「 きた! エスニック 」


 大学時代、私は、地元千葉のブティックで、
「ハウスマヌカン」のバイトをしていた。

 物凄くしっぽの長いポニーテールをゴールデンポイントで結んだり、
襟足を刈り上げたショートカットにしたり、
後ろは短く、横の髪を斜めに長く伸ばしたり、
派手なソバージュにしたりして、髪形にもこだわり、  
着る物は、極力一点物を選んでいた。

 たいてい、着る服は、自分でデザインして手縫いで作った。
 店で買った服は、
必ず自分で手を加え、リメイクして着た。

 カラーのレースを編んで襟周りを自分流に飾ったり、
自分で縫ったバッグを日替わりで使っていた。

 変わった帽子を被ったり、
バンダナや好みの布でリボンを作り、髪にリボンをしていた。

 安く買った材料を組み合わせ、工夫して、
世界でひとつの、自分だけのおしゃれを楽しんでいた。


 ところが・・・・・・

 夫と結婚してから、全然おしゃれできなくなってしまった。
 とにかく、金が全然無いのだ。

 おしゃれどころか、その日食う物にも困り、
働いても働いても、家賃と食費に消えた。

 気付くと、私は、結婚した1990年頃から、
ほとんどおしゃれをしていない。

 いや、「おしゃれをしていない」のではなく、
「おしゃれをする気持ち」を失ってしまった。
 ろくに眠らせてもらえないような、
猛烈にキツイ子育ての中で、
「おしゃれをする気持ち」どころか、
「自分への期待」も「未来への希望」も失った。

 服を買ったとしても、店で一番安いもの。
 好みとか関係なく、
ワゴンにぎゅうぎゅうに盛られた売れ残りの安物ばかり買った。

 初めての子供には、新品を買ってやったが、
次男三男四男は、みんなおさがりを着せていた。

 そして自分は、バブルの頃の服を20年もとっておいている。

 バリバリに肩パットが入っている、スーツにコート。

 太いベルト。
 派手派手ボレロ。
 金のでっかいボタンが必要以上にキラキラたくさん付いているジャケットに、
 原色のボディコンスーツ。

 20年、
それは、2階のクローゼットの奥にいまだに眠り、
冠婚葬祭のたびに引っ張り出され、
散々試着した挙げ句、
「こりゃダメだ! 何だ、このバランス! 昭和! バブリー! 絶対今着られないって!」
と、持ち主に揶揄され、
しかし、捨てられることなくまた、
クローゼットの奥へと収納されてゆくのであった。

 化粧品だってそうだ。

 瞼にバッチリ塗り込む水色のアイシャドー、
キラッキラのパールピンクの口紅。
 「前髪クルックル」にセットするためのカーラー。

 これらは、さすがに時代錯誤なので使わないが、
水色アイシャドーと一緒にセットされている茶色や黒は、
いまだに現役だ。 

 20年前のアイシャドーがまだ使い終わらないのもどうかと思うが、
ともかく、20年近く乳幼児が大人数ぎゃあぎゃぎゃあぎゃあ泣いている暮らしだと、

化粧もなかなかできない状態だった。

 勤めに出るようになって、やっとファンデーションを塗るようになり、
口紅をひくようになった。

 だが、それは、あくまで「大人としての身だしなみ」であって、
下着を付けたり、髪をとかしたりするのと同レベルのもので、
決して自分のおしゃれのため、自分を綺麗に見せるため、
という目的ではなかった。

 ともかく、もう、「生活」「生活」、また「生活」で、
あんなに大好きだった「おしゃれ」が、
食うや食わずの生活の中で、
優先順位最下位になってしまっていたのだった。

 あえて何かこだわりがあるとしたら、
「安くて機能的」という一点だった。

 安い上に、立体裁断のショーツ、とか、
安い上に、水虫になりにくい5本指ソックス、とか、
安い上に、汗を早く乾かすTシャツ、とか、だ。

 「安い上に」が無いと、何も手が出せないので、
まず、一番の選択項目が、「安い」なのだ。

 色柄なんて二の次、三の次。
 数少ない服を合わせやすいように、
無難なジーパンとチノパン、
そして、それに合わせやすい、
グレーや白やブルーなど、無難な色柄のTシャツと、定番の型の上着。

 無難な色のスニーカーに、
無難な色のソックス。
 無難な形の帽子に、
無難な髪形。

 「変なカッコ」と人に笑われなければ、
もう、それで良しとしていた。


 ところがだ。

 ところが、ところが!!!

