「 見渡せば他にも子供が 」


 三男が、「悪い仲間」に「今日付きあえよ」と脅されても、
断れるようになってきた。

 最初は、彼らが他の子に気をとられているすきに逃げ帰ってきて、
次の時は、「今日は用事があるから」と言い捨てて逃げた。

 また、その次は、
「今日は行かない」
と言うと、
「無理! 今日こそ逃げたら潰す」
と、ゴリ押しされたが、
「行けないものは行けない」
と言って、誘いを断った。

 そして、その次は、
「嫌だ」
とハッキリ言った。

 何度がボカスカ殴られたが、めげずに断り続けていたら、
「悪い、やりすぎた」
と、向こうからあやまってきたと言う。

 「今日で8回連続断れた」
と、三男が言っていたので、私もホッとしていたが、
先日、ボス格の子に借りたバッティンググローブを無くしたとかで、
2000円弁償させられた。
 お金を払った後もなかなか帰ってくれず、
しばらくわが家の玄関先で粘る彼におびえ、
三男は、玄関のチェーンを掛けてベッドにもぐりこんでいた。

 まあ、一進一退、というか、
3歩進んで2歩下がる、というか、
ともかく、三男は、
自ら「ワルたちと縁を切る」という方向に進もうとしていることは、
評価できることだ。


 「やれやれ」

 ここのところ、私の眉間には、深いしわが寄ってばかりで、
眉が開くことがない。

 だいぶストレスもたまってきている。
 そろそろ飽和状態だ。

 このまま放っておくと、また体調を崩してしまう。
 現に、もう、ストレスから免疫力が落ちて、
口内炎やら外耳炎やらを起こしている。

 この辺でいっちょ、大きく深呼吸して、
心の寄り目を直さなければならない。


 ふと、夕飯のときに、食卓を見回せば、
三男以外にも、
高3の長男、高1の次男、小5の四男、年中さんの長女が、
直径150センチの巨大ちゃぶ台を囲み、
テレビのバラエティ番組を見ながら笑っている。

 私は、三男以外の子の事を考えるのを、
少しの間、お留守にしていたかもしれない。


 私は、さっそく、長男に話しかけてみた。
 「一日で物凄く日焼けしたけど、今日の体育祭どうだったの?」

 長男は、テレビの画面から目を離して、私の方に向き直り、
口の中のご飯を急いで飲み込んだ。
 そして、喉にご飯が詰まったのか、胸をたたきながら、
興奮してこう言った。

 「お母さん、今日、凄かったんだよ! 綱引きが!
 8クラス中、理系クラスの1組と2組が決勝に勝ち残ったわけ。
 で、みんなで作戦会議やってさ、
運動部でがっつり固めてきた2組にどう対抗するか考えたわけ!
 で、ガリ勉クラスの1組が、
力の2組に勝つためには、頭を使うしかない、ってことになって、
物理的に最高の力を発揮できる角度とかを、全員で考えたわけ。
 みんなで校庭の隅の地面に、棒きれで計算式何十通りも書いてさ、
その通りにやったら、
物凄い接戦の末に、うちら1組が優勝したんだよ〜!」

 「ええ〜〜〜!!! 面白いそれ〜!」

 「みんなできっちり60度の角度で上を向いて、
体をまっすぐに伸ばしてさあ、
ミシミシ引いていったんだよ。
 うお〜うお〜叫んで、気合いで攻めてくる相手に、
冷静に理詰めでキチンキチンと引いていって、勝ったんだよ!
 ひょろひょろのメガネくんばっかりのクラスがだよ! 凄くない?!」

 「すごい!!!」
 家族みんなで叫んだ。

 「勉強って面白いんだな、って、初めて思ったよ!」
 長男は、興奮して叫んだ。

 うんうん、とうなづきながら三男をチラリと見ると、
長兄の話を目を丸くして聞いている。


 次に、
「アンタの高校の体育祭は、どうだったの?」
と、次男に聞くと、
「僕の方は、散々だったよ」
と、視線を、片手に握った携帯からこちらに向け、
次男は、言った。

 「【クラス対抗大縄跳び】っていう競技があるんだけどさ、
中国人留学生の男子で、キザなイケメン君がいるんだけど、
その子が背高いから縄回す係になってさあ、
でも、全然ちゃんと回さないんだよ。
 縄の担当ってさ、足を開いて大きく腰を落として、
腕いっぱい伸ばして回さなきゃいけないのにさあ、
『そんなカッコ悪いポーズは取れないよ』って、すましちゃって、
物凄くすかしたポーズで、小さくしか回さないんだよ〜!」

 「ええ〜! 何それ〜!」

 「みんな怒って『ちゃんとしようよ〜!』って言ったんだけど、
『じゃあ、君替わってくれよ』って言って僕に縄渡しちゃってさあ、
でも、僕、背低いから全然ダメだし・・・・・・」

