「　コーヒーさすらい人　」

ただ旨いコーヒーが飲みたいだけなのに、 なかなか思うような味にたどり着けず、 結局、１リットル１００円のコーヒー牛乳に落ち着いたことがあった。 　コーヒー牛乳は、ミルクの加減については、満足だが、 やはり、どうしても、何か物足りない。 　苦味だ。 　苦すぎるとイヤなのに、 全然苦くないのは、物凄く物足りない。 　疲れて、気が張りすぎていて、 どうしても【一服】したい気分の時、 パンチの利いた苦味が無いと、 やはり、リラックスできないような気がする。 　要は、苦味が欲しいが、 ダイレクトな苦味は、イヤ。 　しかも、濃厚なミルキー感も同時に感じたい。 　更に、甘味は、しっかりしているが、しつこくない方がいい。 　そして、カロリーは、低いに越したことは無い。 　私の「ただ旨いコーヒーを飲みたいだけ」の、さすらいの旅は、 いまだに続いていたのだった。 　以前は、「旨いコーヒー」＝「高いコーヒー」だと思っていて、 コーヒー専門店で、思い切ってめちゃめちゃ高い豆を買い、 飲む寸前に挽いてドリップしたのだが、 全然満足できなかった。 　高けりゃあいいってもんじゃないのだ。 　いろいろなタイプの豆を買ってみたが、 値段に関係なく、アイスコーヒー用、と銘打っている豆の方がおいしく感じた。 　そこで、コーヒー専門店で、店員に、この素朴な疑問をぶつけてみた。 　「アイスコーヒー用と、ホット用の豆では、何が違うんですか？」 （「ゆめぴりか、って・・・・・・なんですか？」みたいに） 　これは、コーヒー通の集うこの店においては、 かなり「おバカ」な質問だったらしい。 　店に居合わせた客たちは、「え〜〜〜？」という顔で、私に注目した。 　しかし店員は、決して私を馬鹿にすることなく、 豆のぎっしり入ったガラスケースを指さし、 「アイスコーヒーは、基本的に深煎りで、ホット用は、浅煎りと深煎りとがあります。 アイスコーヒーの風味がお好みでしたら、 ホットで飲む豆に関しても、深煎りをお勧めいたします。 　深煎りの豆は、ごらんのように、黒っぽい色をしています。 　炒り方が深いものの方が、苦味が強くなります」 と、親切に教えてくれた。 　そうだったのか！ 　前回、「一番高いもの！　これだ！」と買った豆は、 見事に真っ白な豆だった。 　よく見ると、豆の名前の下には、数直線が描いてあり、 一番左に酸味、一番右に苦味、と書いてある。 　そして、その豆の特徴によって、 酸味寄りの目盛の方に印が付いていたり、 苦味寄りの目盛の方に印がついていたりする。 　右、つまり、苦味寄りに行けば行くほど、 豆の色は黒く、深煎りになっているようだ。 　そして、【人気ナンバー１】というポップが付いている豆は、 ちょうど中ぐらいの炒り加減で、 苦味と酸味の真ん中くらいのところに印がある。 　バランスがよく、癖も無く、飲みやすい、ということなのだろう。 　そうだったのか・・・・・・ 　今までただ、やみくもに「高けりゃあ旨いんだろうが！」と思っていたのは、 コーヒーに対して冒涜とも言える考え方であった。 　人にもいろいろいるように、 コーヒーにもいろいろあるのだ。 　背が高く、学歴も高くて、収入も良く、 色が白くて、爽やかな男が全員、 万人受けする【いい男】なのか、と問われれば、 必ずしもそうとも言い切れない、ということだ。 　輝かしい経歴など何も無く、 浅黒い顔で、ニコリともしない無愛想な男でも、 実は、厳しい現場をバリッと取り仕切る、 【苦み走ったいい男】だったりする。 　おそらく、私は、後者が好みで、 深煎りの苦いのが好きなのだ。 　