「 高気圧イケメン 」 |
配達の仕事で、時々、 駅のガード下の小さな店に 封筒を届けることがある。 「小さなお店」とは、言ってみたものの、 「店」と呼ぶには、あまりに狭く、 ガラスの引き戸を開けると、 いきなり突き当りの壁が立ちはだかっている、 畳1畳くらいの靴の修理屋さんである。 初めてそこに行った時、 ドアは、鍵が閉まっていて、 「ただいま買い物中です。すぐ戻ります」 というメモが貼ってあった。 仕方なくドアの隙間から封筒を 差し入れようとしていると、 背後から若い男の人が 「あ、今開けま〜す!」 と言う声が聞こえた。 「あ、はい!」 と、振り返ると、 「えええ〜〜〜?!」 と、思わずのけぞって叫びそうになるほど、 爽やかで涼しげな顔の青年が、 はにかみながら微笑んでいるではないか。 いかにも人の良さそうな、優しい目をしている。 彼は、背がすら〜っと高く、 「すいません、ありがとうございます」 と、両手をズボンの後ろでごしごしこすり、 少し腰を落として、 私の渡す封筒を両手で受け取った。 「ありがとうございました〜」 と言って立ち去ろうとする私に、 「お疲れ様です!」 と、不器用に何度も頭を下げる。 ・・・・・・なんだ、この爽快感。 毎日たくさん届け物をしているし、 何度も「ごくろうさま」と声を掛けられているが、 これほどまでに心地よく感じたことがあっただろうか? いや、無い! 何だろう、この素敵な気持ち! 10秒で世界が洗濯されたよ! 衝撃の出会いからひと月後、 また、その店に配達する封筒が届いた。 私は、「おお!」とひそかに歓喜し、 その小さな店のドアを開けると・・・・・・ 店の中から、 「ブワ〜〜〜ン!!!」 と、すごい勢いでグリーンミントの香りが噴出してきた。 いや、待てよ、 グリーンミントの香りなどしない。 これは、靴のゴム底のこすれた匂いだ。 決していい香りではないではないか? なのに、こんなに物凄くいい香りが匂い立ち、 いい匂いが猛烈に噴き出してきたと感じたのは、 そこに、あの、涼しげな青年がいるからではないか? ドアに背中を向けて、 勢いよく回る研磨機にゴム底を一生懸命こすりつけていた。 「お届け物で〜す」 と私が声を掛けると、びっくりしたのか 「あ、はい!」 と、まん丸の目で振り返った。 よっぽど集中して一生懸命作業していたのだろう。 前髪が乱れて、優しい目をパサッと覆っていた。 「あ、すみません、お疲れ様です」 彼は、左肩で頬に伝う汗をぬぐい、 油まみれの軍手をはめた手を伸ばしてきた。 私が封筒を差し出すと、 彼は、自分の軍手が真黒なのに気付いたのか、 ハッと手をひっこめ、 「あの、そこに置いておいてもらえますか」 と、恥ずかしそうに言った。 「わかりました。こちら置いておきます」 と言って、店を出た私は、 背中に「お疲れ様です」という声を掛けられた。 おお・・・・・・ おお・・・・・・ ハウ、ナイス! なんてピュアな青年なんだろうか! いまどき、こんな好青年、とんと見かけないぞ。 私は、自分のことが恥ずかしくなるほど感動した。 正直、時々、配達の仕事をしながら、 「私は、果たして、この仕事でいいのだろうか?」 と思ったり、 「もっと人が憧れるような、カッコいい仕事をしてみたい」 などと、迷いながら働いていた。 ところが、この青年は、 人目につかぬガード下の1畳の店で、 本気で、油まみれになって、 しかも嬉々として働いている。 しかも、どこのステージに立ち、どんなライトを浴びても、 決して見劣りしないほどの姿かたちであるにもかかわらず、 街の片隅で、汗にまみれて、 素朴に、とつとつと生きている。 そういう、後光のさすような魅力的な青年が、 たった1畳のスペースで猛烈に本気で働いているのだから、 店の中の気圧が上がって当然と言えば当然なのだ。 そりゃあ、グリーンミントの香りもしますわ! それから、数日後、 またその店に配達しに行ったら、 ドアに鍵が掛かっている。 「あ、また買いもの中かな」 と、思わず独り言を言うと、 耳元に涼しい風が吹いた。 「すみません、今戻りました」 それは、涼しい風ではなく、 涼しい声であった。 振り返ると、 びっくりするほど近くに彼が立っていた。 「いつもありがとうございます」 馬鹿丁寧に頭を下げる青年。 こ、これは・・・・・・ まるで韓国のメロドラマのような! 私も、負けずに深々と頭を下げ、 「ありがとうございま〜す」 と元気よく言いながら、 心の中では、胸元を押さえて、 (サランヘヨ〜) とつぶやかずにはいられなかった。 こちらの生き方さえも正してくれるような、 絵に描いたような好青年。 猛烈な気圧を発するほどの素敵オーラ。 ああ、君は、美しき心の持ち主。 汗と油にまみれた、働く青いカナリア。 (了) |
(こんなヤツがいた!)2011.6.14.あかじそ作 |