「 お花がかり 」


 まいちゃんは、小学3年生の女の子です。
 お父さんとお母さん、幼稚園の弟の、4人家族です。

 家では、家族みんなに
「お姉ちゃんお姉ちゃん」
と呼ばれ、
ご飯のしたくを手伝ったり、
せんたく物を干したり取りこんだり、
弟のお世話をしたりして、
とてもたよりにされています。

 しかし、学校に行くと、少しちがいます。

 家では、どんどん言いたいことが言えるのに、
学校では、先生にも、友だちにも、静かな子だと言われます。

 まいちゃんは、静かにしているつもりはないのですが、
学校には、まいちゃんより何でも早くできる子がいたり、
まいちゃんより何でも強く言う子がいます。

 まいちゃんは、自分では気付いてはいなかったのですが、
みんなより少し、のんびりしているのかもしれません。

 学校にいると、何でも、
早い子や、強い子のペースで進みます。
 まいちゃんにも、
言いたいことや、やりたいことがたくさんあるのですが、
まいちゃんが思いつく前に、
ものごとがどんどん進んでいってしまうのでした。

 ある日、クラスのミカちゃんが、学校に花たばを持ってきました。
 バレエの発表会でもらったのだそうです。

 「おうちにかざっていてもいいけれど、
きれいな花なので、クラスのみんなで見たいなあ、
と思って、持ってきました」
と、言っていました。

 私は、教だんの上に置かれた大きな花たばに、しばらく見とれていました。
 見たこともないような、大きな花びらで、においの強い花でした。

 私は、その、とてもごうかな花たばを受け取る、
バレリーナ姿のミカちゃんを思い浮かべました。

 キラキラとまぶしいライトをあびて、
ちがう世界の子供のような気がしました。

 休み時間に、いつもいっしょになわとびをしているミカちゃんとは、
とても同じ人とは思えませんでした。

 私は、そのまぶしい光にとかされて、
自分が消えてしまいそうな気がしました。

 あの、大きくて、いいにおいで、りっぱなお花がミカちゃんならば、
自分は、きっと、道ばたに咲いている雑草みたいだ、
と、思ってしまいました。

 すると、自分でも知らない間に、
なぜかなみだが出てきてしまったのです。

 「まいちゃん」

 急に先生に名前をよばれました。

 「はい」

 あわてて返事をしたら、
泣いていたので、鼻声になってしまいました。
 先生は、それに気付いていないように、
にこにこ笑いながら言いました。

 「まいちゃんは、お花が大好きでしたよね。
今日から、このお花のお世話をしてもらえませんか?」

 「・・・・・・えっと・・・・・・いいですけど・・・・・・」

 「よろしくね」

 先生は、まいちゃんが考えるひまもなく、
どんどん決めてしまいました。

 この間の学級会で、みんな係を決めたばかりです。
 まいちゃんは、もうすでに、整とん係になっているのに、
なぜ自分だけ、また仕事をたのまれたのか、わかりませんでした。

 でも、クラスのみんながはくしゅをしながらまいちゃんを見ているので、
もう、「いやです」とは、言えなくなってしまいました。

 先生は、後ろのロッカーからカラの花びんを持ってきて、
「まいちゃん、ちょっと来てください」
と言いました。

 まいちゃんが先生の後ろをついて行くと、
先生は、水道で花びんに水を入れ、
ミカちゃんの花たばをさしました。

 「こうやって、毎朝、新しいお水に入れかえてください。
 お願いしますね」

 まいちゃんは、重い花びんを両手で持って、
教室にもどりました。

 持てば何とか持てるけれど、
がんばらなければ持てない重さでした。

 まいちゃんの気持ちも、花びんと同じくらい重くなりました。


 次の朝、まいちゃんは、いつもより早く家を出ました。
 かびんの水を新しくかえるためです。

 教室に入ると、まいちゃんが一番でした。
 誰もいない教室に入るのは、はじめてです。 

 いつもと同じ教室なのに、
今日は、自分だけの部屋のような気がしました。

 まいちゃんは、きのう先生がやったとおりに、
花びんから花たばを一回ぬき取り、水道のところに置きました。
 それから、両手でかびんを持ち、
そおっと、かたむけて、きのうの水を流してすてました。

