「 次男訓練 」


 「避難訓練」ではない。
 「次男訓練」である。

 顔や体型は、私そっくりで、
性格は、(問題児の)私の父にそっくり。
 その上、なぜか、見えないところが夫に似ている次男。
 見えないところ、とは、
例えば、ぼんやり突っ立ている時の雰囲気とか、
体内時計の秒針の異常なまでの遅さ、とかだ。

 全然悪気は無いのだが、
非常に周りに迷惑をかける次男。

 「いいヤツ」なのだが、
それが周囲に伝わりにくい人。

 小さい頃から、もらったお小遣いやお年玉は、
瞬時に使い果たしてしまうので、
お金の使い方を散々教えてきたのだが、
いまだに全然直らない。

 すぐに持ち金全てを使い切り、
足りなくなると、当然のように「お母さんお金ちょうだい」と言う。

 バイト経験者の長男に相談すると、
「僕もそうだった。
バイトするまでは、親がいくらでもお金くれて、
お金は、何だかんだ言っても無尽蔵だと思ってた。
 バイトして初めて、
お金を稼ぐことが大変だってわかって、
親に簡単にお金ちゃうだい、って言えなくなった。
 受験勉強するためにバイトやめて、
小遣いだけでやりくりしなくちゃ、ってなったら、
お金を計画的に使わなきゃ、って初めて思った。
 そういう一連の経験をしないと、あいつもわからないと思うよ。
 いくら周りが言葉でいろいろ注意しても、
自分で実際経験しなくちゃわからないんじゃない?」
と言った。

 確かにそうだ。

 携帯代や小遣いを渡す時、
長男は、「お母さん、ありがとう。すみません」と言って受け取るが、
次男は、「友だちは、みんな親が払ってるよ。親なんだから」と言う。

 私は、内心(なにぃ?)と激昂するが、
長男に目で諭されて、静かにうなづき、
「バイト始めたら自分で払いなさいよ」
と言っていた。

 次男は、携帯代や、日々の小遣いを稼ぐ、というよりも、
大好きなディズニーリゾートの年間パスポートを買いたくて、
バイトをしたい、と言う。


 さて、次男の「就活」は、夏休み前から始まった。

 バイトを探す探すと言いながら、
本人、何もしないので、
新聞折り込みに入っている求人チラシを渡してみた。

 しかし、5分くらいパッと目を通しただけで、
「字がちっちゃくて見えない」
とか、
「高校生不可ばっかりでダメだ」
とか、
「やりたいバイトが無い」
などと言い、全然真面目に探そうとしない。

 私は、業を煮やし、
「じゃあ、近所のお店回って、【バイト募集】の張り紙ないか見てきなよ」
と提案したが、
たった一日、数軒のスーパーやコンビニを見てみただけで、
「無いな〜」
と言って、そのままになってしまっていた。

 ある日、次男は、
「僕、ここでバイトするから」と豪語していた回転すし屋のチラシに、
「バイト募集」という記事を見つけた。
 
 「ほらね、お母さん、やっとバイトできるよ」
と言い、そこに載っていたバイト応募用QRコードを携帯で読み取り、
ワンクリックで応募してみたが、
ちっとも返信が来ない。
 「お母さん返事来ない」「いつ返事くるの?」
と連日うるさいので、
「直接店に電話して聞いた方が早いって」
と言うと、
「だって、店の方から連絡します、って書いてあるから」
と言って、なかなか連絡しようとしない。

 「待ってられないよ。どうしよう」
としつこく言ってくるので、
「電話しろ!」
と言うと、やっと重い腰を上げ、店に電話していた。
 その際の電話での話し方の不自然なこと!


 「あ、あ、あ、ああ、お忙しところすすすすみません。
 バババババイト募集のチチチチラシを見てでで電話したんですけど、
あ、あ、あ、あの、あの、えっと、バババイトをしたいんですけど
あのあのあの」
と言っている。

 その声を茶の間で聞いていた弟たちは、
「噛み過ぎ!」
と思いっきり突っ込みながらも耳を澄ましていた。

 その後、次男は、

「あはい・・・・・・あはい・・・・・・あはい・・・・・・
あ、あ、あ、あ、あ、あはい・・・・・・あはい・・・・・・
あはい・・・・・・あ、あ、あ、あはい・・・・・・」

と、延々言っている。 

 「何で『はい』の前にいちいち『あ』入れるんだよ」
とみんなで言っていると、

「あはい、あわかりました。あはい。あはい。あ、ありがとうざいました」

と言って電話を切った。

 「『あはい』って何だよ!!!」

 全員で大きな声で突っ込むと、
「『あはい』なんて言ってねえよ!」
と次男が言うので、
「言ってた!」
と、これまた全員で声を揃えて突っ込んだ。

 「『履歴書要らないから、午後に一回面接に来て』だって。
 あ〜〜〜、これで僕も、バイトできるのか〜〜〜! く〜!」
と言って次男は、小躍りし、
後日、制服姿で緊張しながら面接に行ったが、
その後、一切連絡無し。