 「困ったもんだねえ」

 「その子さあ、
『僕、【一人っ子政策】で甘やかされて育ってるから無理』
って言うんだよ〜。
自分で言うか、そういうこと〜!」

 「あっはははは・・・・・・」

 「まあ、リアルに中国の政策の実態を実感できちゃった、みたいな?」

 「ははは、そうね! ある意味勉強になったわな」


 キョト〜ンとしている、三男四男。
 そもそも【一人っ子政策】を知らないから話に乗れていない。


 「今日は、お母さんと一緒に
妹の保育参観に行ってみてどうだった?」
 今度は、四男に話を振ってみた。

 「僕、複雑だったよ・・・・・・」
 四男は、箸を揃えてパチンとちゃぶ台に置いた。

 「タカヒロくんと、いちゃついちゃってさ!」

 そうそう。
 四男は、本日、
生まれて初めて味わった感情に戸惑っているのだった。

 幼稚園で、長女の隣の席の男の子が、噂の「タカヒロくん」だった。

 入園以来、お友達の名前を聞いても
「知らな〜い。おうちに帰ってくると忘れちゃ〜う」
と言っていた長女が、唯一フルネームでハッキリ覚えていて、
家でもよく話していたボーイフレンド、「タカヒロくん」だ。

 終始手をつないで見つめ合う長女と「たかひろくん」。
 家では、決して見せないキラキラのお目々で、
「タカヒロくん」の表情をしょっちゅう覗き込む長女。

 「まあ〜、ほほえましいわあ」
と、私は、思っていたのだが、
隣に立っていた四男が、
時々、片足をダンダンと踏みならしていたので、
「どした〜?」
と聞くと、
「僕の大事な妹を〜!!!」
と言う。

 「ん? お前、やきもち焼いてるのか?」
と聞くと、
「違〜う! もう! 妹盗られた!!!」
と言い、明らかにイライラしている。

 四男は、いつもニコニコ微笑んでいることが多いのに、
参観中は、終始不機嫌で、
時折、たまりかねたように「も〜う!」と言っていた。

 「花嫁の父か!」
と、突っ込むと、
「違うよ〜! そんなんじゃないってば〜!」
と、ますますイライラをつのらせていた。

 そのことを食卓で他の子供たちに報告すると、
兄たちは、みんなで「あ〜っはっはっは!」と笑いながらも、
全員目が笑っていなかった。

 (えええええ〜〜〜!!! 花嫁の父が4人!
  いや、本当の父入れたら5人じゃないか!
 ええええええ〜〜〜!!! )

 これには、びっくりだった。

 これじゃあ、将来、長女の結婚式では、
号泣する者あり、
怒り狂う者あり、
酔って暴れる者あり、
ふてくされて来ない者あり、で、
大変な騒ぎになりそうだ。

 先が〜〜〜! 先が思いやられる〜〜〜!


 長女に、この件についてコメントを求めてみる。
 「タカヒロくん、大好きだもんねえ」

 すると、即答で「うん!!!」だった。

 兄たちは、もう誰も笑っていない。

 私は、話を逸らそうと、
「幼稚園では、自分の名前をちゃん付けで呼ばないで、『わたし』って呼んでるの?」

と長女に聞くと、
「そうだよ。『わたし』って、いってるよ」
と言う。

 「タカヒロくんは?」
 しまった! ついつい聞いてしまった。

 「タカヒロくんは、『ぼく』って、いってる」
 長女は、鼻高々で答える。

 「へえ〜〜! 二人ともお兄ちゃんお姉ちゃんぽいね!」
と、私が言うと、
「あ! そうだ!!!」
と、長女は、叫んだ。

 そして、言った。

 「あした、ようちえんでタカヒロくんに、いおうっと。
 じぶんのこと『わたし』『ぼく』って、いえて、
 おにいちゃん、おねえちゃんぽいね、って。
 ・・・・・・そして、けっこん!!!」

 すると、兄4人が、ほぼ同時に叫んだ。

 「『そして結婚』って!」
 「展開早すぎ!!」
 「『そして』も、『結婚』も、いつ覚えた!」
 「子供がそんなこと言っちゃダメ〜!!!」


 「まあまあまあまあまあまあまあまあ」
 私は、兄4人をなだめながら、
心から思った。


 ああ、子供がたくさんいてよかった!

 私のような主観的でクソ真面目な人間は、
子供一人だけを注視していると、
感情が入りすぎて頭がおかしくなりそうだけど、
いつも子供全員を見渡していれば、
いろんなヤツがいて、いろんなことがあり、
喜んで、怒って、哀しんで、楽しんで、
そして、みんなで、
笑って、笑って、大笑いして、
勝手に心のバランスがとれてしまうではないか?


 見渡せば、私は、全然ひとりじゃなかった。

 毎日、美味しいミックスジュースの中を泳いで暮らしているではないか。



       (了)

      


(子だくさん)2010.6.8 あかじそ作