「 続 また腫瘍発見! 」


 先月、大腸検査のついでに受けた腹部造影検査で、
偶然発見された左副腎結節。

 そこで、消化器科から紹介された、同じ病院の内分泌・糖尿病科で、
先日、ホルモン検査を受けてきた。

 線種、つまり腫瘍の疑いがあるとかで、
本当なら、もう少し暗い気持ちで行った方がそれっぽいのかもしれないが、
私としては、もう、
「悪いところが早めに、しかも偶然見つかったのはラッキー!」
という明るい気持ちが強かったため、
ニッコニコしながら病院に行ったのだった。

 診察室の前のソファーで、年寄りばかりに囲まれて、
数独の難問コースをご機嫌で解きながら順番を待っていると、
すぐに自分の番号を呼ばれた。

 診察室に入ると、二十代だと思われるメガネを掛けた
小柄な男の子、もとい、男性の先生がちょこんと椅子に座っていた。

 「よろしくお願いします」
と私が言うと、
「あ、はい、こちらこそよろしく」
と、割と腰も低く、誠実な印象を受けた。

 先生は、私の腹部造影の写真をパソコン画面で進ませたり戻ったりして、
何度も念入りに見てから言った。

 「2センチくらいで、ちょっと大き目なんですが、
形も綺麗だし、悪性の感じじゃないですね。
 まあ、定期的に検査して経過観察する感じで、
検査の結果によっては、手術して取るようになりますね」

 わかりやすく説明してくれた上に、
ショックの無い言い方をしてくれた。
 それに、事前に【家庭の医学】の本で調べて、
大体、こう言われるだろうと予測していたので、
「うむうむ、この先生は、基本に忠実」
と、充分安心できた。

 「何か、質問はありますか?」

 と、優しく聞かれたので、
「あのぉ、体のことで気になることがあるので、
聞き忘れないようにメモに書いてきました」
と言い、私がメモを読み上げると、
「はい」
と言って、しっかり耳を傾けてくれた。

 私は、忘れっぽいたちなので、
病院に行く時は、大抵メモにいろいろ書いていく。
 しかし、このメモをありがたがってくれる医者と、めんどくさがる医者がいて、
今回、嫌がられたらどうしよう、と、そこだけが不安だったが、
ありがたいことに、真摯に聞く耳を持つ先生だったので、良かった。

 「えっと、何年か前に、夜中に下痢を起こしてトイレに入った時に、
呼吸困難になって、病院で心臓の検査をしましたが、異常無しでした」

 「はい」

 「えっと、それから、時々尿に油みたいのが浮いています」
 「油? う〜ん、それは、今回のものとは関係無いと思いますね」

 「あ、はい。それと、空腹時、異常に具合が悪くなります」
 「・・・・・・はい」

 「それから、えっと、子供の頃から自律神経失調症で、
ちょっと情緒不安定だったり、うつうつとすることがあります」

 「なるほど!」

 先生は、ひざを打ってうなづいた。

 「呼吸困難は、自律神経失調症の症状でしょう。
 尿に浮く油のような物のこともありますし、
 ホルモンの検査をしましょう。
 血液検査と、尿検査をしていただきますが、よろしいですか?」

 「はい」

 「血液検査なんですが、ホルモンの検査ですので、
リラックスした状態での血液を調べる必要があるんです。
 ですので、採血室で30分ほど横になっていただいてからの採血になりますが、
お時間大丈夫ですか?」

 「あ、大丈夫です」

 「では、お願いします。検査の結果は、一週間くらいで出ますが、
ご都合はいかがですか?」

 「あ、来週のこれくらいの時間でお願いします」

 「わかりました」

 先生は、パソコンの画面を見ながら、診察予約を入力した。

 「はい、では、また来週に」

 「先生、どうもありがとうございました。あ、先生!」

 「はい」

 「私、子供5人いて、一番小さい子がまだ5歳なんです。
 60過ぎになっても、まだ現役でバリバリ働かなくちゃいけないので、
 悪いところは、今のうちにバンバン治しておきたいので、
 どうぞよろしくお願いします!」

 若い先生は、少し笑って言った。

 「はい。そうですね。わかりました」

 私は、頭を下げて診察室を出た。


 採血室に行くと、看護師の女性が言った。

 「30分寝てから採血になるんですけど、
その前にそこのトイレで尿を採ってきて、小窓に出してくださいね」

 「はい」

 私は、彼女に言われたように尿を採り、小窓に出した。

 5回の妊娠中、妊婦健診で毎月のように紙コップに尿を採っていたので、
出始めの尿を採らずに、中間尿だけをすくい取る技術は、相当上手になっている。

 【採尿検定】とかがあったら、
確実に1級をとれる実力だと自負しているのだが、
私の、そういう目に見えぬ数々のわけのわからない高等技術は、
ちっとも社会では評価されないのだった。

