子だくさん 「駐輪場にて」
中1の四男が、部活の遠征試合に行った時のことだ。
駅前の駐輪場に友だち5〜6人で行き、
そこでいざ停めようとした時、
友だちの誰かが言った。
「何だよ、ここ150円も取るのかよ！」
すると、友だちは口々に、
「高いよ！ もったいないから、あっちのスーパーにタダで停めようぜ」
と言って、ぞろぞろ駐輪場を出て行った。
しかし、四男が、
「あそこだと、盗まれるかもしれないよ。
ここに停めておくのが、一番安全だよ。ぼく、ここに停めるよ」
と言うと、友だちは、全員、
「じゃあ、ひとりでそこに停めとけ！ 金もったいねえ！」
「無駄遣いだよ！」
「お馬鹿さんね〜」
と、口々に捨て台詞を吐き、
四男ひとりを置いて、スーパーの方へ行ってしまった。
どう見ても小学4年生くらいにしか見えない小柄な四男は、
ひとりぼっちでその場にポツンと佇み、
「ここは、安全なのに」
と、つぶやいていると、
その一部始終を見ていた従業員のおじいさんが、
そっと四男に近付いてきた。
「ぼく。ひとりになっても、ここに停めると言ってくれて、ありがとう」
ここの駐輪場は、
市が60歳以上のおじいさんおばあさんを雇用している。
前職は、みなそれぞれバラバラだが、
ここで働くおじいさんおばあさんたちは、
毎日、毎日、汗水たらして、
何百台と言う自転車を一台一台整理し、
利用者の自転車のシールを見ながら、
きちんと管理してくれている。
本当に、使命感を持って、
魂のこもった仕事をしている人たちなのだった。
ふと気付くと、四男の周りには、
数人の従業員（みんな、おじいさん）が集まってきていて、
「ぼくの自転車は、おじさんたちが絶対守るからね」
と、言って、管理室に一番近い場所に、みんなで運んでくれた。
「ありがとうございます」
と、四男が礼を言うと、
「こっちこそ、ありがとうね」
と言って、おじいさんのひとりが四男にガムをくれたのだった。
夕方になり、試合を終えて家に帰ってきた四男は、
これら一連の事情を家族に話してくれた。
「友だちに『お前だけ150円損したな』って言われたけど、
おじいさんに100円のキシリトールガムもらって、
ちゃんと自転車守ってもらったし、優しくしてもらえたし、
損した気しないよ」
嬉しそうに語る四男に、私は、深く感動して言った。
「損どころか、お前ひとりだけ、すごく得したんだよ。
中学生たちに『こんなところに停めるのは馬鹿だ』って言われて、
おじいさんたちは、自分の仕事や、自分自身も辱められた気がして、
きっと、哀しかったんだよ。
だけど、友だちにいろいろ言われても、
あんたひとりが、『ここは安全だ』って言い張って、
おじいさんたちの仕事を認める発言をしたでしょう？
だから、おじいさんたち、嬉しかったんだと思うよ。
だから、嬉しくてあんたに、何かしてあげたくて、
みんなであんたの自転車を運んでくれたんだよ。
100円のガムだってさ、
おじいさんが自分が食べようと思って買っておいたものをさ、
わざわざ見ず知らずのあんたにくれたんだ。
お母さんは、そのガム、100円以上の価値があると思うよ。
このご時世に、人と血の通ったかかわりを持ててさ、
お金で買えないような、いい経験をして、
・・・・・・今日は、あんた、大儲けだったね」
「うん！」
四男は、嬉しそうにニコニコ笑いながら、
その粒ガムのひとつを、ポイ、と口に投げ入れた。
「わ〜お、ハートウォーミング〜〜〜〜〜♪」
そばで黙って聞いていた兄たち3人は、
笑いながら一斉に四男を囲み、
その頭をみんなして乱暴になで回すのだった。
（了）
（子だくさん）２０１２．８．１４．あかじそ作