「 待つ身 2 」







 三男の県立高校受験が終わった。

 週末に学力検査があり、
週が明けてから面接があった。

 そして、一週間後、いよいよ合格発表がある。

 受験が終わったのだから、
受験生も、親も、もう、何もやりようがない。
 ただ、待つだけだ。

 9割方不合格だと、親子共々思っているので、
息子は、友達にどう報告するか、
「ドンマイ」と言われた時に何と言って返すか、
そんなことばかりを考えていたようだが、
親としては、もっと具体的な行動計画を組み始めていた。

 県立高校が不合格と判明した途端に、
滑り止めの私立高校に入学金を振り込み、
帰宅した子供と共に電車を乗り継いで
私立の入学手続きに行かねばならない。

 落ちてからが大忙しなのだ。
 落胆などしている時間はないのだ。
 速攻で手続きに駆けずり回らねば、子供の進路は断たれる。

 そうだ。
 今のうちに入学金を銀行から下ろしておこう。
 まてよ。
 私立の制服採寸や、教科書などの購入は、いつだ?
 そして、いくら用意したらいいんだ?

 私立高校合格のときに受け取った封筒から、
手続きの日程や費用が書いてある冊子を取り出し、
眼鏡を老眼鏡に掛け替えて、
前のめりになってじっくりと読みこんでみると、
何と、結構ギチギチの日程ではないか?

 県立高校不合格がわかったとたんに、
親は、銀行に駆け込んで振り込みをし、
その後、親子で私立高校に直行し、入学手続きをする。

 2日後までに、
制服採寸と用品購入、教科書注文をしなければならない。

 それにしても、一個一個が高額だ。

 私立高校に通う親向けに県などから援助金が出るには出るが、
それは、授業料にあたる36万円くらいなもので、
その他、わけのわからぬPTA会費や、後援会費、
設備費やら諸雑費とやらで50万円は払わねばならず、
高額な制服やら教科書やらを合わせると、軽く100万円は越す。

 おまけに、滑り止めで受けた私立高校は、
自宅から1時間半くらいの場所にあり、
電車やバス、あるいは自転車(その場合、駅前駐輪場代が発生)
を使って通学するため、交通費もばかにならない。

 移動だけで月に数万円はかかる。

 あらためて計算してみると、ぞっとしてきた。
 私立を受ける時には、
「確実に受かる滑り止めを受験」としか考えていなかったが、
それが、実際に「通う学校」になることは、
あまり実感として考えていなかった。

 う〜〜〜ん。
 きついぞ!
 やばい!

 実は、2月の頭に、
労働金庫から長男の奨学金を断られたばかりで、
長男の学費のために
私の独身時代からの養老保険を切り崩すことは決めていた。

 しかし、三男の学費も数百万円単位になるとすると、
これは、自力では、回らないかもしれない。

 義母が子供たちの誕生直後から掛けてくれている学資保険があり、
その祝い金が振り込まれたものの、
公立高校だったら足りるが、私立だと歯が立たない。

 ああ、ついに我が家の一番の経済危機に突入だ。

 24年度からの3年間は、
長男は、大学2年3年4年。
 次男は、高3、(おそらく)専門学校1年2年、
三男は、高校1年2年3年だ。

 一番学費の掛かる時期が、ばっちり重なる。

 それ以降は、うまくいけば、3人同時に就職なので、
一気に楽になる。

 次に訪れる学費危機、
すなわち四男大学入学、長女高校入学は、
今から6年後だ。

 今を何とか切り抜けられれば、
後は、何とか食いつなげるし、
準備ができるだろう。

 ああ、落ちているとは思うけど、
やっぱり受かって欲しい、経済的にも。

 
 合格発表の前日は、前夜から雪だった。

 たまたまその日は、同僚が休みを取っており、
私は、二人分の配達をしなければならなかった。

 雪で配達物が濡れないように、
1個1個ビニールに入れてテープで留め、
配達する順番に並び変えた。
 320通。

 この時期にしては、少し多めだ。

 自転車で濡れながら、転びそうになりながら、
凍えるような雪の中で配達。
 しかも人の分まで。二人分。

 憂鬱になりそうだったが、
この苦しい待つ身には、
暇で暇で、じりじり苦しんでいるよりは、
「お百度参り」的な気の紛れる作業は、
ちょうどいいかもしれない。

 真っ白で音のない街は、ひと気も無く、
配達先では、いつもよりたくさんの「ご苦労さま」を言われた。

 それもそのはず、
ショーウィンドウに映った私の頭の上には、
笠地蔵みたいに雪が積もって山になっていたのだ。

 ああ、寒い! 
 ああ、手が冷たくて凍える!

 でも・・・・・・なんと気が紛れることか!
 なんと、人の優しさが、ぐっと身に沁みることか!

 お百度参り感、満載じゃないか!

