「 コーヒーを飲みたいだけなのに 」 |
基本的には、インスタントコーヒーは、某ブランドが好きだった。 他のメーカーの物と比べると、 自分の好みに合っているような気がしたからだ。 「どこのだ、これ」 「なんて読むんだ、このつづり」 というような、輸入物の得体のしれない安いインスタントコーヒーを買うと、 大抵、粉っぽかったり、焦げ臭かったり、 「これ、売り物として使いものにならない規格外の豆使ったでしょ」 という感想しか浮かばず、 「うまい」どころか、「まずい」と言うだけでは気が済まないくらい悔しくなる。 だから、ちょいと高めだが、日本のインスタントコーヒーの中では、 お高めの某ブランドを特売の時に買うのだが、 そのコーヒーでさえも、また、 飲んでいて、なぜか「コーヒーの一服感」が全然感じられないのだった。 「何が足りないのだ?」 いろいろ考えたが、どうも、香りが物足りないような気がするのだ。 確かに、新品の紙の封を開けた瞬間の香りはいい。 瓶の縁に鼻を近づけて、 いつまでも目を閉じてクンクン香りを嗅いでいたいくらいだ。 ところが、もう数日、いや、数時間したら、 そのかぐわしい香りは、完全に飛んでしまう。 もう、「コーヒー味のお湯」にしか感じられなくなってしまう。 そして、ある日、ふと気がついた。 「もしかして、私、レギュラーコーヒーしか受け付けないブルジョアのお口なんじゃあ?!」 それで、今度は、レギュラーコーヒーを飲み比べてみよう、と、 とりあえず、スーパーで売っているレギュラーコーヒーを買ってみた。 すでに粉に挽いてあるものを買って飲んでみたが、 時間を掛けてドリップした割には、あまり旨くない。 「いやいやいや、インスタントコーヒーより旨くなくちゃオカシイでしょ!」 と何度も何度も淹れて飲んでみるが、 どうも旨くない。 挽いたコーヒーは、冷凍庫で保管すべき、 と、どこかで聞いたことのある保管法をしっかり遵守しても、 やはり、旨くない。 いや、むしろ、まずい。 手間を掛けて、更に、まずい。 ダメだこりゃ。 で、「やっぱ挽いて売ってる物は香りが飛んじゃっててダメだろう」 ということで、今度は、豆の状態で売っているものを、 スーパーのコーヒー売り場に設置してある自動ミルで挽き、 それを家に帰って速攻淹れて飲んでみた。 「ん? 旨・・・・・・くない」 なんで〜?! それでも、使い切るまで我慢してそれを飲み続けるのだが、 我慢して飲む割には、ドリップする手間が掛かり、 その淹れている間、ジレンマに苦しむ。 「う〜む、やっぱり、コーヒー専門店で豆買わなくちゃでしょ」 と、若干敷居の高いコーヒー専門店で豆を買う。 敷居も高いが、値段も高い。 で、一番お安い豆を買い、挽いてもらって家に帰る。 「いつもより張り込んだんだから、きっと旨いはず!」 が! 思ったより旨くない。 「何でよ〜〜〜!」 やはり、挽きたてを飲まないとダメなのだ。 香りは、挽いた直後から、どんどん逃げて行ってしまうのだ! しばらくまた、我慢して飲み続け、 やっと使い切った直後、 また、あの敷居の高いコーヒー専門店に行き、 今度は、豆の状態で買ってみた。 全身黒づくめで、その上に茶色いエプロンをした、すかした女店員に 「豆のままで」 と、斜に構えて注文した時、店員の目がきらりと光り、 (ツウなのですね?) という、粉で買った時とは違う一目置いた視線に、 (ええ、若干こだわりがありましてね) といった、すかした笑顔で返した時、 「ああ、これがブルジョアへの扉が開いた瞬間!」 と、内心ほくそ笑み、 そして、店を出た直後に猛ダッシュして家に帰ったのだった。 早く! 1秒でも早くこの豆を挽いて飲むのだ! 豆を挽いたら、その直後に飲むのだ! 今までみたいに、ミルクも、砂糖も、入れるもんか! 私は、大人への一歩を踏み出したのだ。 ブルジョアへの扉が開かれたのだ。 もう、元へは、戻れない。 インスタントな人生よ、さらば、だ。 ところが、家について気がついた。 我が家には、ミルが、無いじゃないか!!! こんな基本的なことを見落としていたなんて・・・・・・! その直後、何かに導かれるように電話が鳴り、 実家の母が、今晩のおかずを一品寄付してくれる旨を連絡してきた。 その時に、私が、ミルが無いのに豆を買ったことを告げると、 「うちにミル付きのコーヒーメーカーがあるからあげるわよ」 と言うではないか? すぐに、実家に、おかずとコーヒーメーカーを取りに行き、 急いで豆をコーヒーメーカーにセットしてみた。 すると、スイッチが入ったとたんに、 小気味のいい 「ガリガリガリガリカリカリカリカリリリリリ・・・・・・」 という音と共に、 フワ〜ン、と、コーヒーの香りが立った。 「これこれこれこれ!!!」 