 先日、何の気なしに、小5の四男と4歳の長女を連れて、
近所のショッピングモールを歩いていると、
テナントに新しい店が入っているのを見つけた。

 エスニックの服や雑貨の店だった。

 一種独特のお香の香りが漂う店内に、
引き込まれるように入ってゆくと、
あっという間に私は、20年前へとタイムスリップしてしまった。

 サラサラで色とりどりのインド綿の生地に囲まれ、
お香に鼻腔をくすぐられ、
チープでシャラランとした原色まぜこぜの世界が、
私を一瞬にして酔わせた。

 嗚呼、インド!!!
 インド!!!
 インド!!!

 民族衣装!!!
 
 それからそれから・・・・・・

 ヒッピーファッション!
 レゲエファッション!
 サイケデリックファッション!

 アジアンアクセサリー!!

 「このブラウス、可愛い!!!」
 「このスカーフ、欲しい!!!」
 「この手縫いのリュック、怪しい〜〜!!!」

 チビ二人は、それぞれ、お香臭くて珍しいチープ雑貨を手に取り、
夢中になって眺めていた。
 その間、私も、あっちの服、こっちの雑貨、と、
店の中をウロウロウロウロして、これもこれも、と、
一個一個顔面を貼りつけて嬌声を上げていた。

 そして、2枚1545円のトップスを持って、
「これください」とレジに駆け込んでいた。

 ああ〜〜〜!!!

 何だ?
 なんなんだ、なんなんだ!!!

 この、体の底からよみがえってくるエネルギーは!!!

 うお〜〜〜〜〜っ!!!

 なんか、嬉しい!
 なんか、生きてて嬉しい!!

 ウキウキする! 
 ひっさしぶりに、物凄くウキウキするぞ!!!

 ついつい戸川純の「となりのインド人」を口ずさんでしまう!

 ♪ターバン巻いて〜ぇ〜動物園へ〜行こ〜ぉ〜〜〜♪

 〜〜〜〜っだ!

 きた!!!
 エスニック、きた!!!

 青春、カムバックだよ!
 おしゃれ心、リターンだよ!!!

 いや逆に、
何で今まで20年も、
「着たきりすずめ」で平気だったんだ、私?!

 わたすぃ・・・・・・
 わたすぃ・・・・・・


 シャラ〜ンと着飾る自分が好きだよ!
 シュッと背筋伸ばして、ハスに構える自分が好きだよ!!

 何だか、昔みたいに、
自分が好きになってきたぞ、おい〜〜〜っ!!!


 それから、急いで家に帰って、
例のクローゼットに頭を突っ込み、
これでもない、これでもない、と、
たくさんバブリー衣装を掻き出して、
やっと出てきたのは、
インド綿のロングスカート。
 今でいうところのマキシ丈。

 足首まであるブラウンの長い長いスカート。
 ウエスト付近に、
シャランシャランのチープな金属の飾りが無数についた、
あやしい紐が必要以上に長く長くぐるぐると巻きついている。
 何と無意味で、何と非合理的な事よ!

 スカートの裾ギリギリを、
無数の怪しい象さんたちが一周ぐるり、
象象象象象象象象象象、と、行進している。

 やっとこれをはける時代が、
めぐり巡ってまたやってきたか!


 待ってたぜ、エスニック!!!
 待ってたぜ、元気な私!!!




  (了)

(しその草いきれ)2010.7.27.あかじそ作