「走馬灯の渦中で」
―――過程の詩(かていのうた)―――


 いまわのきわ

 息も絶え絶え
 目もかすみ
 耳も聞こえず

 ああ、今、私は、
 死んでいこうとしている

 走馬灯は、まだ回りださないのか

 遠くに看護師の
 のん気な世間話が聞こえる

 ひとが、今まさに、
 すぐそばで死にそうになっている時に

 みんななぜ、そんな残酷なまでに
 日常をのどかに生きている

 あなたたちは、すごい
 普通に体が動いている

 あなたたちは、今の私にはできないような
 普通の生活ができている

 笑う力もある

 ああ

 だんだん意識が遠のいてゆく

 じいちゃんやばあちゃんが
 「もう大丈夫だ、よくがんばったね」と
 やさしく手招きしている

 さあ行こう

 もう私は、じゅうぶん頑張った

 生き抜いたと思う


 きれいな青い光が見えてきた
 これが、あの走馬灯か

 若い父と母が、私を抱いて微笑んでいる

 友だちとバドミントンをしている

 夫と手をつないで歩いている

 子供が生まれた

 また生まれた

 泣いている子
 泣いている私

 頑張れ頑張れ

 今まで経験したことの無い苦労を
 毎日繰り返している

 初めての哀しみ
 初めての苦しみ
 初めての屈辱
 初めての憎しみ

 ひとりで泣いて、
 ひとりで叫んで、
 ひとりで起き上って、
 またひとりで
 立ちあがる私だ

 そうだ

 頑張れ
 
 頑張るんだ

 今日の苦しみは
 明日の武勇伝

 今は苦しいけれど
 明日が無理でも、あさっては、
 きっと立ち上がれる

 生きろ

 さあ、生きろ

 明日の糧を得るために
 しんどい今日を生きろ

 思い出に浸るのは、
 後で寝ながらゆっくりできるんだから

 今は、どんどん傷ついて
 どんどん免疫を付けて行け
 強くなれ

 先輩の私が
 後輩の私に声を掛ける

 しかし、声は届かない

 走馬灯もいよいよ
 終盤の絵を映し始めた

 ありがとう

 さようなら

 いろいろあったけど

 ああ、楽しかった

 じゃあね、バイバイ
 今生の別れだ

 また次の命で会おうね

 さらばじゃ
 わっはっは
 わっはっは


 目が覚めると
 いつもの寝室

 しんどい今日を生きる私がいた

 妙な夢を見た

 いや夢じゃない

 行って、帰ってきたのだ

 走馬灯の中から、いまわのきわへ、

 ワープして、

 また帰ってきた


 また、走馬灯の中で行きよう

 わっはっは
 わっはっは、と

 締めくくれる日のために

 こんなにしんどい今日は

 明日には、笑える日になることが
 今わかったんだから

 もう大丈夫じゃん



  (了)

(話の駄菓子屋)2011.10.4.あかじそ作