「 長い一日 その後 」 |
高2の次男が、自転車で国道沿いを下校中、 車に接触してしまった、あの長い一日。 病院のハシゴやら警察署での件やら、 いろいろ疲れることの連続であった。 あれから、2週間後の昨日、現場検証が行われ、 保護者の私も次男に付き添うことになった。 警察署に午前10時、 被害者、加害者ともに集合。 そこから、現場に向かって各自向かうことになった。 最初は、私が車を運転して次男を現場に連れていこうと思っていたのだが、 父から電話が掛かってきて、こう言った。 「おう! お前の運転で国道のあの場所に行くのか?」 「ただでさえ危ないあの現場に、お前の運転で?」 「停めるところも、切り返すところもろくに無いのに?」 「俺が車出すか?」 「俺が連れていくから、乗れよ!」 「わかったか?」 確かに私の運転は、決して上手ではないかもしれない。 しかし、免許を取って以来、20年以上無事故で、 一応、ピカピカのゴールド免許だ。 それに対して、父は、 ちょっとした接触事故を数回起こしているにも関わらず、 「俺は全然悪くない」「相手が当たり屋だったんだ」の一点張り。 乱暴かつ自分勝手な運転は、性格がよく出ている。 危ないのは、父の方なのだ。 しかし、本人、まったくその自覚が無く、 怖いもの知らずの大胆運転で、 同乗者がいつもヒヤヒヤしたり、ひどく酔ったりするような、 物凄く荒い運転なのだった。 「僕イヤだよ、お母さん。ジイが行くの」 次男は、電話で父にぐいぐい押されている私に、 心底イヤな顔をして、小声で訴える。 (わかってるわかってる) 私は、次男に目で応えた後、 「じゃあ、ジイ、事情聴取や現場検証の間は、車の中で待っててね」 と約束を取りつけ、 「俺がお前らのために一肌脱いでやるってばよお!」 というオラオラ状態を何とかなだめた。 「何でジイに運転頼んだんだよ、お母さん! また100倍めんどくさいことになるよ!」 次男は、うんざりしながら私に抗議したが、 私は、渋い顔でこう言うしかなかった。 「ジイだって、あと何年元気にしていられるかわかんないんだよ。 ましてや、娘や孫のために【俺が動いてやっている】なんて、 プライドを持って生きていられるのなんて、あと数年だと思うよ。 『ジイ、ありがとう、助かるよ!』って言ってあげよう。 これが年寄り孝行だと思って、ちょっと我慢しよう。 ねっ、頼むよ」 「うん・・・・・・」 次男の心配は、案の定当たった。 警察署で加害者被害者担当警察官が集合し、 必要書類を各自提出した後、 それでは、それぞれ現場に行って、そこで落ちあいましょう、 ということになり、各自車に乗り込み、発車させた。 すると、我々の車のすぐ前に、 加害者の運転者の車が走っているのに父が気が付いた。 「おい、アイツか。ナンバーを【・・・1】とかにしちゃってよお、 調子に乗ってるじゃねえか」 「いやいやいや、別に調子に乗ってるわけじゃないと思うよ。 事故の後、何度も『大丈夫ですか?』って電話くれたし、 すぐに保険屋さんに手配してくれたし、いい人だったよ」 と私が言うと、 「バッカヤロー。事故起こして、その場で警察や救急車呼ばないヤツの、 どこがいいヤツなんだよ! 結局、自分が運転手の仕事してるから、 点数減らされるのが嫌だったんだよ!」 と、父は、大声で言う。 そして、信号待ちのたびに、相手の車の後ろ数センチのところまで、 ギリギリに寄せて停まる。 「近すぎだよ、ジイ! 嫌がらせみたいだからやめてよ」 と私が言うと、 「だって、嫌がらせだもん」 と、言い、カ〜〜〜ッカッカッカ、と笑った。 「ジイ、ホントやめてよ!」 次男が怒って言うと、 「何がやめてよだ、このヤロウ! お前が事故ったから、俺は、こんな面倒な目に遭ってるんじゃねえか!」 と、父は、激しく怒鳴り返す。 「ジイには、頼んでないよ!」 と言う次男の声を遮るように、私は言った。 「いろいろ面倒かけちゃって悪いと思ってるけど、 人にイヤな思いをさせるのは、私もこの子もイヤなんだよ。 お願いだから、もうちょっと静かな運転してくれないかな? 今度は、ジイが、事故の加害者になるんじゃないか、って、 私たち、心配なんだよ」 「おう・・・・・・そっか?」 何とか父は静かになった。 昔から父は、自分勝手で、 相手が傷つこうが何だろうが、言いたいことは言い、 やりたいことはやってきた。 気分次第で、母や私や弟を殴る蹴る、という毎日だったし、 給料のほとんどを酒に使ってしまった。 若い頃は、私も弟も、そして母も、 いつかコイツをぶっ殺してやろう、と本気で思っていたが、 なぜか、父は、我々の殺意が最高潮に達する頃になると、 無意識に可愛げを出してきて、 「お姉ちゃん、ほれ」 と、私が子供の頃にプレゼントした【肩たたき券】を、 財布から取り出してニコニコしたりするので、 いまだに殺せずじまいなのだ。 悪いヤツじゃないのは、わかっている。 ただ、子供なのだ。 幼児なのだ。 さて、幼児が、歳だけとって見かけだけは大人になり、 ハンドルを握っているこの車。 何とか、事故現場に着いて、相手の車の後ろに駐車した。 「車の中で待っててね」 私は、父に念を押し、次男と二人で現場の場所に立った。 後から加害者のお兄さんも現場に来て、 すぐに、警察官もふたり、やってきた。 国道沿いのため、結構交通量の多い場所なのに、 警察官は、行き交う車などおかまいなしに、 道路の真ん中で突っ立ち、 運転手や次男に「ここで相手に気付いた?」