「 裁縫王子 」


 小5の四男は、物心ついたころから、
裁縫する私の横にいつもぴったりくっついて見ていた。

 そして、
「僕もやりたい」
「ちょっとやらせて」
と何度も言ってきていた。

 ところが、私は、忙しさとめんどくささで
「もっと大きくなったらね」
と言って断ってきた。

 四男は、3人の兄たちが、
家庭科で作ってきたエプロンや手提げを
びっくりするくらい大げさにほめちぎり、
「こんなの自分で作れるなんてすごい、僕も作りたい」
と、いつまでもいじっていた。

 そして、四男も小学5年生になり、
やっと学校で念願の裁縫セットを購入することとなった。

 「お母さん、裁縫箱来た!」
 「お母さん、今日玉止め習った!」
 「お母さん、ボタンつけってすごいね!
 ボタンって言っても、二つ穴とか四つ穴とか足つきとかあるんだって」
 「ボタンつけでは、僕、一番足つきが好きだなあ」

 などと、私が炊事洗濯に必死になっている横で言っていたような気がしたが、
ついつい忙しくて聞き流してしまっていた。

 そして、つい最近、部屋の隅に転がっていたフエルトを見つけ、
「これ、もらっていい?」
と、すごいテンションで聞かれたので、
「別にいいけど」
と答えると、さっそく四男は、自分の裁縫箱を広げ、
フエルトを魚の形に切り、縁に運針で飾り縫いをし、
足つきのボタンで目を付けた。

 「お母さん、どう?」
と言うので、
「あ、可愛いじゃん。学校で習ったの?」
と聞くと、
「ううん。今度縫い方習うんだけど、もう、我慢できないから、自分で考えて縫った」


と言う。

 「え? まだ習ってないの?」
 改めてその作品【フエルトの魚】を見てみると、
たどたどしい縫い目ながらも、何とも言えない哀愁を帯びていて、
金色のボタンの目などは、キラキラと揺れながら輝き、
【僕、生まれたんだ! 生まれたくて生まれたくて、やっと生まれたんだ!】
と叫んでいるかのような、物凄いエネルギーを発しているのである。

 「こ、これ、すごいね・・・・・・」
 私が、手にとってマジマジと眺めていると、
四男は、
「何か布もらっていい?」
と言うので、
「2階の和室の押し入れの中の衣装ケースに
たくさん布入ってるから、好きなだけ使っていいよ」
と答えると、
「イエ〜〜〜イ!!」
と叫びながら2階に駆け上がって行った。

 その後、茶の間で家族がテレビを見ながら大笑いしている中で、
四男は、一心不乱で何かを縫っていた。

 見ると、そこには、3センチほどの大きさのヨットパーカーがあった。
 そして、四男の手元には、それに合わせたズボンとブーツがあった。
 
 「何それ! 可愛い!」

 私が、叫ぶと、四男は、パッと顔を上げ、
「こうやって使うんだよ!」
と、それらを2本のチャコペンシルにかぶせ、
鉛筆カバーにして見せた。

 「おおおおお!!!」

 これには、中高生の兄たちも歓声を上げ、
「すげえ・・・・・・」
と絶賛した。

 四男は、まだ学校で玉止めと運針とボタンつけしか習っていないし、
私は、何も教えていない。

 それなのに、もう、四男は、
オリジナルの作品をどんどん作っている。

 確かに、図画工作は、幼いころからズバ抜けて得意だった。
 幼稚園でも、小学校の低学年の時も、先生たちから
「お母さん! この子の絵は、他の子と全然違う! 
 本格的に美術を習わせるべきです!!!」
と強く言われてきたが、
「うちの子たちみんな図工好きなんですよ〜、はははは〜」
で済ませていた。

 私の父方の親戚一同、みんな、
図工がめちゃくちゃ好きで、めちゃくちゃ得意だった。
 その工作が高じて、父は、自分ひとりで家を建て、
私が3歳になるまで、家族でそこに住んでいた。

 母方の親戚は、職人で、
みんな手先が器用で、死んだじいいちゃんなどは、
本当に腕のいい金型職人だった。

 母は、裁縫や縫い物が得意で、
家にあるファブリックは、みな母のお手製だ。
 バッグも、服も、財布も、パッチワークも、セーターも、座イスカバーも、
何もかも、母のオリジナルなのだ。

 こういう環境で育ったので、
私も、小さい頃から当然のように縫い物も編み物もやり、
家具も作れば、ペンキも塗るし、トイレや洗面所のタイルも貼る。
 子供に難しい説明をするときは、
必ずチラシの裏にイラストに描きながら解説するし、
着古した服は、捨てずにパッチワークで他の物に縫い直している。

 そんなわけで、子供たちも、自然と、
「遊ぶ」=「作る」という感覚が育ち、
家では絵を描いたり工作をして遊ぶことが多かった。

 だから、四男が、縫い物に夢中になっていることも、
その延長だと思ってあまり気に留めていなかったのだが、
改めて注目してみると、
これがなかなかたいしたものだ。

 常にマイ裁縫箱を手放さず、
帰宅後、宿題を終わらせると、すぐに作品製作に取り掛かっている。

 裁縫箱が来てから、
テレビも見ないし、ゲームもしない。
 ひたすら裁縫をしている。


 ああ、そういえば、
2歳ころから縫いたくて縫いたくて仕方ないのを、
ずっと待たせていたんだっけ。
 待ちに待っての、「裁縫遊び」というわけだ。

 私が肌掛け布団をキルティングしているのを、
飽きずにいつまでも眺めていたり、
小さくなって着られなくなった服を巾着に縫い直したり、
ジーパンをバッグに直してあげたものを、
いつまでも愛用してくれているのは、
この四男だったっけ。
 私の裁縫を、
「お母さん楽しそうに遊んで、いいなあ」
という目で見ていたのか。

 「僕、図工も好きだけど、家庭科も大好きだよ!
 絵や工作は、飾るだけのことが多いけど、
縫い物は、道具とか洋服とか、
生活で使えるから、すごいよね!」
と、言う。

 おとなしくて引っ込み思案の四男だが、
今、家族の中で一番、夢と希望に燃えている。

 目を輝かせて、ものづくりにまい進する息子に、
「一番の宝物は?」
と聞くと、四男は、ピョンピョンとび跳ねながら言った。

 「2年生の時にお母さんに縫ってもらった、アレだよ。
 ちっちゃいパーカー型のペットボトルカバー!」


 毎日の大量の家事や雑事に身も心もすり減らし、
夢も希望も見失いがちだった私は、
四男のこのひと言で、
「今ここに、自分も、生きているんだ」
という事実を思い出した。


 希望に輝く裁縫王子の原型を作ったのは、
何と、私のものづくり魂だったってか?!


 未来を作る人たちを・・・・・・

 私は、作っていたのか?!


 な、な、な、
なんという偉大な工作!!!


 裁縫王子よ、ナイス、運針!!!
 もとい、
 ナイス、親心チャージ!!! 

 育児という重労働に、
夢と希望が注入されましたぞ!!!



 (了)

ペンシルキャップ
製作時間2時間
給食ナプキン
製作時間4時間

(子だくさん)2010.6.29.あかじそ作