子だくさん 「そう来る?今来る?」


 三男の高校受験が無事終わった。

 やれやれ、と、やっと一息ついて、
明日は、三男の中学の卒業式、という晩、
幼稚園卒園間近の長女が
「頭痛い」と言い出した。

 いつもは大好きなお風呂も「入りたくない」と言う。

 熱を計ると、37.3度。

 う〜ん、微妙だ。
 疲れているのか、それとも・・・・・・

 明日熱を出したら、父に預けて卒業式に出るか。
 しかし、70を越えている父に病気の子を預けるのも気が引ける。

 何とか朝までに熱が引いてくれればいいけれど・・・・・・

 ところが、こちらの願いとは裏腹に、
長女は、夜中に激しくうなされ、
早朝、熱を計ると、39.4度だった。

 終わった・・・・・・
 きっとインフルエンザだ。
 卒業式は、欠席だ・・・・・・

 三男に事情を話して謝り、
卒業式を欠席して、かかりつけの医者に行こうとして、
はたと気がつく。

 今日、木曜日じゃん!

 小児科は、学会があるため、木曜日は、ことごとく休みなのだ。

 急いで市内の小児科を探し、
何とか繁華街の中の小児科を見つけた。

 駐車場は無いが、近くの有料パーキングに停めると、
医院が駐車料金を負担してくれるという。

 携帯電話で初めて予約を取ってみた。
 手間取ったが、何とか11番目に予約が取れた。

 ふらふらでろくに立ち上がれない長女を抱え、
その小児科に行くと、すぐに名前を呼ばれ、
インフルエンザの検査をすると、やはり、「ビンゴ!」だった。

 「B型ですね。今、とても流行ってるんですよ」
 先生にそう言われたので、
「予防接種したんですけどねえ、とほほ」
と、苦笑していると、
「今年は、予防接種してても、長引くみたいですよ。一週間くらいは、かかると思います」
と言われた。

 ちょっと待てよ!

 あさっては、幼稚園の卒園式ではないか?

 卒園式、欠席?

 5人の子供たち全員がお世話になって、
卒園式には、そりゃあもう、
先生ひとりひとりの手を取ってお礼を申し上げたいほどなのに、
フェイドアウトで、音も無く去っていかないといけないのか?

 え〜〜〜〜〜!!!

 それじゃあ、あまりに味気なさすぎるって〜〜〜!!!

 
 その晩、40.9度の熱。
 解熱剤を飲めば、36度台後半には下がるが、
明るくておしゃべりな長女が、
ぐったりして一言も口も利かないのを見ると、
相当しんどいのがわかる。

 無理か〜〜〜!

 幼稚園に電話をして、事情を話すと、
「熱さえ下がれば、事務室で卒園証書授与だけでもやりませんか?」
と、言ってもらえた。

 「はい、ありがとうございます!
 ちょっとでも良くなるようにがんばります!」
]
 電話を切るや否や、私は、
寝室に隔離している長女に、つきっきりで看病した。

 そして、その合い間に三男に話しかけ、
「卒業式、どうだった?」
と聞いてみた。

 「まあまあ」
 味気ない返事だ。
 内容がちっともわからん。

 「みんな泣いてた?」
 「親がみんな着物だった。みんなすげえ頭でかかった」
 「ああ・・・・・・みんな気合い入ってるな・・・・・・」

 「今年もみんなで合唱した?」
 「うん」
 「感動的だった?」
 「PTA会長、話長過ぎだし、馬鹿みたいに泣き過ぎ」
 「◎◎さんか・・・・・・。今年も号泣したのか」
 
 ああ、しかし・・・・・・

 次男のオーストラリアホームステイ報告にしても、
三男の卒業式報告にしても、
どうして男の子は、こうも言葉が足りないのだ!

 こっちが一個聞けば一個答えるけれど、
何も聞かなきゃ何も答えない。

 もう、本当に、いろいろ様子を知りたいのに、
目に浮かぶような描写を全然してくれないのだ!

 「で、あんたは、感動したの?」
 「保護者がみんな着物で気合い入り過ぎだし、髪の毛盛り過ぎで、
こっちは、すげえ引いちゃって、泣きそこねた」
 「あ、そ!」

 ああ、きっと、感動的な式だったのだろうが、
この子の説明にかかったら、元も子も無い。

 私も、感動しそこねた!

 
 後でよそのお母さんたちに聞いたら、
結構泣ける、いい式だったらしい。

 ああ、やっぱね!
 は〜〜〜〜〜〜。

 翌日。
 長女の熱は、38度前後。
 解熱剤を飲めば、37度前後に下がる。
 しかし、ずっとぐったりしていて、
まだまだ症状がおさまる気配は無い。

 卒園式、ダメだな・・・・・・

 完全にあきらめた。
 おととい出した私のスーツとロングコートは、
クローゼットに逆戻りだ。

 「バスの先生に何て言ってお花渡そうかな?」
 長女は、飲むゼリーを吸いながらひとりごとを言っている。
 出る気でいるのだ。卒園式に。

 私は、「卒園式には出られないよ」とは、言えなかった。

 インフルエンザは、学校保健法で、
解熱後2日間を過ぎないと登園できない、と決められているのだ。
 
 ところが、午後になって、熱がすっかり下がってしまった。
 長女にも表情が出始めた。

 行けるか?
 もしかして?

