「ナイシンドキドキ」(R指定)

 妊産婦および婦人科の検査を経験した人なら知っているだろう。

【内診】というものを!!

 その内診とは、産婦人科の診察で、
実際に医師が患者の体内に自分の指を深く挿入し・・・・・・

 内診、したこと・・・・・・いや! 「された」ことのあの人なら、
みんなわかるはずだ。
あれは、けっこう、なさけない。

 最初は、屈辱だった。
 その狭い個室で下半身だけ素っ裸になり、
何やら、いかがわしい仕掛けの台に、
股オッピロゲで寝かされて、足は固定され、
腹のところに、ミニ・カーテン。
 上半身と下半身とが、
イリュージョンのごとく区切られ、別空間に。
 つまり、上半身は、個室にあり、
下半身は、診察室に飛び出している、という状態。
 医師と目が合わないようにとの配慮だろうが、
相手が見えないだけに、余計にいやらしい。
 百歩譲って、こっちは、いい。
でも、あっち(診察室)から見たら、
壁からいきなり女の裸の股間がバーン! と、飛び出しているのだ。
 そんな不自然なことって、あるか!

  天井を見上げて、はらはらしながら待っていると、突然、
「はい、もうちょっと開いて〜」
と、医師にモモッタマを観音開きにされて、
指を2〜3本、ぐお〜っ、と奥の奥まで突っ込まれ、
体内でグー・チョキ・パー!
 更に、金属のドデカイペンチみたいな器具やら、
カメラやら、とにかく、こっちからは、よく見えないが、
いろんなものを、入れたり出したり、ぐりぐりしたりする。

「ちょっと! ヒルヒナカから、何やられちゃってるのよ、私!!」

と、本当に驚く。

 ところが、子供を妊娠し、妊婦検診のたびに、
それを繰り返していくと、さすがに慣れはしないまでも、
「これは、こういうものだから!」
と、腹をくくって「ガバッ」と股を開けるようになってくる。

 そして、4人を産むうちに、「やだな〜」とは思いつつも、
淡々と受診できるようになってきた。
 おそらく、朝から晩まで、一日中、
そして、春夏秋冬、一年中、
「壁から股!」の、医師の方こそ、
よっぽど「やだな〜」だろうな、と気づいたからだ。

 ところが、こんな風に、

「内診王」(naishinnou)
【内診の屈辱を克服した者だけに与えられる称号】

となってみると、「内診初心者」の反応に驚くことも多くなる。
 
 私が妊婦検診に通っていた産院には、
内診室が3つほど並んでいて、
医師は、ひとりだが、3人が同時に準備することができる。
 医師は、3人を1セットで、順に問診し、
続いて、時間差で準備のできた人から内診していく。
 
 待合室からドア1枚入った、「中待合室」という廊下で、
私が順番を待っていると、先にふたりの女性が座っていた。
ひとりは70代位のおばあさんで、
もうひとりは、20代前半の女性だった。
 まず、おばあさんの方が名前を呼ばれ、
診察室に入って行った。

「は〜い、ヤスダさ〜ん、どうしました〜」

 大きな声だ。
 プライバシーもへったくれもない。
 おばあさんは、しばらくは、「あの、その」と、
症状を言い出せずにいた。

「どうしたの〜〜〜」

 声でかいっつーの!

 医師の無神経な大声は、廊下中に響いている。
おばあさんは、泣きそうな声で話し始めた。

「あの・・・・・・、こんなことは恥ずかしくて誰にも相談できないものです
から、
ひとりで思い悩んでいましてね、それで、症状っていうんですかねえ、
どんどん悪くなってしまって・・・・・・」
「どしたのー! 痛いの? 痒いの〜?!」
「あっ、・・・・・・か、痒みがですね・・・・・・」
「オシモが痒いのね〜、は〜い、内診台乗って〜」
「は、はい?」
 
 すかさず看護婦がおばあさんの手を取り、内診台へと誘導し、
準備の手伝いのために、一緒に内診室へと入った。

「え? ここへ・・・・・・そ、そんな・・・・・・」
と、いう、聞くも涙の、老女の戸惑いの声がもれ聞こえ、
そして、しばらくしてから、医師の大声が響く。

「ここ、かい〜の? え? なに? かい〜の? かい〜の?」

(お前は、寛平ちゃんか!)