これじゃんか! この香り! この香りを求めていたのだ、私は! やがて、コーヒーメーカーは、 「ポコポコポコポコ・・・・・・ポコポコポコポコポコ」 という心地よい音を立て始め、 少しづつ熱湯を噴き上げては、 (外からは見えないが)機械の中で挽いた豆を いい感じでドリップしているようだった。 カチッ、と音がして、スイッチが切れたので、 キャッキャして飛び上がりながら出来上がったコーヒーをカップに注いだ。 が・・・・・・ コーヒーメーカーの中に残っている濾した後の豆のカスを そのまま放置しておくのが気になって、 急いで二つも三つもある蓋を開け、 複雑な形の部品を何種類も取り出し、 最後にコーヒーフィルターを取り出した。 ん?! んんんんん?! なんじゃコリャ〜〜〜〜〜。 挽いたコーヒーの粉は、 80パーセントは、コーヒーフィルター内に落ちているのだが、 残り20パーセントは、部品内にぶちまけられており、 そこに粉が入っちゃダメでしょう、という部分にまで入り込んでしまっている。 それでもめげず、急いで部品類を洗った。 コーヒーの汚れは、コーヒーの脂で意外とベタベタとしつこく、 洗剤でかなりごしごしこすらないと落ちなかった。 そんなこんなで部品全部を洗い終わり、 カゴの中に全部干すと、結構かさばってしまうのだった。 (な〜〜〜んかな〜〜〜) と、少し気分が落ち込んできたが、 思い直して出来上がったコーヒーを飲んでみた。 「う・・・・・・う・・・・・・旨い!」 と、言うほどではなかった。 まあまあだった。 普通なのだ。 普通の「れぎゅらあこおひい」という感じだった。 散々テンションが上がった後だけに、 何だか淋しすぎて、 自分の気持ちがみるみる沈んでいくのを、 気付かないふりをすることにした。 山盛りの洗いものと、 普通の「れぎゅらあこおひい」を飲み込むのを、 豆が無くなるまで我慢しながら続けて、 やっと「ノルマ」を終わらせた。 ああ! ただただ、コーヒーを飲みたいだけなのに! なぜ、 「ああ、コーヒー美味しい!」 の、ひとことを漏らすことすらできないのだ! なぜなんだ! いろいろ調べてみると、 紙のコーヒーフィルターを使うと、 コーヒー独特の風味のある脂を紙に吸われてしまい、 イマイチになってしまうのだ、ということだった。 そして、私がたどりついたのは、 「水出しコーヒー」だった。 まず、コーヒーの豆を挽き、 挽いた粉を、ネット状の細長い濾し器に入れ、 水出しコーヒー専用ポットにセットする。 水を少しづつ注ぎながら、粉をかき混ぜ、粉を濾していく。 できれば、水道水ではなく、美味しい水がいい。 それをポットに満タンまで入れたら、 冷蔵庫の中で、だいた8時間ほど置く。 時間をかけて、ゆっくりコーヒーのうまみを抽出するらしい。 そして、8時間経ったら、粉の入った器を出すのだ。 昔は、大げさな機械で一滴一滴ぽたぽた落として、 物凄く手間ひま掛けて一杯の水出しコーヒーを淹れていたというが、 今は、器具も普及して、作り方も簡略化され、 だいぶ一般化しているらしいが、さて、味はどうか? ん??? うんうんうん。 まあ・・・・・・まあ・・・・・か? 今までのものよりは、確かに香りがある。 香りが、少し残っている、とでも言うべきか。 ま、いっか。 「旨い」って言ってみようか? 旨い旨い。うん。旨いよ・・・・・・ねえ? ポット一本飲みきって、 最後にポットの底に残った細かい粉のカスが、 カップに入ってしまい、それを飲んでしまったら、 「うぐ!」っとなった。 そうか。底に沈んだ出し殻は、飲んじゃダメなんだな。 そうそう、それは、ダメだな。 旨いものも、旨くなくなる・・・・・もんねえ。 旨くなくなる? 旨くない? えええええ〜〜〜?! こんなに手間ひまかけて、ポットもミルも用意して、 旨くない〜〜〜?! どうすりゃあいいのよ、これ〜?! やっぱ、最高級の豆じゃなきゃダメなの〜?! 金積んで旨いのは、当たり前じゃない! 日常生活の中での、ちょっとした一服、という程度の価格じゃなきゃ、 値段が気になっちゃって、美味しく飲めないじゃないのさ〜!!! もう!!! 「コーヒー旨い」って思いたいだけだってのにぃ! 私、どんだけコーヒーに関してだけ舌肥えてるの〜?! なんで〜〜〜?! 絶望にも近い気持ちで、冷蔵庫を開けると、 中に、小学生の息子が買ってきた、 1リットル100円のコーヒー牛乳が入っていた。 やけくそで飲んでみた。 旨い・・・・・・ 旨い・・・・・・ 旨〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!! 旨〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!! 旨〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!! 結局、わたしゃあ、 お口がお子ちゃまだったってことか! やっぱね! やっぱね!!! (了) |
(話しの駄菓子屋)2010.6.22.あかじそ作
|