好きなのは、 「高いの」じゃなくて、「苦いの」だった。 　私は、「イタリアンロースト」という、 黒光りする深煎りのブレンド豆を買った。 　ミルで豆をガリガリ挽いていると、 香りが若干苦すぎるような気がして、 一瞬これを選んだことを後悔したのだが、 実際、ドリップして甘味を足し、牛乳を多めに入れて飲んでみると、 ちょうどいい苦味になった。 　 　要は、砂糖を入れ、ミルクをたっぷり入れて、カフェオレにした時に、 ちょうどいいのは、このくらいの苦味だということか。 　好みの豆の傾向は、何となくわかった。 　次は、砂糖だ。 　コーヒーシュガ―の類を買って、 いろいろ試してみたが、やはり、コーヒー同様、 焦がしてある茶色の砂糖の方が、香ばしくて美味しく感じた。 　しかし、いかんせん、 一日何杯も飲み比べている間に、 徐々に太ってきていること気が付き、 すぐに砂糖を中断した。 　もう、太りたくない！ 　同年代のママたちは、どんどん太ってきている。 　太っていない人は、大抵、 「太れないタイプ」か「努力してコントロールしているタイプ」だ。 　私は、気をつけていないと、どんどん太るタイプなので、 砂糖を控えたい。 　しかし、コーヒーには、甘味が欲しい。 　各種のダイエット甘味料を比べてみたら、 最終的に、「パルスイートカロリー０」に行きついた。 　人口甘味料独特の、ぬるぬる感と、ワザとらしい強い甘味が、 比較的感じられないような気がする。 　カロリーゼロなら、太ることを気にせずに、 １日何杯も飲むことができる。 　人工甘味料を使うのは、邪道だとは思うが、 ８０歳の時に「シュッ」としたスタイルで、成人病でない女でありたいので、 ここは、これで良し、とする。 　次は、牛乳だが、 これは、迷わず、普通の「牛乳」に限る。 　一時期、低脂肪乳でしのいでいたが、 やはり、あの水っぽさ、薄さが耐えられなかった。 　子供の頃から、毎日濃い牛乳をグビグビ飲んで育ったので、 あの、調整した感じや、薄さが受け入れられない。 　いくらカロリーが低いからと言っても、 そこのところは、妥協できなかった。 　と、いうわけで、 最近、私は、 旨いコーヒーを飲んでいる！！！！！ 　深煎り豆を、一回一回ミルで挽き、 ゆっくりドリップして旨みを抽出し、 味わって飲んでいる。 　「ただ旨いコーヒーの飲みたい」という、 小さな小さな夢をひとつ、叶えたわけだ。 　んんん〜〜〜、イエスッ！！！ 　嗚呼、ただ、その代わり・・・・・・ 　時間を掛けて淹れたコーヒー。 　その芳醇な香りを胸一杯に吸い込むと同時に、 私は、なぜか、突然、凄まじい眠気に襲われ、 ２回に一回は、半分も飲まないうちに、 その場で横たわり、眠ってしまうのだった。 　コーヒーアロマに包まれながら、 ひと口、またひと口、と飲むうちに、 今まで私の身も心も支配してきた緊張感が一気に溶け、 急激なリラックスが私を襲うのだ！ 　コーヒーアロマ・・・・・・ 　そうなのだ。 　コーヒーは、アロマなのだ！ 　このコーヒーの香りは、 私をがんじがらめにしていた交感神経を緩め、 副交感神経へと、一気にスイッチングしてくれるのだ。 　私の求めていたのは、実は、 「旨いコーヒー」ではなく、「爆発的な解放感」だったらしい。 私の呪縛を一気に解放してくれるアイテムを、 私は、長い時間を掛けて探していたということか。 だよね・・・・・・ やっぱ、だよね！！！ 毎日、必死すぎるもん！　私！ 納得だわ！ ほんと、マジで！！ （了）

（しその草いきれ）２０１１．１１．８．あかじそ作