「思春期同盟」
      テーマ★バレンタインデー


もう20年も前の事だから、時効だという事で、もうヤケッパチで言ってしまおう。
大好きなヤツがいた。
中学3年生の頃だ。
恥ずかしい位、よくある話だが、相手は同級生で、サッカー部のキャプテンだった。
もやしみたいな男の子ばかりの中で、一人だけ、「青年」の体型で、一人だけ声が大人だった。

一方私は、身体測定で平気で男性教諭の前で上半身裸になれてしまう位の「子供」だった。
早熟な友達に囲まれながら、恋愛にまったく興味のなかった私が、 中学の入学式の日に、一目惚れして以来、
もう、アイツの前では尋常な態度がとれず、まったく挙動不審な少女だった。

なぜか、席換えをする度に、必ず隣になってしまい、とうとう中学3年間、8割方、隣だった。
当然、「あのふたりはあやしい」という噂がたち、お互いに意識して、会話も態度もぎこちないのだった。

照れ隠しにお互い悪態をつきながらも話してみれば、育った境遇や家族構成も似ているし、
第一、性格が似ていた。
互いに、鏡を見ているような感覚があったように思う。

私が給食委員で、毎日「いただきます」を言う役だった時、あまりにもみんな騒いでいたので、
「静かになるまでいただきますは言いません!」と叫び、20分以上、クラスメイト全員と対峙した事があった。
結局、クラスは鎮まらず、
「いただきますっ!」
と、半ベソで言い、罵声を浴びながら席につくと、アイツは

「お前なあ、意地張るなよ」 と、身内のような顔で言った。

親友と思っていた子さえ、私を睨み付けていた時にだ。


前日に父親に殴られて、ひそかにしょげていた日も、
「どうした?」
と、そっぽを向きつつも聞いてくれた。
親に殴られた、と言うと、
「オレもおんなじだよ」
と、カッターで鉛筆を削りながら、そっけなく言った。
「早く自立するしかねえな」
知ら〜ん顔しながら、いつもこうなのだ。

「好きな人」というより「親友」、「親友」というより「同志」、 「同志」というより
「もう一人の自分」という感じだった。

アイツが行き詰まっているとき、私がポロッと何かを言うと、ハッとして私の顔を
正面から見て、
「そうか!」
と、ゆっくり微笑んだ事もあった。

私も、知らないうちにアイツを助けていたらしい。

ーーー14歳。
自分も周りも、親さえも、自分をどう扱ったらいいのか、もてあましてしまう時期、
アイツと私は、互いに、ぶっきらぼうに支えあっていた。


2月の初め、いつもつるんでいる友人たちが、チョコの買い出しに行くから付きあってくれ、と言ってきた。
「あんたもアイツにあげるんでしょ」とつついた。
しかし、私には、イマイチ、ピンと来ないのだった。

「好きです。つきあってください」
と言って、チョコを渡す事で、今までの関係が壊れてしまうような気がした。
ところが、いざ、賑わうチョコレート売り場に行くと、もう、買わずにはいられなくなって、買ってしまった。

葉巻とライター型のチョコだ。
金や銀のホイルで包まれて、立派な箱に入っている。

イタズラでタバコを吸っている、と、前に言っていた。
「シブイ」アイツにはちょうどいいだろう、と思った。

ところが、渡せなかった。

買ったときには、やる気まんまんだったのに、渡す段になると、もう、全然、きっかけがつかめないのだ。

結局、2月14日はとうに過ぎ、高校受験寸前になってしまった。
もう、渡すのをやめて、自分で食べてしまおうとも思ったが、これを渡さない事には
何かが終わらない気がした。
この、もやもやした何かを晴らすためにも、さっさとこれをアイツに押しつけてしまいたい。

そして、ある寒い晩、アイツの家の呼び鈴を押した。
心臓が、胸の中を、バスケットボールみたいにバウンドしている。
ガチャ、と、ドアが開き、パジャマ姿のおじさんが出て来た。
「ひとしくん、いますか?」
と言うと、私の全身を、上下上下と2往復見た後、私の顔を値踏みしながら
「ふ〜ん」
と、言って家の中に引っ込んで行った。

物凄く待たされて、やっとアイツが出て来た。
「うーい」
と、目をこすっていた。

「ごめんごめん、勉強してた?」
自分でも、びっくりするくらい早口だった。

「うーい。寝てた」
制服や、ユニフォームじゃないアイツを見るのは初めてだった。
クリーム色のセーターを着て、子供みたいなねぼけ顔だった。

「これ、差し入れ。寝てないで勉強しなさいよっ」

私はチョコと一緒に、ドラムのスティックをあげた。
ブラスバンド部員の私が、行き着けの楽器屋で発作的に買ったものだ。
「ムカツク」事があると、私は自分の部屋で机をバチバチたたいて発散していたが、
結構これが楽しいので、アイツにもこの楽しさを分けてあげたかったのだ。

「これ・・・、スティック?」

外国のミュージシャンにかぶれていたアイツは、思ったより喜んだ。
「おおっ」とか言いながらスティックに見入っていた。

「バシバシやるとすっきりするよ。じゃあねっ!」

私は、振り向きもせず、いちもくさんにその場を駆け去った。
遠くから「サンキュー」と聞こえた。

私は、ランクを3つも下げて、アイツと同じ高校に入った。
入学直前、「私とアンタって、なんだろう」と聞くと、
「もう、オレにとっては終わった女なんだよな」と言われた。
どうしてもそばに居たくて、追いかけてしまったけれど、アイツにとってはストーカーだったのか?

いや、ちがう。アイツは怒っているのだ。
アイツと私の間の、暗黙の約束を破った事ーーー思春期を一緒に乗り切る同盟を、
私が勝手に陳腐な恋愛ゴッコに切り換えてしまった事を。

血の気が引いて、震えてきて、そして、もう、自分を支えているものが一気になくなってしまった。

高校の2年生、3年生でも、同じクラスだった。
私は、クラスの数人の男子に、陰湿ないじめを受けていて、すっかり鬱状態になっていた。
アイツとも、高校入学以来、一言も話していない。

しかし、 卒業間際、私が神経性の胃炎で欠席している時、アイツは、
「これ以上いじめたら、承知しないからな」と、いじめている連中にすごんだらしい。
それから、いじめはパッタリなくなった。

アイツが、私の合格した大学に行きたがっているのを、ひとづてに聞いた。

「なんでまた?」

それでも少しは期待していたら、アイツがまったく学校に来なくなってしまった。
家を飛び出して、六本木で住み込みの新聞配達を始めた、という。

「早く自立するしかねえな」

中学の頃、アイツが言ったセリフを思い出した。
アイツは、本当にそうしたのだ。
さっさと何処かへ行ってしまった。

私は、卒業文集に書いた。

<高い山になってください。私は深い海になります>

あの時、チョコと一緒に渡せなかった言葉だ。

(どこにいてもいい。お互い、ちゃんと大人になろうね)の、気持ちを込めて。



(おわり)