「 ごめんよ長女 」 |
熱帯夜の連続で、その夜もやはり寝苦しかった。 夢の中で、我が家はアパートの壁をブチ抜いた数部屋に住んでいた。 ある部屋の壁の下側に、直径50センチほどの穴が開いていて、 その前に、犬くらいのサイズの巨大なネズミが丸まっていた。 「ギャ〜〜〜〜〜!!!」 私は、息子たちを隣の部屋に避難させ、 巨大ネズミに向かって 「コラ! あっち行け! シッシッ!!」 と言って、その辺にあった物を投げつけ、 「こっちくんな! ほら! 向こう行けってば! シッシッ!!」 と叫んだ。 すると、その巨大ネズミは、 何回も物が体に当たり、ビクッ、となりながらも、 もじもじと、ゆっくりこちらに近づいてくる。 「ギャ〜〜〜!!! こっちくんなって! あっち行け! バカ!」 私は、物を投げつけながら、必死に叫んだが、 ねずみは、ひるみながらも、ゆっくりゆっくり近づくのをやめない。 いよいよ、私の目の前にグワッ、と立ち上がり、私に襲いかかってきた。 「ギャ〜〜〜!!!」 しばらくの静寂。 誰も何も言わないし、何の音もしない。 ゆっくりと目を開けると、 私に抱きついていたのは、 巨大ネズミではなく、4歳の長女だった。 ボロボロ涙を流しながら、私に抱きついて、 「おかあさん、ウリだよ〜。ウリちゃんだよ・・・・・・」 と、シクシク泣いている。 「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」 胸がドキ〜〜〜〜〜ン、として、自分の大声で目が覚めた。 なんて夢だ。 そして、なんという厳しい警告だ。 私は、日々、長女に対して、 「うっとおしい」と感じていたのか。 そして、邪険に接し、 いかに長女を傷つけてきたのかを、 はっきりと自覚したのだった。 念願の娘だし、可愛いと思っている。 しかし、幼児独特のしつこさ、自己チューさに、 いい加減うんざりし、イライラしていたのは、確かだ。 仕事の疲れや慢性の寝不足、経済的不安、 毎朝の5人の子供の支度の煩雑さなど、 もう、頭の中が大混乱になっていた。 その上、夏休みじゅう、 24時間長女につきまとわれていた。 疲れてウトウトすると「寝ないで」と叩き起こされ、 夜中も、指しゃぶりの感覚でおっぱいに吸いつかれていた。 何年も、全然ゆっくり眠らせてもらえなくて、 神経がブチ切れる寸前だった。 「もう、あっち行っててよ!」 「ちょっとひとりにしてってば!」 体力と気力の限界を感じ、思わず横になると、 すかさず長女が添い寝し、おっぱいに吸いついてくるので、 私は、ついつい無意識に叫んでいた。 「暑い! 離れてよ!」 これが、息子たちの幼児期だったら、 「うわ〜〜〜〜〜〜ん!!!」 と大泣きし、余計に私はイラつき、大爆発していただろう。 しかし、4歳の長女は違う。 サッ、と体を離し、黙って隣の部屋に歩いて行き、 声を殺してシクシク泣いているのだ。 「あ、やば」 と思いつつ、あまりの疲れにウトウトと眠り込んでしまった。 しかし、やがて鼻がむずむずし、くしゃみを連発して起きた。 横を見ると、長女の宝物のクマのぬいぐるみが私に添い寝していた。 畳の上に座布団が敷かれ、その上にぬいぐるみが寝かされ、 布団に見立てたフェイスタオルが掛けてある。 長女は、「自分の代わりにせめて」と、 自分の分身であるぬいぐるみを添い寝させていたのだ。 しかし、アレルギーの私は、くしゃみ連発に耐えられず、 思わず、そのぬいぐるみを片手で向こう側にぐわ〜っ、と追いやってしまった。 すると、母親を起こさないように、 小さな買い物かごを腕に下げて一人でお買い物ごっこをしていた長女は、 向こうへ追いやられたぬいぐるみを見つけ、 「あっ」 と小さく叫び、 そして、その横で突っ伏して、 本当に哀しそうに、声を押し殺して泣いた。 「あ・・・・・・」 ふと気付くと、私の体の上には、 長女によって布団がふんわりと掛けられているではないか。 やってもた。 20年、たまりにたまった、疲れと不安と焦りのあまり、 一番弱い立場の娘を、ひどく傷つけてしまった。 これじゃあ、わたしゃ、自分の親の事言えないわ・・・・・・ 自己チュー全開の若い両親に育てられ、 傷つけられ続けた子供時代、 親にされたひどい仕打ちを、 今度は、自分の子供にしているじゃないか。 あの娘の泣き方を見たか? あれは、私が子供のころ散々泣いた、 あの時の感情でしかできない、 本当に哀しい時の泣き方じゃないか? ひとりでは生きていけない幼児にとって、 親は、唯一の命の綱。 その親に邪険にされた幼児の、 行き場の無い哀しさ。 その哀しさをまだ「哀しさ」とも認識できず、 ただただ、胸を潰すほどの「何か」に打ちのめされるのだ。 「ひどい夢を見たよ。怖い夢」 私は、息子たちに、ねずみが出た夢の話をした。 そして、昼間娘を泣かせてしまったことを話し、懺悔した。 黙って話をずっと聞いていた三男が、 台所の流しで水を飲み干した後、ぼそっ、と言った。 「うり、すげえ可哀想・・・・・・」 「ホントだね。可哀想なことしちゃったよ」 私は、素直に認めた。 「疲れてるんだよ。お母さん」 高校生ふたりは、なぐさめてくれた。 「うりも相当しつこいから、仕方ないよ」 と。 そして、いつもおとなしい四男が、 シュンとしている私の横に座って、小さい声で言った。 「今度から、うりに優しくしてあげればいいんだよ、お母さん」 「うん・・・・・・そうだね。気を付けるよ。 失敗したら、素直に反省して、次から直せばいいんだよね」 「そうそう」 四人の息子たちが、全員私の方を向き、声を揃えて言った。 私は、茶の間で突っ伏して眠っている長女の顔を見た。 頬には、涙の跡が、カピカピに乾いて貼りついていた。 長女が蹴飛ばしてしまったピンクのタオルケットを掛け直し、 顔に掛かった髪を直してやると、 長女は、寝言で「おそれいります」と言った。 (了) |
(子だくさん)2010.9.7.あかじそ作
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