 私は、医師への腹立たしさと、
「この歳になってこの屈辱」という、おばあさんの無念さが、
同時に胸に迫り、プルプルと震えてきた。

「ひどいよ!」

 私は、診察を終えて目を伏せて出て行くおぱあさんを、
見て見ぬ振りをすることしか、できなかった。
 それが一番優しい行動だと思ったからだ。

 次に、若い女性が呼ばれ、
そのウブな感じの人が診察室に入って行くと、

「いや〜、シマダさ〜ん、赤ちゃん、前回から育ってないのよ〜」

と、医師が、あっけらかんと言う。

「と、言うことは・・・・・・、赤ちゃん、死んじゃったんですか?!」

絶望的な妊婦の声が聞こえる。
 私も、同じ妊婦として、ヒトゴトとはとても思えず、一気に血の気が引い
た。
 妊婦とは、その体型から、いつもノンキに
むしゃむしゃ食べてるイメージがあるが、実は、常に、
(おなかの中の赤ちゃんが生きているのか、どうなのか)
を、本能的にガムシャラに心配しまくっている生き物なのだ。

「とりあえず、内診して、もう一回、エコーで見てみましょう」

 若い女性は、内診室に入って行った。
私は、一瞬、目が合いそうになったが、
思わず、目を伏せてしまった。
 悲しすぎる瞬間に、立ち会うことになってしまった。

と、突然、内診室から聞こえてきたのは、

「あ・・・あ・・・ああんっ! あっあっあっあっあっあああああん!!」

という、物凄く色っぽい声だった。

「はあ?」

 私は、声に出して驚いてしまった。
しかし、なおも、その声は、続く。

「ああっ、ああっ、あんっ、あんっ、あああああ〜んっ!!」

 私も、何十回と内診を受けたが、そんなに耽美な診察は、皆無である。

(痛がってるのか?)

 とも思ったが、あんなに気持ちよさげに痛がるか?
いや、さては、マゾかも?
 と、私の心もチヂに乱れ、でっかい腹の上に腕組みをした。

「あぁぁぁぁぁ〜ん! あっあっあっ、あは、あはぁん、あふ〜〜〜」

(あふ〜、って!)

 ん? 悲しみの瞬間に立ち会うんじゃなかったっけ?

 その医師も声がデカイが、
病院中に響き渡る、このあえぎ声にかき消され、
会話の内容は聞こえなかった。
 しかし、それは、明らかに悲しい内容のはずであるにも関わらず、
医師は、あっけらかん、妊婦は、あふ〜、なのだった。

 その女性は、いつまで経っても内診室から出てこなかった。
看護婦が心配して、内診室に入ると、

「はあ〜ん、あたし、もう、動けない・・・・・・。おふ〜っ」

と、余韻を楽しんでいるようであり、
明らかに果てているような様子であった。
 
「赤ちゃん、なんとか大丈夫そうだな」

 医師の声が聞こえた。

よかった!

 私は、心底ホッ、とした。
ホッ、とした途端に名を呼ばれた。

「はい、あなた、順調。内診台」

 医師は、今の女性の診察で、
かなり心神耗弱状態になってしまったらしく、
何の変哲もない順調妊婦の診察で、一息つこうとしているようだった。

 かくして、私も内診したが、やはりそれは、いつもの内診であった。
 一体、私は、何を期待していたのだろうか。
 ちょっと「な〜んだ」と思いつつ、台を降りた。

 そして、中待合室から外の待合室に出ると、
フロアーじゅうの人という人が、一斉に私に注目するではないか!

「へ?」

 私は、固まった。
なんでだ?

「あっ!」

 そうだ。そうなのだ。
 順番からして、今、診察室から出てくる女が、
「あふ〜の人」なのだ。

 そして、実際のあふ〜は、まだ、内診室で余韻に浸っている。

「違う! 私じゃないってばあ!!」

と、言うのも変だし、言わないのもイヤだし、私は、困った!

 そして、思わず、
「違う違う違う違う」
と、両手でバッテンを作って360度回転しながら、
人々にアピールした。
 
 が、人々は、そのバッテンしながら回転する妊婦のジェスチャーを、
「みなさ〜ん、あたしってば、も・う・ダ・メ!」
のサインと受け取ったらしい。
 ますます、好奇の視線を注いでくる。

 果たして、私は、マッカッカッカッカになって帰路についた。

 何よ、何よ、何よ、何よ、何よ〜〜〜〜〜〜〜!!

 まったく、胎教によろしくない1日なのであった!

ふんっ!


               (おわり) 


2002.01.27 作:あかじそ