 ああ、合格発表までのカウントダウン。
 夜になり、そして、夜が明けた。


 当日は、土砂降りだった。

 学力試験の日も、面接の日も、雨だったが、
まさか、合格発表の日もか。

 そういえば、修学旅行のときも、林間学校のときも、
あんたたちの学年は、必ず大雨だったね。

 よっぱど普段の行いに問題があると見える。

 雨合羽を着て、
受験票を入れたスポーツバッグをビニール袋に入れて、
三男は、迎えにきた友達と一緒に出かけて行った。

 「結果が分かり次第、落ちても受かっても、すぐ連絡してね!」
 「気をつけて行くんだよ!」
 「交差点で、ちゃんと止まってね!」
 「お友達とはぐれても、あわてて赤信号渡らないでよ!」

 いつまでも玄関先で叫び続ける私に、
(友達がいるから、もういいよ!)
と、三男に小声で叱られて、その後、おとなしく見送った。


 あああああ〜〜〜〜〜〜、
 神様、仏様、守護霊様〜〜〜!
 
私の持ってる運を全部息子に回してもいいですから、
何とか、ここは、ひとつ、
あの子の願いをかなえてください!!

 あの高校は、三男の夢なんです!


 勉強は、イマイチだけど、
小さいころから手先が器用で、仕事が丁寧で、
教えたことは、一度で覚えてしまう子だった。
 
 手に職つけて、資格取りまくって、腕を磨いて、
お兄ちゃんと一緒に建築のプロ目指すんだよね。

 がれきだらけになっている被災地を片づけて、
地震にも津波にも強い街を作ったり、
みんなが安心して暮らせる家を建てるんだよね。

 その夢や使命感を、
面接でうまく言えない不器用さが、
お前の良さでもあるけれど、
お前の優しさを知らずに、
意地悪な質問ばかりしてくる面接官に対してお前は、
悪びれずに、まっすぐな目で
「僕は工作が得意です」
「祖父と犬小屋を作りました」
「他にもたくさん作ったので、数え切れません」
「短所は、落ち着きの無いところです」
「野球は続けます」
「本当です。坊主頭になっても平気です」
と、答え続けたんだね。

 思えば、この3年間、
トラブルに巻き込まれ放題だったよね。

 濡れ衣を着せられたり、
着せられた濡れ衣を脱がずに、友達をかばって叱られたり、
モンスターペアレントに吊るし上げられたり、
先生がお前を盾にして自分の保身に徹しても、
全然、誰のことも責めなかったね。

 頭を強打されたり、首を鞭打ち症にされても、
怪我させた相手の名を先生に言わなかった。

 誰も信じられなくなりそうな状況で、
本当の友だちができたし、
守ってくれる先生も出てきた。

 不器用なお前でも、
いや、不器用なお前だからこそ、
友だちも先生も、お前を愛してくれるんだよ。

 面接でうまいことを言おうとしないで、
正直にまっすぐに話したお前は、立派だったよ。

 面接官に意地悪されたら、
お母さんならきっと、やけくそになって悪態ついたり、
卑屈になって、暗い態度をとってしまったと思う。

 でも、お前は、立派だったね。
 1個も嘘をつかなかった。
 嘘をつかない人柄を見せたんだ。

 これで落ちたら、そんな高校、こっちからお断りだよ!


 ああ、それにしても、遅い!
 連絡くらい、すぐできるだろうに!

 落ちて、やけくそになって、
その辺、ほっつき歩いてるんじゃないの?!
 もう!!!

 すると、玄関でピンポーンと鳴った。

 「え? 誰?」

 急いで玄関を開けると、雨でずぶ濡れになった三男が立っていた。

 「え? どうしたの? 早いじゃない?!」

 「お母さん! ぼく・・・・・・受かってた!」

 「えええええ!! マジか!!!」

 「マジだよ!」

 「・・・・・・・ぃぃぃいいいイイェ〜〜〜〜〜〜イ!!」

 私と三男は、どちらからともなく両手ハイタッチを何度もし、
抱き合ってお互いの背中をバンバン叩きあった。

 「よくやった! でかしたぞ!!」
 私が、息子の頭をぐりぐりなでてやると、
「信じられないよ! 絶対だめだと思ってたんだよ!」
と叫ぶ。

 涙がウォンウォン湧いてきた。

 「よくやったね! お母さん泣きそうだぞ!」
 「ぼくも!!!」

 少し経って、三男がバスタオルで体を拭きながら言った。

 「あの意地悪な面接官が、今日、ぼくを遠くから見て、
にこにこしながらうなづいてたんだよ。変なの」

 (え?!)

 お前・・・・・・

 わかってもらえたんだよ。
 お前という子を。

 よかったね!
 本当に、受け入れてもらえて、よかった!

 お母さん、本当に、本当に、そのことが一番嬉しいよ!

 おめでとう。


 (了)
(子だくさん)2012.3.13.あかじそ作