 さて、指定された通り、きっちり100ccジャストに採った尿は、
小窓の向こうの看護師さんに、すばやく持って行かれた。

 よし。

 採血室に戻ると、
今度は、奥の部屋に通された。

 そこには、ベッドが6台ほど置かれ、
それぞれがカーテンで仕切られていた。

 私は、その中の真ん中のベッドに寝るように指示され、
言われるままに横になった。

 「このまま30分、リラックスして寝ていてください。
時間になったら、また来ますので、眠ってしまってもかまいませんので」

 看護師さんは、そう言うと、私に優しく布団を掛けて、行ってしまった。

 (リラックスか・・・・・・)

 私はメガネを取り、横の荷物置き用にカゴに置いた。
 髪を縛っていたゴムや、シュシュも取って、
思いっきり眠るつもりで準備した。

 「さあ、寝るぞ」

 そう思った時、向かい側にあるカーテンに仕切られたベッドの方から、
おばあさんと40代くらいの女性の話す声が聞こえてきた。

 「だから、何もしてくれないんだよ、お父ちゃんは」
 おばあさんは、弱弱しい声で言う。
 「お父ちゃんは、すぐ歩け歩けって言うけどさあ、あたしゃ、歩けないんだよぅ」

 すると、40代くらいの女性は、
 「うん、そうだね。無理はいけないから、ほどほどでいいんだよ」
と、なだめるように答えた。

 「それから、お父ちゃんがおかゆしか作らないからさあ」
とおばあちゃんが言うと、40代くらいの女性は、
「ダメダメ、それじゃ全然栄養が採れないよ。 もっと栄養採らないと。
 ちくわとか、ハムとか」

 (ちくわ・・・・・・? ハム・・・・・・?)

 この女性は、おばあちゃんに、タンパク源として、
原材料魚のちくわと、原材料肉のハムをすすめているわけだ。

 「でも、スーパーまで歩けないんだよぅ、あたしゃあ・・・・・・」

 「コンビニがあるじゃない。歩いて3分くらいのところに」

 「ああ、あの、ミニショップ?」

 「ミニストップね。あそこにもあるから。ちくわとハム」

 「あるのかい?」

 「あるから。ちくわとハム」

 (この人、ちくわとハムにこだわるなあ・・・・・・)

 「でも、あんまりいろいろ食べたくないんだよ。食欲がさあ」

 「ちくわとか、ハムならね、料理しなくても、すぐ食べられるでしょ」

 (ああ、なるほどね・・・・・・)

 「でもさあ、お父ちゃんが練り物嫌いなんだよぅ」

 「でもね、ちくわとハムは、栄養あるんだよ」

 「うん・・・・・・」

 「とにかく、おかゆばっかりじゃ栄養無いから。ちくわとハム、食べるのよ」

 (そこに、こだわるなあ〜!!!)


 ふと気付くと、私、全然リラックスできていないではないか!
 
 全身全霊、ちくわとハムの話を傾聴しているではないか!

 いかんいかん、寝なくちゃ。
 寝なくちゃ!!

 目を閉じるが、横になった顔のまん前の天井に、
蛍光灯がこうこうと光っていて、明るくて眠れやしない。

 私は、ポケットからハンカチを取り出し、
目の上に載せた。

 少し暗くなったので、これで眠れると思いきや、
今度は、看護師さんたちの井戸端会議が聞こえてきた。

 「ごみ箱は、ここに置くの邪魔じゃない?」

 「そうそう。私もいつもそう思ってたのよ」

 「でも、こうやって採血して、こうやった時、ここにごみ箱があるとちょうどいいのよねえ」

 「そうなのよお!」

 「通るのには邪魔だけど、採血中には、ここじゃなきゃダメ、って思うのよね」

 「わかる〜!」

 「ねえねえねえねえ」

 「どうしたの」

 「私、病棟から逃げてきたわよ」

 「どうしたの?」

 「また主任がナースイジメまくってるのよぉ」

 「またぁ?」

 「主任に絡まれて、飯田さん、完全にへこんじゃって、かわいそうだったわよぉ」

 「いやあね〜! いい加減にしてほしいわよねえ、あの人」

 「ほんと、ほんと!」

 「やあねえ〜・・・・・・」


 (ああ、いるいる、部下いじめばかりする女!)
 (・・・・・って! 聞き耳立て過ぎで寝られないよ!)


 ああ〜!
 寝なきゃ、寝なきゃあ!!!

 「あかじそさ〜ん、時間ですよ〜」

 カーテンがサッと開いて、年配の看護師さんが現れた。

 うっそ〜〜〜ん!

 全然寝てないし、リラックスもしてないし、
むしろ、いつもより興奮してる位なんですけど!

 しかし、粛々と血は採られ、検査は終了した。


 結果は、一週間後に出る。

 結果によっては、手術になる。

 って!

 こんな検査結果って、有効なのかい?!
 まじで〜〜〜?!



      (了)

(話の打菓子屋)2011.3.8.あかじそ作