「 金環日食を見た 」 |
いつもより1時間早く登校する小1の長女のために、 朝5時に起床した。 長女の顔を覗き込むと、 眠っているのに、時々ニコニコしている。 そして、枕元置いた目覚まし時計が鳴ると、 瞬時に起き上がり、 「日食の夢見た〜!」 と言った。 そう、今日は、金環日食の日だ。 いつもより、スムーズに支度を済ませ、 登校班と共に、ご機嫌で出かけて行った。 学校でみんなで観察学習をするということで、 事前に、日食グラスの使い方などを練習していたそうだ。 小学生は、一人一個、学校で用意してくれたというが、 自宅で見るためにひとつ買っておこうと探していた時、 コンビニでチョコを2個買うと日食グラス1個プレゼント、 というのを見つけ、先日、何とか手に入れていた。 偶然、今日は、仕事も休みだし、 「残高やばやば」で、やっとたどり着いた給料日なので、 私のテンションは、朝っぱらからグイグイ上がっていた。 それに・・・・・・ 待っていたのだ。 待ちに待っていたのだ。 子供のころから!!! 【2012年】なんて、小学生の私には、 SFの世界としか思えなかった。 「2001年宇宙の旅」って言うくらいだから、 【2012年】なんて、きっと、 みんな電車に乗る感覚で宇宙に行っているのかと思っていた。 自分が45歳になるなんて、 あり得ないと思っていた。 それが・・・・・・ ちゃんと45歳になっているし、 一緒に日食を見る家族もいる。 電車感覚で宇宙には、まだ行けないけれど。 小学生時代の私は、 超常現象やUFOや宇宙人などが大好きで、 おこづかいを貯めては、 【できなそうでできる不思議な術】 とか、 【あなたのそばにもいる! 河童、ツチノコ、狼男】 みたいな怪しい本を買いあさり、 ボロッボロになるまで読み倒した。 その中でも、 【摩訶不思議 宇宙の神秘】では、 過去の皆既日食や金環日食について、 「辺りは、たちまち闇に包まれ、 冷たい風が吹きすさび、 獣たちは吠え叫んで、 やがて、ことごとく眠りについてしまうのだ!」 と、おどろおどろしい劇画調の挿絵とともに書かれていた。 少女の私は、もう、 「お・・・おぅ・・・・・・」 と、おそれおののき、 打ち震えるばかりであった。 見た者は、もれなく死んじゃうんじゃないのか?! とさえ、思っていた。 それが・・・・・・ その、恐ろしい自然現象が・・・・・・ この関東で・・・・・・ ああ〜〜〜〜〜!!! 高校生の息子たちは、意外と冷静で、 数か月前から興奮する私に、 白けた様子だったが、 中学生や小学生の四男長女は、 「楽しみだね!」 と、半ば同情混じりに乗ってきてくれた。 太陽が欠け始めたころ、 大学の寮にいる長男に 「金環日食始まってるyo!」 と、メールを送ると、 「見てる見てる」 と、しばらくしてから返信が来た。 (yo!って、お母さん、またテンションおかしくなってるし・・・・・・) と、いう、トホホ顔が見えるようだ。 ああ、夢にまで見た摩訶不思議が、 今、まさに、 DREAMS COME TRUE ! じゃないかよ〜〜〜! ところが、さっきまで晴れ渡っていたのに、 おかしな雲が空をうろこ状に覆い始めた。 「ちょっとぉ! マジでやめてよぉ!」 30年来のドリームが! カムしてトゥルーしそうなんだからさあ! 空気読んでよ、雲! 縁側で、一人で興奮している私は、 雲の切れ目のたびにどんどん太陽が三日月型になっていくのを確認した。 曇り過ぎているため、 日食グラスを付けると、全然見えないが、 サングラスだと、丁度形がはっきり見えた。 雲の厚い時は、雲がうまい具合にフィルターになって、 じかに、はっきりと、細い細い三日月型の太陽が見えた。 が、さすがに長く見続けていると、 目が痛くなって、頭もくらくらしてきた。 やはり、見えづらくても、日食グラスじゃないとまずいか・・・・・・ そう思った時、 突然、雲が切れた。 青空がのぞき、眩しい光が目を差した。 「よっしゃ!」 と、日食グラスを覗いて、私は、絶句した。 もう、息子たちに、「見てみな見てみな」と、 しつこく言うこともなかった。 そこには、真黒な日食グラスを通して、 オレンジ色のリングが、 そう、あの、30〜40年越しの夢、 完璧なまでの金環日食があった。 嗚呼・・・・・・ 嗚呼、嗚呼・・・・・・ 「辺りは、たちまち闇に包まれ、 冷たい風が吹きすさび、 獣たちは吠え叫んで、 やがて、ことごとく眠りについてしまうのだ!」 ・・・・・・とまでは、いかなかったが、 街は、朝焼けのような 「日差しが強いのに、赤っぽくて薄暗い」光で満ち、 ぼやけて、にじんでいた。 急に肌寒くなり、 どこがどうおかしいのか説明できないけれど、 平常時とは、まったく異なる空気が流れていた。 いつも、「わあわあ」「ぎゃあぎゃあ」言っている私だが、 この時ばかりは、固まった。 ピクリとも動けなかったし、何にもしゃべれなかった。 ただただ、ひたすら、 真黒な眼鏡を掛けて、 縁側でひとり、 ポカンと口を開けて立っていた。 胸にこみ上げる熱いかたまりが、 涙になってあふれ出そうになるのを、 じっとこらえていた。 これが・・・・・・ これが、少女だった私が夢見た光景。 押し入れの中にもぐりこみ、 懐中電灯の灯りひとつで読んだ本。 何もかも忘れて、夢中になった不思議な世界。 その頃の私が、今、 一瞬にして45歳のおばちゃんになり、 ひとり縁側に立って、不思議な世界の渦中にいる。 あの頃の心のまま。 何だ、これ・・・・・・ 何だ、この感動は。 この日食は、チャラチャラした【天体ショー】なんかじゃない。 少女の自分を抱きしめる旅だ。 子供たちも、夫も、三々五々、学校や仕事に出かけ、 私ひとり家に残った。 どんどん円に戻っていく太陽をいつまでも見上げ、 やがて完全にまん丸に戻るまで見ていた。 金環日食は、怪奇現象じゃなかった。 2012年は、SFじゃなかった。 私は、45歳になっている。 (了) |
(話の駄菓子屋)2012.5.22.あかじそ作 |