「 次男、オーストラリアに行く B 」


 日本が気に食わないのは、よ〜くわかった!
 それより、オーストラリアのこと、ちゃんと教えてよ。
 土産話ちょうだい!

 旅の話を何も語らない次男に、
私は、しびれを切らし、
眼球ひんむいて、じりじりと迫った。 

 ところが、
次男に、筋道の通った土産話をしてもらおうとした私が馬鹿だった。

 「何から話せばいいかわからない。
 一週間、面白いこととか珍しいことの連続で、
話しきれないし、どこからどう説明していいか、全然わからない」

 「ともかく、オーストラリアは、すっげえいいところだったんだよ!」

 と、次男は、言う。

 「いやだ〜! ちゃんと聞かせてよ〜!
 お母さんも、オーストラリアに行ったような気になりたいの!!!」

 私は、次男にぐいぐい迫り、
ほとんど尋問のような状態になっていった。

 「ホストファミリーは、どんな家族構成だったの?」
 「うちと同じくらいの歳のお父さんお母さんと、16歳の男の子ひとり」

 「同年代の男の子同志、友だちになった?」
 「うん。すぐ仲良くなったよ」

 「日本から持って行ったお土産は、気に行ってもらった?」
 「まあね。100均で買った桜の模様のタペストリーとか、
馬にまたがった武将の柄のうちわとか、
釣鐘型の風鈴とか、面白がってくれたよ」
 「ほ〜」

 「でも、招き猫の置き物は、すでに持ってた。
 ホストファミリーの家のお爺ちゃんとお婆ちゃんが、日本びいきで、
前に何度か日本に行ったことがあるんだって」
 「へ〜」

 「あ、一番評判が良かったのは、手ぬぐいだった」
 「ふ〜ん、そうなんだ? やっぱ、日本独特の模様が、
『ジャ〜パ二〜ズ・オリジナル・モチ〜フ!』って感じだったの?」
 「そうそう」

 「でも、お土産、大量に持って行き過ぎだったでしょう?」
 「いやいや! 親戚一同呼んで、僕を囲んでパーティしてくれて、
親戚の人たちにも配って、ちょうど良かったよ」
 「へ〜、そうなんだ! よかったね!」

 「親戚の子供に寿司の形の消しゴムあげたら喜んでた」
 「お〜、よかったじゃん!」
 「で、その親にもマグロのにぎり寿司そっくりのマグネットあげたら、
『子供にもらったんだから、私たちは要らないよ』って遠慮してたけど、
『どうぞどうぞ』って言ってプレゼントしたら、凄い喜んでた」
 「へ〜。よかったね。
・・・・・・というか、オーストラリアの人も、【遠慮】とかするんだねえ。
 『自分の子供がもらったから、自分たちはいいよ』なんて、
日本人と同じ感覚なんだねえ」
 「うん」

 「ちゃんと英語で自己紹介とかできたの?」
 「余裕でできたよ」
 「なんて言ったの? マイネームイズ、って普通に?」
 「そうそう。中学の英語ができれば、会話できるって」
 「ホントかよ〜? あ、そうそう、洗濯とかどうした?」
 「ああ、最初、洗濯物出さなかったんだけど、
途中で、『洗濯機貸してくれますか?』って聞いたら、
『もっと早く言えばよかったのに』って言われたよ」
 「へ〜。洗濯機って、『ウォッシングマシン』?」
 「そうそう」

 「あ、そうだ。向こうで日本人のガイドさんに聞いたんだけど、
便利な言葉があって、 ”Can I ?” っていうのがあるんだよ」

 「なにそれ?」

 「例えば、ジュースを指さして ”Can I ?”って言えば、
『これ飲んでいい?』ってことだし、
洗濯機を指さして  ”Can I ?” って言えば、
『使っていい?』ってことなんだって。これ、助かったよ〜!」
 「へ〜! いいねえ。それ。 『これ、いいかな?』みたいなことだよね」
 「そうそう」

 「じゃあ、土産物屋で、欲しい物指さして、 ”Can I ?” って言えば、
『これください』っていうことにもなるのか・・・・・・。
 いいねえ、それ。もっと早く知りたかった」

 「え?何で」
 「だって、お母さん、昔、じいやバアバと一緒にサイパン行った時、
じいがお母さんに『ビールのおかわり頼んでくれ』って言うから、
学校で習った文法を必死に思い出しながら、
”メイアイテイク・・・・・
えっと、えっと・・・・・・”ア、グラス、オブ、ビア、プリーズ”
とか、いろいろ言ったのに、
ボーイさんに全然通じなくてさあ、
馬鹿にした感じで”ア〜ハ〜?”とか言われてさ、
もう、ヒーヒーしてたらね、
突然、じいが空のジョッキ高々と持ち上げて、
『へいへい、あんちゃん! ビール! チェンジチェンジ〜!』
って、叫んだら、すぐにボーイさん、”オッケー”って言ってさ、通じたのよ。
 あれ、屈辱だった〜!
 学生時代、必死に英語勉強したのに全然通じないし、バカにされるし、
一切勉強したこと無いじいが、適当に言って通じてるし、
・・・・・・もう、真面目に生きるのがイヤになったわ!」