 卒園式の前日、担任の先生から電話が掛ってきた。

 「徐々に回復に向かっているんですけど、
解熱後2日、というのには間に合わないんです」
と言うと、先生は、電話の横の誰かとしばらく相談し、
「本人がつらくなければ、マスクをして授与式だけでも来てみませんか?」
と、言ってくれた。

 「わかりました。当日の朝の調子を見て、
出られそうなら、ちょっとだけ顔を出させていただきます」
と、答えた。

 さあ〜〜〜〜〜。
 
 長女にそれを話すと、
「絶対行く。みんなにさようなら言いたい」
と言い、自分からすすんで薬を飲んで、
一人ぼっちの隔離部屋の布団にもぐっていった。

 
 さて、卒園式当日。

 長男も大学の春休みに入り、寮から戻っていた。
 珍しく家族全員揃っていたので、
「全員で幼稚園にお礼とお別れを言いに行こうか?」
と聞くと、意外にも、みんなが「うん!」と言った。

 夫と、私と、
長男19歳、次男17歳、三男15歳、四男12歳、長女6歳、
家族7人全員で卒園式会場に入っていくと、
先生方がみんな目をむき、
「おお! あかじそ家御一行様、勢ぞろい!!!」
と声を上げた。

 長男が幼稚園に通っているとき、
新任だった若い男の先生は、今や、主任事務室長だ。

 当時、ヤクルトで働いていた私は、
仕事に夢中になって、バスのお迎えの時間を忘れ、
センターで明日の準備をしていることがたびたびあった。
 すると先生は、長男を小脇に抱えて、
バス停からセンターまで走って連れてきてくれた。

 次男が幼稚園に通っているとき、
入ったばかりの小柄な女の先生が、今は、ベテラン先生だ。

 バスの中で、しょうもないことをしゃべりまくる次男に、
根気よくつきあって、大笑いして聞いてくれていた。

 三男が幼稚園に通っているとき、
集団生活になじめなかった三男に、
明るく元気よく引き入れてくれた先生は、
今は、お嫁に行ってしまった。

 四男が幼稚園に通っているとき、
入園してから夏休み前まで、一日中泣き通しだったのに、
ずっと片腕に抱いてくれていた先生は、
今、長女の隣のクラスの先生だ。

 途中、途切れることはあったけれど、
合計15年間お世話になった幼稚園。

 世の中は、いろいろ変わったけれど、
ここは、ほとんど変わらなかった。

 時代が変わっても、
通う子供が変わっても、
変わらないもの、変わってはいけないものが、
ここには、ずっとあった。

 子をいつくしむ心。
 大人を慕う子の心。
 悪いことは悪い、善いことは善いと教える大人。
 親は、先生を信じ、託す。
 先生は、子供を愛し、守る。
 大人たちみんなで、子供たちみんなを育てる。
 土の園庭。パンダのオブジェ。汽車ぽっぽの遊具。

 何も真新しいものは無い。
 しかし、何か確かなものが、厳然とある。

 どこにでもある普通の幼稚園。
 しかし今や、どこにも無いものが、まだここには、ある。

 卒園式の後、末っ子長女を囲んで、
家族全員で先生方にお礼に行くと、
先生方は、みんな泣いてしまった。

 毎日がんばって保育していた小さな子供たちが、
自分たちより背が高くなり、大人になって、
堂々と自らの人生を歩いている。

 その姿を目の当たりにして、
自分の仕事が報われたような、
結果が得られたような気がしたのかもしれない。

 親としても、
子供たちの幼児のころの思い出を共有してくれる存在は、
本当にありがたくて、
同志のような想いもある。

 泣いてる先生を見ていると、こっちも泣けてくる。

 
 ありがとう、先生。
 本当に、ありがとう。

 この子たちを愛してくれてありがとう!
 抱きしめてくれてありがとう!

 叱ってくれてありがとう!
 ほめてくれてありがとう!

 一緒に育ててくれて、悩んでくれて、
ホントにホントにホントにホントに、
先生みんな、ありがとうございました!!!!!

 淋しさと感謝と感動でいっぱいの卒園式の後、
何だか私・・・・・・、
頭が痛くて、熱っぽいのは、気のせいだよね?

 イン・・・フ・・・ル・・・・・・

 今来る?
 そう来る?

 あと数日で四男の小学校の卒業式なのに?

 やっぱ・・・・・・、今来ちゃう?!




 (子だくさん)2012.3.20.あかじそ作