 そして、花びんの口を水道の下に持ってきて、
新しい水を入れました。
 ぎりぎりいっぱいまで入れて、花たばを入れると、
ざあっ、と、水があふれてしまいました。

 あわてて花たばをぬき、
水を少しすててから、また花たばを入れ直しました。

 すると、今度は、ちょうどいい水の量になりました。

 まいちゃんは、両手で花びんを持って後ろのロッカーに置きました。
 ほっとして、向き直ると、水道からロッカーまで、
水がぽたぽたと、ずっとたれています。

 このままだと、あとから来る子がみんな、
すべってころんでけがをしてしまいます。

 まいちゃんは、自分のぞうきんを持ってきて、
ゆかに、はいつくばりながら、ずっとふいていきました。

 やっと全部ふき終わり、立ち上がると、
クラスのみんなが、どんどん教室に入ってきました。

 まいちゃんがいっしょうけんめい水を取りかえた花びんは、
きのうとちっとも変わらないように見えるので、
だれも何も気づきません。

 だれも、まいちゃんに
「ありがとう」や「おつかれさま」を言いません。

 まいちゃんは、ぬれたぞうきんを、だまって水道であらいました。

 まいちゃんのお気に入りの水色のようふくのそでは、
すっかりぬれてしまいました。


 次の日も、まいちゃんは、早く学校に行きました。
 一番に教室に入り、花びんを持って水道に運びました。

 相変わらず花びんは、とても重く、
ずっとがんばって持っていないと、落としてしまいそうです。

 きのう、水を入れすぎてしまったので、
きょうは、少し水を少なめに入れてから、花たばをもどしました。

 すると、全然、水がこぼれませんでした。
 花びんからあふれる、ちょっと手前の、
ちょうどいいところで、ピタッ、と水が止まりました。

 まいちゃんは、「やった!」と思いました。
 きのうしっぱいしたことを、きょうは、うまくできたのです。

 両手でがんばって花びんを持ち、
ロッカーの後ろに運びました。

 はっ、と気づくと、またきょうも、水をゆかにこぼしていました。

 まいちゃんは、自分が同じしっぱいをしたことに、
少しイライラしました。

 らんぼうにつかつか歩き、自分のぞうきんを、バシッと取り、
またゆかに、はいつくばって、水をふきました。

 まいちゃんのゆかをふく手の横を、
何人もの足が、ずかずかと通りぬけて行きました。

 まいちゃんは、
「なんで私だけ!」
と、くやしくなりました。
 「先生は、私にいじわるしているの?」
 「みんなは、どうして私におれいを言わないの?」
と、いかりがわいてきました。

 しかし、まいちゃんは、
それを先生やみんなに言うことができませんでした。
 「静かな子だと思われているんだ。だから、静かにしていよう」
と、思ったのです。


 その次の日、
まいちゃんは、花びんを流しに運ぶ前に、
自分のぞうきんを流しに置いておきました。
 その後、ロッカーの後ろから花びんを持ってきて、
花たばをそっとぬいて横におき、
水をぴったりのところまで入れてから、花をもどしました。

 きゅうは、当たり前のようにしっぱいなく、上手にできました。

 そして、まいちゃんは、ぬれた花びんを、
さっき持ってきたぞうきんでよくふいてから、
ロッカーまで運びました。

 よいしょ、と花びんをおいてから、ゆかを見ると、
一てきも水が落ちていません。

 まいちゃんは、また、「やった!」と思いました。

 誰もほめてくれないし、
だれも気にもとめてくれないけれど、
まいちゃんは、とても気持ちよくなりました。

 まどの方から花びんに反射する光を見てみたり、
ろうかの方から、まどの外の景色といっしょに花をながめてみました。

 お花を見るたびに、
それは、とてもキレイで、
見ていて幸せになれました。

 みんなは、花を「花だ」としか見えていないのに、
まいちゃんには、
もっと意味があるもののように見えたのです。


 それから毎日、
まいちゃんは、花びんの水をかえつづけました。

 もう、誰にほめてもらえなくても、
おれいをいわれなくても、全然平気です。

 ほめてもらいたいと思うこともなくなりました。

 なぜなら、
花を花びんからそっと取り出すこと、
古い水を捨てること、
きれいな新しい水を入れること、
花を花びんにもどすこと、
ぞうきんで花びんのしずくをぬぐうこと、
両手でそっとロッカーまで運ぶこと、
そのひとつひとつの行いが、
まいちゃんにとって、
気持ちのいい手仕事になってきたからです。

 しおれかけていたお花が、
新しい水をすって、また元気になったり、
まいちゃんだけでなく、クラスの誰かが、
じっと花に見とれていたりするのを見ると、
何とも言えない幸せな気持ちになれるのでした。

 放課後、まいちゃんは、
夕日をあびてオレンジ色に光る花びんの花を、
いつまでもながめていました。

 すると、いつの間にか先生がそばにいて、
まいちゃんのかたにそっと手を置き、こう言いました。

 「このお花は、とってもキレイで立派だけれど、
まいちゃんのお世話がなければ、すぐに枯れてしまったでしょうね。
 大事なお仕事を引き受けてくれて、どうもありがとう。
 まいちゃんにしかできない仕事でしたね」

 まいちゃんは、びっくりして先生の顔を見ました。

 先生は、まいちゃんの気持ちを
最初から全部知っていたかのように、
夕日のオレンジにそまったえがおで、
ゆっくりうなづきました。


  (了)

(小さなお話)2011.5.24.あかじそ作