「ここで倒れたのね」 などと言いながら、道路にチョークで丸を付けていき、 国道に渋滞が発生しているのに、全然どかない。 (危ないし、邪魔だし、これでいいのかなあ?) と思いながら、私は、道の端で見ていたのだが、警察官たちは、 「車ども邪魔すんな。我々がここの主だ。除けて通れよ」 とでも言わんばかりに、 本当に、車の行き来を平気で妨害して道の真ん中に居るのだった。 (この人たち、なんか変) と思っていると、その変な人たちに、 「終わりました。じゃあ、この後、署に戻って、各自事情聴取します」 と言われ、さっさと5分くらいで引き返すことになった。 車に引き返すと、 「アイツの車、右側の前に傷ができてたぞ」 と、第一声、父が言う。 (いつの間にか、相手の車、調べ回ってるし!) 警察署の近くまで行くと、父は、いきなり信号の手前に停まり、 「おい! ここですぐ降りろ! 俺は、見たいテレビがあるからもう帰る!」 と言って、私と次男は、車から突然追い出された。 「うわあ! はいはい!」 私と次男は、転がるように車から降り、 警察署に駆けこんだ。 「何なんだよ! 送るって言ったり、すぐ降りろって言ったり!」 次男は、悶々としている。 むくれる次男と、相変わらずの父。 この二人、同じ顔をしている。 当然ながら、性質も酷似している。 一卵性ジジ孫なのだ。 一触即発の二人。 同じ顔で、お互いにガルルルルガルルルル、と牙をむいているが、 間に立ってそれを止めている私もまた、 同じ顔をしているのだ。 同じ顔の二人の喧嘩を、 これまた同じ顔の人間が、まあまあまあ、と、止めている、の図。 人から見たら、3人の同じ顔の人間が、 楽しく輪舞しているようにしか見えないだろう。 もう、笑うしかない。 クローン人間の内輪もめ? 血で血を洗うDNAの神経衰弱? なんなの、コレ? 悶々としながら警察署に入ると、事情聴取が始まった。 まずは、次男と私だけが、交通課の部屋に呼ばれ、 交通課の中年警官の前に座った。 「君は、車がそこに停まっているのは見たの?」 彼は、次男に聞いた。 「はい」 次男は、答えた。 「で、その時、相手の顔は見た?」 「いいえ」 「相手は、国道を合流しようとしているから、右から来る車に集中しているんだ。 だから、左の歩道からくる自転車には、気付かなかった。 君は、車が停まってるから、大丈夫だと思って、そのまま直進した。 だから、ぶつかったんだ。 ・・・・・・で、君は、自分のどこが悪かったと思う?」 「えっと・・・・・・」 次男がもじもじしていると、警官は、書類に、 「僕は、相手の車の動きに注意していなかったと思います」 と書き込んでいる。 次男が、ひとこともそんなことを言っていないのに、だ。 そして、次に、 「相手の車は、何が悪かったと思う?」 と聞いてきた。 やはり次男は、 「えっと・・・・・・」 と言い淀んでいると、また勝手に 「運転手が左側を見ていなかったからだと思います」 と、いかにも次男が語ったかのような言葉を書き込んだ。 おいおいおいおい、そんなセリフ、いつ言った? その後、いろいろ書き込んだ挙げ句、 それらを読み上げ、 「では、これが本当です、と署名してください」 と、我々に書類を差し向けた。 私にも、立会人として、署名しろ、と言うので、 私は、思いきって切りだしてみた。 「こんなセリフ、息子は、言ってないと思うんですけど。 それに、【相手の車の動きに注意していなかった】と書かれましたが、 息子は、相手の車が停まっているのを確認したから通行したんです」 と言うと、今まで穏やかだった中年の警官は、突然語気を荒げ、 「そんなことは、同じことでしょうが! こういうことでしょ。結局」 と言って、全然、書類を書き直してくれなかった。 急に私は、 「めんどくさいことを言う困った人」という扱いになった。 そして、ぐいぐい押されて、 署名捺印を済ますことになった。 嗚呼、こうやって、力づくで事情聴取され、 言ってもいないことを言ったと書かれ、 無理矢理署名捺印させられて、 どれだけ多くの人が冤罪になったことだろう。 痴漢の冤罪だって、こうやって作られるのだ。 この後、警官は、元の穏やかで親切なおまわりさんに戻り、 「自転車は、左側を通行しないと、危ないよ。わかったね? 僕」 などと、次男に優しく言っていたが、 私は、何とも言えぬ不信感を抱いてしまった。 警察とて、山ほどの仕事を抱えていて、 事務的にサクサクこなしていかないと立ちゆかないというのもわかるが、 こういう、血の通わぬビジネスライクの仕事をしていたら、 事実が事実として記録されない現状が出てくるに決まっている。 今回は、うちは、被害者だったが、 いつ加害者になって、不当な聴取をされるかと思うと、 気が気じゃない、と思った。 弁護士にでも立ち合ってもらわないと、 おっかなくて、話もできない。 ましてや、書類の記入や署名捺印なんて、 怖くてできやしない。 長い年月をかけて、父との確執を克服してきたが、 今度は、警察への不信感が、静かに私を憂鬱にしていく。 ああ、信じられる確かな何かが欲しい。 親にも、配偶者にも、国家権力にさえも、 ぬぐえぬ不信感を抱いてしまい、 「信じること」そのものを、あきらめかけている自分が哀しい。 ああ、何かを無垢に信じたいなあ! 疑いながら生きていくのって、 本当に、本当に、苦しいことなんだもの! (了) |
(子だくさん)2011.11.15.あかじそ作 |