「 もう一度ちゃぶ台へ 」


 西暦20××年、
政府は、ついに、
大幅な制度改革を実行に移した。

 家庭での教育力の著しい低下に伴い、
社会的に問題のある人間があふれかえり、
納税義務や就労の放棄、
暴力や脅迫の横行、
あるいは、うつ患者の爆発的な増加など、
国家として成り立たなくなってきてしまったのが
大きな原因である。

 これらは、思いきった改革だが、
遅すぎたとの見解も多く、
改めて教育の重要性を認識せざるを得ない結果となった。

 その内容とは、
以下の通りである。

 社会人になった後、
法を犯さないまでも、
著しい利己主義を貫き、
周囲の人間の心身を傷つけ、
自己の満足のみを追求する者は、
職場、家庭、地域などからの推薦によって、
【社会人養成校】へと入学が命じられる。

 職場や家庭での横暴や、
表に現れづらい陰湿ないじめ行為、
各種ハラスメントや、番長的行為、
モンスターな親、患者、客などは、
1ミリも法を犯してはいないけれど、
他者を病気にまで追いやるような行為である。

 それは、もう、犯罪とみなそうじゃないか。

 それら、反社会的行為は、
実質、遠回しの暴行罪である。
 これら卑劣な行為が、法に触れていない、と言うのなら、
もう、これは、法の方から触れていこう、にじり寄って行こう、
ということになったのだった。


 【社会人養成校】は、公立校である。

 刑務所でもなければ、少年鑑別所でもない。
 どちらかといえば、昭和初期の公立校のノリであるという。


 各職場や家庭、地域から強制的に送還された者は、
たいてい、今までこうだった。

 食いたいものだけを食い、
やりたいことだけをやり、
言いたいことは、言う。

 やりたくないことは、人に押しつけ、
自分の気分を害す者は、猛攻撃してつぶす。

 そういう自己中心的な者は、
たいてい、自らの性格の欠落点に自覚が無いので、
無理やりアーミースーツを着せて激戦地に投げ込んでやってもいいのだが、
彼らに武器を持たせるとロクなことにならないので、
ここは、あくまで教育の力を信じ、
【学校】で、再教育を施そう、というものである。

 その【学校】の授業内容として公開されているのは、
「社会人としての再教育」
というざっくりとした教育目標のみで、
実は、その内側は、非公開、
いや非公開どころか、超極秘なのだった。

 しかし、その教育効果は、凄まじく強烈で、
「あんなに嫌なヤツだったのに、こんなにいい人に!」
「殺意しか湧かなかったコイツが、こんな人格者に!」
と、驚くべき評判なのであった。

 果たして、この学校では、
一体、どんな教育が行われているというのか?

 軍隊以上の猛特訓とか、
科学の粋を集めた方法で洗脳をしているのでは?

 ・・・・・・などというようなことを噂される中、
その学校に潜入取材したフリージャーナリストがいた。

 彼は、非公式でこうつぶやいている。

 「この学校は、一言で言うなら、『ちゃぶ台周り』なのだ」と。


 教室は、基本、6畳一間で、畳敷きである。
 朝から晩まで「家族」と呼ばれる少人数制のクラスで、
畑を耕したり、掃除をしたり、三度三度炊事したりするのだという。

 悪いことしたり、ひどいことを言う者には、
先生が、「コラ!」と叱り、
大の大人を膝に乗せ、両手で頬を包んで
「もうすんじゃないよ」と言って、抱きしめている。

 誰かを助けた時には、
「よくやった!」と笑顔で頭をなでている。

 我慢できないことをグッと我慢した者には、
ギュッと抱きしめて、
「よく我慢できたね、えらかったよ」
と言う。

 大人が、大人に、だ。

 「先生」と呼ばれる人たちは、
幼な子を育てる昭和の父ちゃん母ちゃんみたいな存在で、
初めは、反抗的だった反社会的な大人たちも、
先生たちの愛情あふれる「育て」に、
やがてみな心を緩め、
別人のように「心ある大人」となって卒業していくのだそうだ。


 この【社会人養成校】は、非常に好評で、
「反社会的コース」以外にも、
「心折れたコース」や、「頑張りすぎコース」、
「淋しさ限界コース」や、「死にゆく不安コース」
なども併設された。

 しかし、ただ、甘ったれたくて入学すると、
痛い目に遭う。

 基本的に、家族(クラス)は、大家族なので、
さまざまな性格の兄弟がおり、
自分勝手は許してもらえない。

 兄弟げんかがあり、物の取り合いがあり、
仲直りもあって、助け合いもある。

 成人していたとしても、
あまりたくさん煙草は吸えないし、
(たくさん吸うと【オヤジ教官】にぶん殴られる)
酒もほどほどにしないと、
【母ちゃん教官】が、夜中、柱の陰で自分を心配して泣いてしまう。


 なぜかみな、卒業するときは、
「先生を悲しませなくない」と口走り、
キラッキラした瞳で元の環境に戻っていくのだった。



 西暦2050年。 

 最近の日本人は、自分たちのことをこう言っているらしい。

 「わたしたちは、世界一幸せな国民である」と。



  (了)

(小さなお話)2012.6.19.あかじそ作