エプロン姿の母がやってきた。

 「何だってぇ? お姫様の靴買ったんだってぇ?」
と、ひゃっひゃひゃっひゃ笑いながらやってきた。

 「見てよ、この靴の先のとがり方! 将来絶対ケバくなるよ、この人!」
と私が言うと、
「あたしの好きな形」
と母は言い、目にも留まらぬ速さで長女を連れてどこかへ行ってしまった。

 さすが電電公社で働きながら
夜は美人喫茶で真っ赤なドレスを着てバイトしていた元不良娘!
 いいコンビだ。


 その晩、何度も水着姿を家族に披露した長女は、
週末、ご機嫌で過ごしていたが、
月曜日の朝には、猛烈にぐずり出した。


 「幼稚園行きたくない!」

 中学生、高校生の兄たちは、ハッとして、静まった。
 詰襟のホックを留める手が、
ネクタイを締める手が、
弁当をカバンに入れる手が、止まった。
 みんな凍りついたように固まっている。

 自分の身内から聞きたくない言葉がキターーー、である。

 「わがまま言わないで行きなさい!」
うろたえながら、次男が怒鳴った。

 「幼稚園に友達いないのか? 誰か優しい子いないの?」
三男が、矢継ぎ早に長女に聞いた。

 「嫌なことされたら、先生に助けてもらえばいいんだよ」
長男が言った。

 「い〜や〜だ〜! お母さんと一緒じゃないと行かない〜!!!」
 長女は、私にしがみついて泣きじゃくり、離れない。

 「う〜〜〜む」
 私が長女を抱きしめながら困惑していると、
四男がニコニコしながら長女の目を覗き込み、
「先生に水着見せてあげたら!」
と言った。

 キラッ!

 ・・・・・・と、長女の目が光ったのが見えた。

 「今日、プール入る?」
長女が聞くので、
「今日は寒いから入らないと思うよ〜」
と言うと、
「やだ! 入る〜!」
と、また泣き出した。

 「先生に電話でお願いしてみたら?」
 長男が言った。
 「えっ?」と思って長男を見ると、
今度は、長男の目がキラン、と光った。

 (はは〜〜〜ん)

 私は、
「そうだね! 先生に電話してお願いしてみよう」
と言い、電話の受話器を上げ、プ――――、という音に向かって言った。

 「あ、チューリップ組の○○です。はい。
 はいはい、いつもお世話になってます〜。
 それで、お願いなんですけど、
 今日、プールをお願いしたいんですけど。
 はい・・・・・・はい・・・・・・。
 あ〜〜〜〜〜! そうなんですかあ!
 はいはいはい! じゃあ、あれですか。
 今日、私が先生にプールをお願いしたので、
 明日、先生がプール屋さんに電話して、
 あさってプール屋さんがお水屋さんに電話して、
 しあさってお水屋さんが山にお水を取りに行ってくれるんですね?
 あ〜〜〜、はいはい。そうですか! そうしてくれますか!
 ありがとうございます〜! よかったです〜〜〜! はい〜〜〜!
 じゃあ、よろしくお願いしま〜〜す! さようなら〜!」

 「よかったねえ! あと何回か寝たらプールにお水が入るかもしれないって!」
私がイヒヒヒと笑いながら長女に向かって行くと、 

 「やった〜〜〜!!!」
と、長女は、買ったばかりのプールバッグを肩に掛け、くるくる回った。

 4人の兄たちは、横目で私の方を見て、口々に(いや、目々に?)
(お母さんよくやるよ)と、目で言っている。

 「可愛い水着、みんなに見せてあげちゃえば?!」
次男が言うと、
「『可愛いね』って言うかも!」
と、長女は、ニカニカ笑った。

 「何個寝たらプール?」
と聞くので、
「みんなが水着買ったらね! だって、まだ水着買っていない子もいるもん!
 誰かが水着無くて、裸でプール入ることになったら、どうする?
 可哀想だと思わない? パイパイとか、おまたとか、出ちゃっていいの?」
と言うと、
「ダメ〜〜〜! 恥ずかしい!」
と長女は叫んだ。

 「そうだよね〜! 可哀想だから、みんなの水着が揃うまで、
もうちょっと待ってあげてくれる? できるかな?」
 そう聞くと、
「うん! ・・・・・・あと、チンチンも!」
と言う。

 「そうだね、チンチン丸出しだと可哀想だよね。誰かに踏まれたら、チ〜〜〜ン、だよね」
と言うと、いつの間にか背後に立っていた次男に
「お母さん!」
と、上から怒られた。

 「お母さん、恥ずかしいよ! ひげ生えるよ!」
 長女にも突っ込まれてしまった。



  (了)

(子だくさん)2010.5.11.あかじそ作