 「おっかしいなあ・・・・・・連絡無いなあ・・・・・・」
約束の1週間が過ぎても音沙汰が無いので、
家族揃ってやきもきしていると、
「今回は条件が合わず残念ながら不採用です」
という手紙が届いた。

 「え〜〜〜〜〜っ!」

 全然勉強をしないで高校受験にパスしてしまった次男は、
それで世の中を舐めきってしまっていたらしく、
自分が不合格、不採用になるなどということが
にわかに信じがたいようだった。

 「ねえ。どうして? 何が悪かったのかなあ?」
と取りすがってくる次男に、
「今、高校生要らなかったんじゃない?」
となぐさめてみたものの、
その後、すっかりテンションが下がってしまった次男は、
それからまた数週間、バイトを探すのをやめてしまった。

 「探さないの? いつまでお母さんに携帯代払わせるの?」
と責める私に、長男は、これまた目で制し、
「募集チラシもっとちゃんと読んでみな」
と次男にアドバイスしていた。

 その後、次男の登下校途中にある、
とある和風ファミレスのチラシに
【バイト募集】と書いてあったのを見つけた。

 次男がまたQRコードで応募しているので、
「ダメダメ、ちゃんと直接電話しないとまた待たされるよ」
と言ったのだが、
「でも、もう携帯で応募しちゃったから電話したらしつこいと思われるし」
とグズグズしている。

 案の定、1週間ほど反応が無いので、
やはり、電話で店に直接連絡してみた。

 そして、今度もまた、
「あのあのあのあの、バババババイトの応募で・・・・・・」
と同様の口調で、何とか面接の約束を取り付けた。

 「今度は『あはい』って言ってなかったでしょ?」
と言う次男だったが、
今回も、数えてみたら20回以上「あはい」を言っていた。

 今度は、履歴書が必要らしく、
「お母さん、履歴書ってどこで売ってるの?」
から始まって、
「何をどうやって書くの?」
「何年に卒業だっけ?」
「英検3級取ったの何月だっけ?」
と、聞かれ、
実質、私が付きっきりになって書かせている状態だった。

 あ〜あ、過保護丸出し。

 子供も親に頼りきり。
 親も子供に過剰にアドバイスする。

 長男の時もそうだった。

 しかし、長男は、今、そんな時期を過ぎ、
今は、何でも自分でできるようになっている。

 これが三十歳過ぎの息子だったら心配だが、
次男は、中学を出たてで、まだまだ子供だ。
 子供と大人の真ん中にいる子供に、
親身になって最後の世話を焼いてやり、
背中を抱いて大人の世界に押し出してやる。
 その後は、どんなに心配でも、
ぐっとこらえて、手を出さず、離れて見守る。

 そう決めたのだ。

 極論してしまえば、
ずっと自分のふところの中に子供をしまっておき、
ポンとお金を渡していた方が、親は、気が楽だ。
 しかし、それでは、子供が社会人として育てない。
 
 心配で仕方ないが、そこをこらえて、
子供が親元にいる間に、
お金を稼ぐ苦労や失敗を経験させるのだ。

 お金が無いと生きていけないこと、
お金は、自分で稼がないといけないこと、
払わないといけないものを先に払い、
その残りのお金で買いたいものを買う、ということ。

 それを、学生時代に練習しておく。

 これって、学校じゃ習わないけど、
結構大事な教育課程じゃないのか?
 息子をニートにしないために。


 こうして汗をダラダラ流しながら数時間かけて履歴書を書き、
緊張しまくって面接したにも関わらず、
この和風ファミレスからも、10日後、
その履歴書が送り返されてきて、不採用を通知された。

 完全に落ち込んだ次男は、
「おっかしいな・・・・・・ちゃんと面接できたのになあ・・・・・・」
と言うので、さすがに可哀想になり、
「お前は見た目が子供っぽいから、まだ働くのが早いように思われたんじゃない?」
「実際働けば、お前が頑張って働くのをわかってもらえるのにね」
と、なぐさめてやった。

 「うん・・・・・・」

 次男はショックをしばらく引きずり、
これまた2週間ほど、バイトの話をしなかった。

 こちらも、あまりバイトの話を持ち掛けなかったが、
「俺ついにバイトするんだ〜!」
「バイト落ちた」
「今度こそバイト始めるぞ!」
「また落ちた」
と聞かされていた次男の友人が、
あまりに「次男バイト不採用ネタ」でからかうので、
やっとまたバイトを探す気になってきたらしい。

 頃合いを見て、私は、
「高校生可」と書いてあるホームセンターの募集記事を次男に渡した。

 「お! これいいね!」
と次男も乗り気になり、
今度は、自分だけで、しかも短時間に履歴書を書き上げ、
電話で面接の約束を取り付け、面接をしてきた。

 「あはい」は、ゼロではなかったが、最小限だった。

 面接から帰ってきた次男は、
「店長さんに『君、できるかい?』と聞かれたから、
つい、反射的に、
『はい! できます!!! やらせてください!!!』
って、すごい気合いで叫んじゃったよ。ははははは」
と言った。

 うん、今度こそ、採用されそうだ。

 案の定、次男は、すぐに採用が決まった。

 聞けば、その職場のバックヤードには、
「命がけで働く! それが人生!」的な社訓が張り出してあり、
熱血全開の職場らしい。

 次男の「はい! できます!!!」という、
気合いの入った返事が、採用の決め手となったのだろう。

 中学時代、鬼のような軍隊式吹奏楽部で鍛えられた力が、
今、こんなところで発揮された。

 3年間の部活動中、何度、この
「お前、できるのか?! できねえのか?!」
「できます!!! やらせてください!!!」
というやりとりが交わされたことか?!