 「あのさ、学校で習う英語の文章って、変だから。
 実際の生活では、使わないような言い回しばっかだからさ。
 日本の英語の授業って不毛なんだよ」
 「そうなの〜? 何か腹立つ〜! 真面目に勉強してたのに〜!」
 「だから、僕、テスト勉強なんかしないんだよ」
 「おい! それとこれとは、別だろ!」
 「あ、ばれた?」

 「まあ、結局、生きた英語じゃないと、使えないってことだよ」

 「う〜〜ん、お母さんさあ、【死んだ物】ばかり必死に勉強してた気がする。
 【水金地火木土天海冥】とか。
 今は、冥王星小さすぎるから、抜かれちゃって、
【水金地火木土天海】」なんだってね」
 「そうだよ」
 「一時期は、海王星と冥王星の位置が入れ替わって
【水金地火木土天冥海】って覚え直したりしてたのにさあ・・・・・・
 何だったの、一体!」
 「はいはい、お気の毒さま・・・・・・」
 「く〜〜〜」

 「結局さあ、お母さんみたいな優等生タイプってさ、
ちゃんとしなきゃ、とか、みんなに気に入られなきゃ、とか、
そんなことを基準に生きてたからさあ、
時代が変わってその基準が変わっちゃったら、
もう、全然、マトハズレで、自分の無い、
スッカラカン人間になっちゃう、ってことなのよ。
【感じいい人】だけど、なん〜にも、使いもんになんないのよね」

 「出た、自虐」

 「自虐的にもなりますよ、ホントに、もう!」

 「そういう人こそ、オーストラリアでのんびり暮らせばいいんだよ。
 ゴールドコースト、サイコーだったよ」
 「そうだよねえ」
 「でも、まあ、オーストラリアは、今、冬だから泳げなかったけどね」

 「はあ〜ん。しかし、お前と【ゴールドコーストのビーチ】って、
世界一有り得ない組み合わせだよねえ。似合わない〜〜〜!」
 「そうかねえ? 連日ビーチ行ってたよ。結構、風が強くて、
引くほど荒れてたよ。波も尋常じゃなかった」
 「だからサーファーのメッカなんじゃない? 」
 「ふ〜ん」

 「で、英語通じたの?」
 「余裕で通じたって。『君の英語は上手だね』って言われたもん」
 「え〜〜〜!」
 「ビール、チェンジチェンジ! 的な?」
 「まあ、そういうことだよ」

 「く〜〜〜! 何か、腹立つ・・・・・・」

 「で、お約束のコアラは、抱いたの?」
 「そうそう。抱いた抱いた」
 「いいなあ・・・・・・」
 「でも、僕が抱いてる間、ずっとうんちチビッてたよ・・・・・・」
 「わ〜お」

 「ていうかさあ、コアラって、凄く繊細な動物でさ、
30分働くと・・・・・・まあ、【30分人に抱かれる】ってことだけどさ、
3日だか1週間だか、休むらしいよ。
 そうしないと、ストレスで病気になっちゃうんだって。
 その説明聞いて、引率の先生が『いいな〜!』って言ってた。

 「そりゃそうだ。お母さんも『いいな〜』って思うわ!」


 「ねえねえ、他に何か面白いオーストラリア情報無いの?」

 「いろいろあるけど、多すぎて何から言っていいかわかんない」

 「だからさあ、お母さんの質問に答えるだけじゃなくて、
お母さんの想像を超えたところで何があったか知りたいのよ」

 「う〜〜〜ん・・・・・・わかんない・・・・・・」

 「も〜〜〜う!」

 「あ、そうだ! 現地の学校に見学に行って、
小学生に中国人と間違われて【ニイハオ〜】って拝まれた」
 「何か・・・・・・アジアがいろいろ混じってるよね。
 ていうかさあ、欧米の人は、すぐアジア人見ると拝むよね。
 間違った文化伝わってるよね〜。
あなたたちも人に対して十字切らないでしょ、ってねえ」

 「そうそう! 思いだした」
 「何?」

 「その現地の学校を見学してる時さあ、
隣に座ってた友だちが無意識に指でくるくるペン回ししてたらさあ、
向こうの子供たちがみんな、その動きにくぎ付けになっちゃって、
授業そっちのけで
『見ろよ! ジャパニーズ忍者だ! 忍法だ!』
って、ザワザワしちゃってさ、手裏剣投げるポーズしてきたり、
もう、大変だったんだよ」

 「へ〜!」


 面白いエピソードをいっぱい持って帰ってきた次男。
 でも、こっちから聞かないと、何も言ってくれない。


 伝えてくれ! 
 お前の得た経験を!

 聞かせてくれ! 
 お母さんができなかったことを!


 お前の夢は、お母さんの夢!
 聞かせてくれ!
 かなえさせてくれ!

 どうか、どうか。

 プッリ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ズ!!!



  (了)


(子だくさん)2011.9.27.あかじそ作