 あの、下唇を噛みしめて、泣きながら頑張った経験が、
今、役立ったじゃないか?!

 よかったな、次男よ!

 バイトは、綿のパンツと
既定の色の半そでポロシャツを着ることが決まっていて、
それを自分で用意するように、と言われたという。

 次男は、お金を一切持っていない。
 最近、親戚からお小遣いをもらったばかりで、
兄弟は、みな、まだ懐が温かいというのに、
次男は、やはり、すぐに使い果たしてしまい、
相変わらずの持ち金ゼロだった。

 「ほらね、こういう時にお金のストックが無いと、
次の仕事にも就けないんだからね」
と、苦言を呈しながらも、
過保護な私は、すぐにそれらを買いに走ってしまった。

 しかし、時期的に、半そでのポロシャツは店頭に置いていない。

 次男も、何件も服屋を見て回ったが、見つけることができなかった。

 そして、「洗い替え用も要るから2枚買いなさい」と渡した2千円で、
恐ろしく分厚い裏起毛の真冬用ポロシャツを買ってきた。

 「これは、厚くてまだ時期的に着られないでしょう?
 もう一回行って薄手のポロに取り替えてきなよ」
と言うと、
「いやだよ、バイト先で買ったんだよ。顔知られてるのに」
と言い、いくら言っても取り替えに行かない。

 散々、すったもんだした挙げ句、
私の方が我慢できなくなって、
家を飛び出して薄手のポロシャツを買いに走ってしまった。

 家に帰ると、
次男は、夫と一緒に夕飯の支度をしていた。
 いつもふんぞり返ってテレビを見ていて、
あまり配膳を手伝わないのに、
今日に限って、率先してちゃぶ台に何往復も運んでいる。

 そして、私を見ると、
「お母さん、ごめん」
と言った。

 「ほれ、これ、薄手の長そでのLサイズ。
 半そでも、Мサイズも、無かったから、これ袖まくって着な」
と言って渡すと、次男は、
「ありがとう」
と申し訳なさそうに言った。

 「今の時期、こんな厚物着て働けるのか、
ちょっと考えればわかるだろう?
 今までは、大人の言うことを黙って聞いていれば
それでよかったかもしれないけど、
これからは、自分の頭でちゃんと考えて生きなさい。
 そうじゃないと、大人として、社会人として、通用しないよ」

 私は、夫にも聞こえるように言った。
 ひとこと、ひとこと、はっきりと。

 夫は、いまだに、自分の頭で何も考えない。
 妻の私に怒られないように、と、
言われたことを、ただ言われたままにやるだけだ。
 だから、アクシデントにも対応できないし、
自分が今、何をすべきか、
常に肌で感じとる、ということができない。

 「自分は、常に、保護される側だ」という意識が、
子供のころのまま、五十路前なのに現存している。

 子供のころに、病的に過保護に育てられたので、
そういう訓練がされていないのだ。

 そういう夫にどこか似ている次男に、
私は、力を込めて言った。

 「自分の頭で考えるの!
 自分で自分のことをする。
 自分のためだけでなく、
周りの人のためにも一生懸命働きなさい」

 次男は、神妙にうなづいた。

 たぶん、もう同じことを言わなくても大丈夫だろう。

 次男訓練、ひとまず一段落だ。


 しかし、学習能力ゼロの夫の訓練は、
終生続けていかなければならないのだろう。
 本当に、これってかなり疲れるものなのだから、
もうそろそろ、大人になってもらいたいものだよ。

 はあ・・・・・・



 【追記】

 飲食店経営の弟が言うには、
高校1年生の男子は、まだまだ子供っぽいから、
あまり雇わないのが普通らしい。

 男子より大人びている女子は、
高校1年でもじゅうぶん働けるが、
やはり、男子は、高1じゃあ、一般的に、
仕事にならないくらい「ガキ」らしい。

 そういえば、長男も、夏休み過ぎるまで、
バイトの面接に受からなかった。
 秋になって、背がだいぶ伸びてから、
やっと採用されたのだった。

 そう考えると、次男、でかした。
 優秀優秀。

 長男のバイトの様子も、失敗談も、
次男のバイト就活も、繰り返す挫折も、
弟妹が、そばでずっと見ていたよ。

 アニキたちの失敗と、成長の過程そのものが、
弟や妹の、生きる教科書、参考書になっていることに、
誇りを持っていいと思うよ。

 ね、アニキたち。
 後は、学生の本分である学業にも精を出すこと!
 これが一番、危なっかしいけどね!




    (了)

(子だくさん)2010.10.19.あかじそ作